残された1冊の手記

風見☆渚

ジャック・ザ・リッパーの手記

「これは、歴史を変える大発見だ。」


ここは、ずいぶん昔に廃墟となったロンドンの郊外にあるホテルの一室。

そこに残されていたのは、古びてボロボロになった1冊の本のような物だった。


「教授、この古びた本のようなモノはいったい。」

「コレは日記だ。

そして、この日記はただの日記ではない。

ある歴史的犯罪者が残したとされる直筆の手記だ。」

「犯罪者?」

「そうだ。その名をジャック・ザ・リッパー。」

「あの、連続殺人鬼本人が書き残した日記ということですか?」

「そうだ。この手記があれば、永久未解決事件とされている切り裂き魔の正体がわかるかも知れない。」

「本当にこんな今にも崩れそうなホテルの1室にあるボロボロの本が、あのジャック・ザ・リッパーの残した手記なのですか?」

「そうだ。今までわかっている記録だけでなく、些細な噂などヤツに関する情報を隅々まで調べ、そしてそこから浮かび上がった犯罪行動学と犯罪心理学の両面から導き出されたのが、この場所だったんだ。」


――ごくりっ


今にも崩れそうなホテルの1室で、二人の考古学者達は歴史的発見になるかもしれない1冊の本を手に生唾を飲んだ。


「では、開くぞ。」


ジャック・ザ・リッパーの手記とされる本を開こうとした考古学者は、震える手を押さえながら恐る恐る表紙をめくる。

すると、本から霧のような何かがモクモクと溢れ出し全身を覆った。


「き、教授・・・そ、そいつは!!」

「どうした?!まだ表紙をめくったくらいで驚いていては、これからの歴史的研究に絶えられんぞ。」


教授と呼ばれる男からは、本から溢れ出す霧のような何かは見えていない。


「いいえ、そうじゃなく・・・き、教授・・・き、教授!や、やめろーーーー!!」


ここには、考古学を研究する教授とその助手の二人以外誰も居ない。

そのはずの場所で、突然教授の腹部は鋭利な刃物で切り刻まれたようになり、内臓をその場でぶちまけた。腹部から大量の血と臓物を吐き出した教授は、その場に倒れた。

側に居た助手には、教授の体を包むような黒い影が見えていたが、それがなんなのか理解出来なかった。

ただ、黒い影のような何かが教授の腹部を切り裂いているように見えたのだ。

教授の腹部から大量に流れ出した血は床に広がっていったが、何故かジャック・ザ・リッパーの手記とされる本の周りだけは守られるように血で汚れることはなかった。

声すら出せず理解不能な恐怖に包まれた助手は、その場で意識を失った。


―――


気が付くと、助手の目の前には見慣れない天井が広がっている。

ドアをノックする音が聞こえた後、検温と食事の用意が出来たと言ってカラカラとカートを押した看護婦が助手に近づいてきた。


「私は・・・」

「あんた、運が良かったね。

なんかよくわからないけど、あんたあの幽霊ホテルの中で死体と一緒に倒れてたんですってね。何があったの?ねぇ?ねぇ?」


ウザったい野次馬のようにグイグイと看護婦が助手に近寄り事情を聞こうとするが、混乱でまともに思考がまとまらない助手はただただ自分の腹部を見つめる事しか出来なかった。

無駄に暑苦しく事情を聞こうとする看護婦の態度に嫌気を感じていると、再び部屋のドアをノックする音が聞こえた。


――コンッコンッ


「ちょっといいですか?」

「あなたどなた?ここは病院ですよ。それに面会時間はまだなんですけど。」

「すみませんね。私も仕事なんで。」


そう言って目元だけ笑っていない何処となく圧を醸し出す男は、自分が警察の人間だと言って看護婦を無理矢理廊下へ追いやった。

死体の側で倒れていたのだから、警察に質問されても可笑しくはない。

アレは何か悪い夢だったのではないかと思いたかった助手だが、警察の人間が自分に会いに来るのだからイヤでも理解出来る。

そして、助手は走馬灯のように教授の最後の瞬間を思い出した。


警察と名乗った男から、助手はガラの悪い若い連中にパシリにされてた子が無理矢理入らされたホテル発見されそのまま運び出されたという話を聞いた。


「ぼ、僕は・・・き、教授。

教授・・・うっうっっ。」


目の当たりにした信じられない現象を思い出した助手は、恥ずかしげもなく泣きじゃくってしまった。


「あの時、いったい何があったのですか?」

「うっうっうっ」

「こんな時にこんな話で悪いのですが」

「・・・いいえ。当然です。死体の側にいたのは私だけなんです。私が疑われても可笑しくない。ただ・・・」

「ただ・・・」

「すみません。」

「いいえ。その方とは長い付き合いだったのでしょう。

ところで、このボロボロの本はあなたの物ですか?」

「そ、その日記は!」

「あなたがここに運ばれてきたとき抱きしめるように大事に持っていたそうです。

何か大事な物だったのですか?」

「う、うわーーーーーー!!」


警察が手に持っていた日記を叩き払った助手は、恐怖に怯えベッドで小さく蹲り震えている。


「そこまでの何かが、コレにあるのですか?」


ため息交じりに警察は手に持つ日記の表紙をペラリとめくった。

すると、教授の時同様にモクモクと霧のような何かが警察の男の体を覆った。

また目の前で人が死ぬ恐怖に、助手はベッド脇に飾ってあった花瓶を警察の男目がけて投げつけた。


「やめ、やめろーーーーー!!!」


花瓶は男の横を素通りし、壁に叩きつけられた。

突然の助手の行為に驚いた男は、手に持っていた日記を床に落とすと、霧のような何かは地面に散らかった花瓶の破片と花の周りに集まっていく。

男が助手の奇行直後の恐怖の表情で見つめる先に目をやると、そこには薄ら半透明の大男が散らばった花をかき集めている。

一通り地面に散らばった花をかき集めた謎の大男は、振り返り際助手を睨みつけている。

一歩、また一歩、大男は助手にゆっくり近づいてくる。

助手は息をする事も忘れる程恐怖で固まっている。

微かに聞こえるかどうかのボソボソ声で、大男は何か言っている。

顔の輪郭がわからなくなるほど近づいたとき、大男の言っている言葉が助手の耳にやっと聞こえてきた。


『ちょっと!可愛いお花が台無しじゃない。

可愛いお花にごめんなさいは?』

「え、いや、え?」

『可愛いお花にごめんなさいは?』

「な、なんなんだお前は・・・!」


警察の男も助手と同じく恐怖で固まっていたが、助手の危機を察し半透明の男に向けてジャケットの内側に潜ませていた銃を向けた瞬間、腹部を鋭利な刃物で切り裂かれたようになり、大量の血と一緒に内臓を床にぶちまけた。

その場に倒れ込んだ男に周りは、男の血が大きな水たまりのように広がっていく。


―――


「僕の持つ記憶は、ここまでです。

すみません・・・・・・

他にお話出来ることは、何もありません。」


ここは、離島に作られた精神病院。

搬送されるのは、心に大きな傷を持つ人間ばかり。

助手はこの病院に搬送され、半年が経とうとしていた。

週に一度、警察の人間から当時の様子を聞かれるが、毎回同じ話を繰り返すばかり。

ただある事実として、4人の死体が助手に関与しているのではないかという疑いだけである。

そして、助手の話に出てくる手記はどこにもなく、半透明の大男の話など誰も信じる事が出来なかった。

今も何処かにあるとされるジャック・ザ・リッパーの手記の行方はわからない。

そして、未解決の連続殺人の真実に辿り着く事の出来る人間はいない・・・・・・

ただ、未解決の連続殺人事件が増えるだけだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

残された1冊の手記 風見☆渚 @kazami_nagisa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ