第10話 闇の中で揺れる彼岸花

「むしろそれでこそ、この世界と人は成り立ってる。その中で自分が流れに飲まれるのか、自分の主義主張を通して生きられるかが大事だと思うぜ」

「そっか・・」

「・・あぁ、そうだ」


 ガラムはチャップマンに向き合う。


「アタシはさ。信じたいんだ、そんな世界と人の中でも。人の温かさを」

「・・良いことだと思うが、正直に言えば甘っちょろい絵空事みたいな考えだな」

「だからこそ、信じたいんだ。甘くても理想の中だけって言われてもさ、素敵だなって思えたことだから」


 人が毎日何百人と消え、時間を問わず犯罪が横行しているリクドーシティにおいて、ガラムの主張は甘く、世間を知らない子供の戯言に過ぎない。

 故にチャップマンは灰皿に煙草を押し当てて、オイルライターが仕舞われたポケットに手を当てながら前の景色を眺めた。徐々に、肩の荷が降りたように頬を緩めていく。


(まぁ・・これも巡り合わせか・・・)


 目を強く瞑って息を吸い、気つけの意味を込めて息を吹きだしたチャップマンは、あっけらかんとした口調で声を張り上げた。


「知っての通りだと思うがな、俺は子育てなんてしたことがない!」


 きょとんと呆気に取られているガラムをバックミラーで確認して、彼は両手を広げて何かを探すように首を振り始める。


「あーあ!どこかによぉ、弟の世話しながら実家に仕送りなんかしちゃってるよぉ!甘っちょろくて腕の立つ賞金稼ぎがいねぇーもんかなーッ!」

「馬鹿か、アンタ」


 思わず噴き出して微笑もうが、彼のおどけた仕草は止まらない。むしろ、止めようとすらしていなかった。


「そんな奴がなー!いたらなー!」

「ハイハーイ、ここだここ」


 観念したのか右手をだらんと上げたガラムは、そのまま彼の肩に手を置く。


「え?こんな近くにいたのかよー!灯台元ナンチャラ暗しってやつか!?」

「オメーよ、36になって馬鹿やってんなよ恥ずかしい」


 2人は高らかに笑い合う。今までの疑念や不信感を吹き飛ばすように。


「だがよガラム」


 ひとしきり笑ってから、ピタリと真剣な表情になったチャップマンがガラムの黒い瞳を真っ直ぐに見つめる。


「今はまだ全部を話せなくて悪いと思ってる。だが、ヤバいと思ったら自分だけでも逃げろ」

「あぃよ。そん時にはアンタの隣で銃身が溶けるまで戦うか、担いで逃げるか選ぶさ」


 明るい顔のまま、大真面目に言ってのけるガラムに向かってチャップマンは拳を突き出す。


「ったく・・改めてよろしくな、相棒」

「解散とか気軽に言うなよ、相棒」


 一生懸命に照れ隠しをしながらも、ガラムは拳を突き出して彼の拳に突き合わせた。

 2人を乗せたラングラーがハイウェイの光に照らされながら、闇の中を走って行く。闇の先に待ち受ける何かは、どれだけライトを照らして探しても潜み、突然現れる。

 それを承知で闇の中を進む2人に微笑むように、後部座席に置かれたアルメリアが揺れる。

 麻袋に詰められ、トランクに仕舞われた少女が2人の笑い声をやり取りの影響か、微笑んでいたのだが、2人は知らない。


「あぁそれとなガラム。お前、さっき捨てた吸い殻ちゃんと拾えよ」

「それって・・どれだ?」

「どれってさっきの・・オイ!ガンケースの下に何個あるんだ吸い殻!」

「いや待て、これっぽくないか?ほら見てみろよ」

「近づけんなそんなもの!冗談じゃねぇ全部だ全部!」

「アッハッハッハ」

「笑いごとじゃない!これ俺の車だぞ!」

「だって灰皿こっちに無いし」

「は、マジかよ・・それは悪かった」

「そーだぞ」

「・・え?俺いま、責められてる?」

「気のせー気のせー」


 走行風で車体に着いた雨粒が流れ、ハイウェイの脇に植えられた彼岸花も闇の中で揺れる。景観美化計画で植えられたそれは、まるでくすくすと笑うように小刻みに揺れ、リクドーシティを生きる者達を眺めている。

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