真夜中、僕たちは
銀色小鳩
真夜中、僕たちは
猫の手が脱げない。
後輩の
僕と美里は、緑ヶ丘中学校で同じサークルに入っている、三年生と二年生だ。サークルといっても、人数が少ないから部活と名乗れないだけで、実質は学校内では部活の扱いだし、きちんと運営費も出ている。
三年はそろそろ引退なのだが、部活になれなかった二人だけのこの「魔法研究会」で僕が抜けたら、美里が一人になってしまう。だから受験勉強を、僕はサークル室でしている。
魔法研究会は、その名の通り、魔法を研究している。サークルの活動紹介には一応、「魔法と民間伝承についての文化的研究」……それっぽい説明文を付けている。が、実際にはこのサークルでは「実践」を目指している。研究とは名ばかり、ここは魔法を訓練し、実践するためのサークルなのだ。
僕が立ち上げたこのサークルに、去年美里は目を輝かせて入ってきて、聞いた。
「どんな活動をしているんですか?」
僕は素直に答えた。
「実践を目指しているよ!」
美里はサークルの一員になり、僕たちは日々、魔法使いになるための呼吸法で体と精神の訓練をしたり、小さな魔法陣を紙に描いてお守りにしたりといったことをしている。美里はなんでも、何度も転生をくり返しているがずっと魔法使いとして生きてきたらしい。僕の話を馬鹿にするどころか、魔法の話をたくさん自分からしてきてくれた。
先日、美里はサークル室で、僕の手を握った。握ったというより、肉球を僕の手にくっつけた。美里の両手は猫の手になっていた。なにこれ? コスプレ? 美里にそんな趣味が? 僕は確かに猫コス好きだし、相手にもさせたいし自分もしたいけど、どうしてそれがバレたんだ? そんな驚きよりもさらに大きな驚きが、美里の言葉によって引き出された。
「せんぱい、
好き……? 僕を好き……? 僕は確かにじぶんを僕、と言っているけれど、女の子であって、美里とは同性にあたるが、それを……わかっている?
いやわかってなくてももういい。そろそろ僕は卒業してしまうのだ。好きな子に告られて今答えなければ、この魔法が解けてしまう!
「僕も、きみが好きだと思っていたの!」
思えば僕は、ずっと魔法を使ってきた。美里が僕を好きになるように。恋のおまじない百選という本をかたっぱしから読んで、出来そうなものを試したり。その魔法が効いたのなら、魔法研究会の活動としてもこれ以上ないくらいの成功だ!
なぜ美里が猫の手のコスプレを続けるのか不思議だったが、何度かのお泊まりでそういうことにならなかったあと、美里が白状してきた。
「実は、せんぱいの心を得るために、呪術に手をだしました。学校の裏山の小さな祠、あれ、呪術で使われた猫を捨てた祠なんですが、あそこの化け猫を鯖缶で釣りました。せんぱいと両想いになるために、猫の手を借りました」
美里はぽろぽろと涙を流した。
「いざ、せんぱいに手を出そうとしたら、猫の手が脱げない……呪術に手をだして、せんぱいに手がだせなくなったんです。これはもう本当に手も足もでない」
「わかった。その祠に一緒に行こう。化け猫に謝るなりしよう、とにかく行こう」
「猫の手が脱げたら、魔法がとけちゃうんでしょうか」
美里が大粒の涙を目に浮かばせて僕を見上げてくる。たしかにこの魔法の威力は強力だった。
「真夜中に、祠に行こう」
「えっ、なにそれこわい」
「夜中は色々なものの転換点だ。意識のほぐれるカオスな時間だ。日中ほどけなかった魔法も、真夜中なら解けるかもしれない」
魔法がとけたら、僕たちの「お付き合い」も終わっちゃうのかな。そんな不安を口にしたら、美里の目からその大粒の涙が零れ落ちてしまいそうだったから、敢えて言わなかった。
こうして僕たちは深夜、化け猫の祠へと分け入っていったのだった。
美里が祠に声をかけると、ゆらゆらと煙のようなものが集まってきて黒い影となり、猫の形にまとまった。シャーッと威嚇するような声を立てて猫が言った。
「わたしを呼ぶものは誰にゃー……!」
「猫さん。魔法は通じたんですが、猫の手が脱げないんです」
「それはくれてやったのだ」
「もう要らないです」
美里は手袋を脱ごうとするように猫の手をはずそうとしたが、いっこうに猫の手は脱げなかった。
「どうしたら許してくれますか……」
「わたしの恨みを思い知るにゃ。百合カップルは全員バリネコ化して切ない思いに身を焦がせばいいにゃー……!」
「あのさ、僕思うんだけど」
僕は美里を抱きしめて、猫に言った。
「そもそもバリネコ同士で何が困るの」
「にゃっ?」
「えっ?」
美里と猫の声が被った。
「そういうこと、しなきゃいいだけだし、夜の生活なんかなくても別に困んないけど」
「ええ……」
美里が悲しそうな声を出したが、僕はかまわなかった。
「だって僕、いままでもずっと美里のこと好きだったし、これからも好きだろうし、付き合う前から一緒にいられて幸せだったよ。可愛い美里と一緒にいられるんだから、美里が猫の手で僕に手がだせないとか、どうでもいいよ。僕バリネコだから美里に特に何もしないけど、一緒にいられたら何も要らないよ。猫の手、可愛いし。全然人間への復讐になってないと思うんだけど」
「そ、そうだよね。それによく考えたら、使えるのは手だけじゃないし!」
「にゃー……!!!」
若干、美里がまだ夜の生活にこだわった解決法を口にしたような気がしたが、気にしないことにした。猫の影はショックを受けたように縦に伸び、恨みがましく聞いた。
「それなら、オマエが一番恐れていることは何だ……」
「猫耳! しっぽ! 猫の手! 最高のコスプレ!! この猫の手が美里から無くなってしまうのが、心底惜しい!!」
猫の影はさらに縦に伸びた。
「にゃー……!!!」
伸びた影はそのままゆらめいて消えた。
「せんぱい、手が」
美里が僕に手を見せる。そこには猫の手はもうなく、可愛い美里のふわふわした小さな手があった。
「猫の手がぁ……」
「なに本気で残念がってるんですか、せんぱい。まんじゅうこわい的なアレじゃなかったんですか?」
「まあいい、猫の手でも人間の手でも、美里は美里だ。帰ろう」
美里の手に僕の手を絡める。
「人間の手になってよかった」
「どうしてですか」
「恋人繋ぎで帰れるからね」
しばらく無言で山を下りる。麓まで来て、立ち止まった。この真夜中のカオスの中で、美里の瞳が夢を映すのが見たいと思ったのだ。
「魔法、とけちゃいましたか……?」
「僕もかけつづけていたからね、簡単には解けないよ」
美里の唇にそっと唇で触れる。
解けた魔法は何度でもかければいい。美里の魔法には、僕は喜んでかかるから。
真夜中、僕たちは 銀色小鳩 @ginnirokobato
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