無限の孤独と日記帳。
羽鳥(眞城白歌)
銀竜と鬼の娘。
夕暮れの光がカラスの群れを引き連れて、水平線の向こうにサヨナラしてゆく。
晩ごはんにゲットしたチキンカツサンドと、サラダと、たまごスープをひっさげて意気揚々と帰ってきたあたしは、信じられない光景にびっくりしちゃって固まった。
あたしたちが拠点にしている中学校の屋根裏部屋――といってもホントの屋根裏じゃなく、なんかすごい力で造った亜空間――を、本の山が埋め尽くしている。ううん、よく見れば本じゃなくてかなーり古い日記帳だけど、とにかく積みあがってる。
今どき珍しい布張り表紙の、古めかしくっていかつい、少しずつ色が違う日記帳たちの真ん中に座って、手元の一冊を真剣にめくっているのが、あたしの相棒だ。
「どうしたの、くぉむ」
「……ん? ああ、
うわの空なお返事に、あたしはちょっとぷんすこしちゃった。クォームってば、あたしより気になることがあるっていうの。
なによーぅ、って怒ろうとしたタイミングで、おなかの虫がきゅるるんって鳴いた。そういえばあたし、夕ごはん食べようって思ってたんだった。
思いだしたら怒りもどこかへ飛んでって、あたしは小さな座卓を引っ張りだし一人ごはんを済ませることにする。手近な日記を拾って眺めながら、お行儀わるくチキンサンドをカジカジするのだ。
あたしも彼も、
クォームは創世時代から生きているんだって。銀河空間でビックなバンが起きて、いろんなものがフュージョンして地球が生まれ、いろんな異界が生まれたのを見てきたらしい。
たくさんの日記はその時代から毎日つけてるもので、両手の指どころか頭脳をフル回転させても数えきれない。すごいね。
しかも、空間と精神の関わる
いま拠点にしているのは人間界……
「あっ、瑠璃! 人の日記を勝手に見るんじゃねー!」
「だって見えるんだもん」
抗議のお言葉をいただきました。でもキニシナイ。
クォームが駄目って言うのは恥ずかしいからじゃなくて、あたしを気にかけてるからだって知ってるもん。大丈夫だよ、あたし子供じゃないんだから。えへん。
「女子中学生は人間基準だと子供だっての」
「人間基準だとハタチ過ぎたらオトナだよ」
手触りのいい表紙を開いて、パリパリしたページをめくる。特定の日を探してるわけじゃないので、目についたのをテキトーに読むだけだ。
んーと、一九四五年八月十五日、記録した場所は「人間界」。あれ、この日って確か。
――戦争は終結した。リュライオは沖縄の海を見て、悲しそうに手を合わせていた。
ええと、初手で重たいやつ引いちゃった。クォームがあたしを心配そうに見てるけど、あたしは知らないフリをする。フリをしたって、心の声が聞こえちゃう彼にはぜんぶ筒抜けなんだけど。
日記に書かれているのは、当たり前だけどぜんぶ過去の出来事だ。時間は一歩通行だから、書かれているのがどんなにしあわせな想い出でも、大好きな人のことでも、その時代には戻れない。クォームはそんな途方もない孤独を積み重ねて、それでも欠かさず今も日記をつけている。
ペラペラ、とめくって目を落とした。同年九月十一日。記録した場所は「竜世界」。
――たとえ世界が消えるとしても、オレは無限に、時の螺旋の中を生きてゆく。たとえ全てのものが『終わった』としても。
「一人になんてならないよ。あたしは、世界が終わってもくぉむと一緒にいるもん」
「……おいっ。なんでよりによって一番
珍しくクォームが恥ずかしそう。パンパカパーン、ルリはレア
「あたしは相棒としてくぉむを知る義務があるのだ。んと、一九五〇年八月十五日……」
――自分の持つどうしようもない弱さを、自身の一部として受け入れること。それができた時、人は弱さを乗り越えることができるのだと思う。
いいこと言うね、さすがクォーム!
あたしが熱視線を向けた先で、クォームは自分が持ってる日記帳に顔を突っ込んでた。えー、隠すなんて反則だよぅ。
「…………いいんだよ、日記なんだから、理想を書いたって!」
「うん。これが
「瑠璃は相変わらず横文字弱いよなぁ。ハァ」
あれ、違ったっけ?
人間界限定だけど、いまや時代はデジタル全盛期だ。日記もノートだけじゃなく、うぇぶっていう謎空間に書き込んで保存できるようになったんだって。その名称がS N N……なんか違う。
「人の感情はどっちかっつーと毒になるほうが多いだろ。あんまりハマるなよ、SNS」
「大丈夫だよ。いんすたんとぐらむしか見てない!」
「インスタントって、なんか違うけど、不覚にも正解が思いだせねー」
クォームがパタンと日記帳を閉じて、深くため息をついた。実はあたし、タブレット操作に関してはクォームより先輩なのだ。えへん。
教えてあげてもいいけど、クォームは文明の利器には興味ないみたい。さっきも言ってたように、人間の感情がドロドロに溜まるN S Nのことはよく思ってないらしく。写真とか動画、綺麗なのに。
ほんとは人間が大嫌いで、でも嫌いになりきれないツンデレなクォームは、いんすたんとぐらむのキラキラが苦手なのかも。そういえばそもそも日記って、人に見せるものじゃないもんね。この発見はちょっと新しいかな。
「もーらいっ」
「え? あっ、あたしのチキンサンド!」
あたしが真面目に人生へ向き合ってたっていうのに、その隙をついてごはんを奪うとか、威厳あるドラゴンとしてどうなの。
いつの間にかあたしの隣に収まってたクォームに呪いの熱視線を送れば、猫みたいな美人顔がニンマリと笑った。
「二〇三五年三月六日。『オレはどうして、こんな苦しい思いを抱えながら、それでもなお生きているんだろう。あの日、見つけられなかった答えは、今、ここにある。』――瑠璃、気分転換に出かけよーぜ」
「え、なになに? 今のってもしかしてプロポーズなの!?」
「おまえはオレ様にとって大事な相棒だってこと」
おぉぉ、クォームがデレた……!
て、一瞬思いかけたけど、
「相棒と思うのなら、ハムカツサンドを貢ぐがよい」
「へいへい。オレ様、無一文だけどな」
人間の世界は世知辛い。何もかもお金が必要だし、相変わらず不公平だったり理不尽だったりがまかり通ってる。
あたしも人間のことはまだ、すごく好きにはなれないけど、最近はちょっとだけ、理解したいなって思えるようになってきたんだ。無限の孤独を積み重ねながらヒトの生きざまを記録し続けてきたクォームの想いを、あたしも一緒に感じたいから。
それに今は、ハムカツサンドをおごってくれる人間の友達だって、いるもの。
通りすぎる雨のように、咲いては枯れゆくお花のように、一緒に過ごす季節があたしたちにとってわずかな時間だとしても。
あたしが覚えている限り想い出は残るんだって、あたしはクォームから教わったから。
「そんなのどうにかなるよーぅ。早く行こ行こ!」
なぜか照れてるクォームの腕を引っ張って、あたしたちはミッション達成のため真夜中の空へと繰りだしたのだった。
無限の孤独と日記帳。 羽鳥(眞城白歌) @Hatori
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