満月はアタシを惑わせる

北浦十五

自分の中のアタシではないアタシ



満月はアタシを惑わせる



これは比喩では無い



実際に満月を観るとアタシの中に別の人格が現れるのだ


現実のアタシとは違うアタシになるのだ



だからアタシは満月は観ないようにしている



しかし、満月の夜になるとアタシの意思とは関係なく満月を観てしまう



今夜もそうだ



今は真夜中の午前2時



アタシは毛布にくるまってベランダから満月を観ている



いつものように別のアタシが現れる



現実のアタシでは無いアタシが現れる



そいつはアタシに語りかける




クラスのあいつら超ムカつくよね


ナイフを持っていってあいつらを八つ裂きにしてやりたいよね


きっと超気持ち良いよ




そんな事できる訳ないじゃ無い




そう言うアタシにそいつは甘くささやきかける


そう?


アタシはアナタなのよ


アナタだって本心ではそう思ってるクセに





アハハハハハとそいつは笑う



何?


世間体とか気にしてるワケ?


それとも犯罪になるから?





決まってるでしょ!



そんな事したらアタシは完全な犯罪者だよ!




バカバカしい




そいつは嘲るように笑う



じゃあ、アナタは何の為に生きてるの?


そんなに自分を押し殺して生きていて楽しいの?


法律なんて人間が社会を維持する為に勝手に作ったモノじゃない


そんなものに縛られてアナタは一生を終えるつもりなの?




違う!



人間には理性があるんだ!




理性ねぇ



そいつはまたも嘲るように笑う



アナタ達は今はとても快適な暮らしをしてるわよね?


それは人間が文明を持ったからよ


その文明を人間は加速度的に進歩させてきた


その原動力となったのは戦争よ


戦争によって人間の科学は文明は飛躍的に向上したのよ


それを否定するのは今の便利な暮らしを否定する事になるわ


アナタは電気もガスも水道もない生活をする事が出来る?


今の暮らしを肯定するのは戦争を肯定する事になるのよ





違う、違うよ!



戦争や争いだけが科学を文明を進歩させて来た訳じゃ無い



人間は争わなくても生きていく事は出来るわ!




ふぅん



そいつは呆れたように言う



じゃあ、アナタが学校で勉強してテストで良い点数を取ろうとしてるのは何故?


他人を蹴落として自分の順位をあげる為でしょ


それを争いとは言わないの?


大人だってそうでしょ


会社や役所や省庁で出世するには他人と争って蹴落とさなければならない


選挙だってそうよ


結局は得票を多く確保する為の争いじゃないの


人は幸福かどうかを確認する為に他人と比較したがる


それは他人との争いじゃないの?

 

競争って言う便利な言葉があるけど争いって言う文字が入ってるわ


競争して自分を高めるのは良くて戦争はなんでダメなの?





その考え方は飛躍しすぎだよ!



戦争では人の命が犠牲になってるのよ!





人の命ねぇ




そいつはため息をついた



今の地球上では約8億人が飢餓に苦しんでいるわ


そして23億人以上が年間を通じて十分な食料を入手できない状況なのよ


毎日、美味しいものを食べられるアナタが言って良い事だと思ってるの?





そいつは満月を見上げた。




なーんか論点がズレちゃったわね


アタシはもう消えるわ


アナタも風邪ひかないうちに部屋に戻りなさい


また、満月の夜に会いましょ




そう言ってそいつはアタシの中から消えた





残されたアタシはしばし呆然としていたがブンブンと頭を振った





考えなきゃ 考えなきゃ




今のアタシに出来る事は何なのか?




そして、次の満月の夜にはアイツに少しでも言い返してやるんだ





そう思いながらアタシはアイツと同じように満月を見つめていた








終わり




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

満月はアタシを惑わせる 北浦十五 @kitaura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説