午前2時半の訪問者
御角
午前2時半の訪問者
ピンポーン
突然に鳴り響くインターホンの音。一度まどろみかけた脳が強制的に再起動される。今日は本当に散々なことばかりだ。
仕事がようやく片付き、疲れていた僕はつい先程まで熟睡していた。週末にもかかわらず夜更かしすることもなく、少なくとも10時間は寝る気でいた。だが、結果的に僕は3、4時間程で起こされることとなってしまった。
理由は明確、隣の部屋から響き渡った、あの耳をつん裂くような忌々しい悲鳴である。時計を見れば午前2時半。大音量でホラー映画でも見ているのだろうか、いくら週末とはいえ非常識な隣人だ。不快に思いながらも僕は布団を頭までかぶり、ようやくうとうとしていたところだった。そこにあの間の悪いインターホン。腹が立たない方がおかしいだろう。
怒りに任せ布団を蹴り上げ、玄関のドアスコープをそっと覗く。こいつが騒音の正体なのかは定かではないが、こんな深夜に呼び鈴を鳴らしている以上非常識なことには変わりない。さぁ、どんな変なやつが待ち構えているのか、と身構えたが、ドアの前に立っているのは至って普通の若い男だった。それが余計に腹立たしい。
その男は痺れを切らしたのか、同じ階の他の部屋のインターホンも押して回っているようだった。ドアスコープ越しに、呼び鈴に応じた向かいの部屋のお爺さんが、男と何か話しているのが見えた。
僕はなるほど、と思った。恐らく彼は騒音を発していた隣人ではなく、それを注意しにきた無関係の人だ。ただ、その発生源がどこかわからないから、同じ階を片っ端から回ってそれを確かめようとしたのだろう。
それなら別に出てしまっても良かったかもしれない。なんなら同じ騒音に対する愚痴でひと盛り上がりあったかもしれない。布団に戻り、再び眠りに落ちる刹那、そんな考えが頭をよぎった。
翌日、思ったよりもぐっすり寝ていた僕は、パトカーのサイレンの音でようやく目を覚ました。外が何やら騒がしい。
ピンポーン
インターホンが、鳴る。
「すみません、警察のものですが。ちょっとよろしいでしょうか?」
ドアスコープから恐る恐る覗くとそこには、警察手帳を構えたコートのくたびれた男二人が険しい表情で仁王立ちしていた。
「はい、なんでしょう?」
寝起きではっきりとしない頭が段々と冴えてくる。
「実は、今日の朝方、真夜中に隣の部屋で女性が殺されまして。何か心当たりはありませんか?」
殺人……? なるほど、そうか。昨日の騒音、その正体は殺された女の悲鳴だったのだ。
待てよ、だとしたら昨日のインターホンは……? 僕は一気に血の気が引く。
「あの、向かいのお爺さんにも、同じこと聞きましたか?」
その質問に警察は顔をしかめた。
「それが……インターホンを押しても留守みたいでして」
「すぐに大家さんに鍵をもらって開けた方がいいです。お願いします」
そのあまりに切羽詰まった声色に、警察も何かを察したのか、二人のうち一人が階段をかけ降りていった。
これは予測の域を出ない。あくまで妄想にすぎない。だが、昨日インターホンを鳴らして回っていた男。それがもし、仮に女を殺した犯人ならば、あれは『確認』だったのだ。真夜中の2時30分、本来なら誰もが寝静まる時間。男は、起きている住民がいないことを、悲鳴を聞いた者がいないことを確かめるために、部屋のインターホンを鳴らした。
もし、怒りのままに、あのお爺さんのように出ていたら、僕は今頃……。
向かいの部屋で首を吊り、凶器と遺書を残して亡くなった老人の姿に、僕はそう思わずにはいられなかった。
午前2時半の訪問者 御角 @3kad0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます