キャットナップ

深川夏眠

catnap


 猫の眠りは短い。少し眠っては目覚め、また眠る、その繰り返し。結果、一日中ほとんど寝ている風に見える。

 ぼくの目の前に一匹の白猫がいて、フカフカのクッションにうずくまって、かすかな寝息をたてている。今のうちに、そっと猫の手を借りておこう。起きている間は多分いやがってダメだろうから。

 猫の名前はびゃくだん。白檀は明日になったらぼくの家を出ていく。だから、その前に、白檀がここで過ごした証拠にもなるを残しておきたいんだ……。


 先月末、どこからともなく街に現れた白い迷い猫は、書道教室がえりのぼくが声をかけると足に頭をこすりつけてきた。休憩スポット、いわゆる寄り合い所まで抱きかかえていって、商店街の皆さんに相談しようとしたら、

「おや、ミチル君。どうしたね、そいつは」

 お線香屋のおじいさんがで白檀と名づけ、イベントを立案した。通りストリートのお店がこの子を持ち回りで預かって、二、三日ずつ店長に仕立てて、お客を呼び込もうというのだった。

 ぼくの家は小さい不動産屋なんだけど、今、妹のアマネの具合が悪くて母さんが病院につきっ切り。父さんは一人でバタバタしているから、残念ながら、うちの招き猫にはなってもらえそうもない。でも、一応ぼくがみょうだいとして〈猫まつり〉会議に出席した。

 猫はおとなしいどころか、おおむね目も開けずウトウトしている。花屋のモナミさんが犬猫病院へ連れていって、体調には問題ないとお墨つきをいただいてきたし、保護団体経由で里親さんに引き取ってもらえると聞いて、みんな、ひと安心したのはよかったけれど……ハンドメイドショップ兼〈占いの館〉のドレッドヘアおじさんの様子が何だかおかしい。いや、元々変なんだ。

 おいしいコーヒーが自慢の古本屋・どうの店長代理マサキさんの話では、最初は普通の女性がかわいいグッズを売るだけの店だったのに、あるときから間借りしはじめた占いおじさんが、まるで場所を乗っ取ったみたいになっちゃった、って……。

 商店街の皆さんは、あやしい占いおじさんを煙たがって、あまり近づこうとしない。占いおじさんは動物の毛アレルギーだそうで、本当は避けた方がいいのに、これは我が異形の神より課せられた試練なのだ! とか、がどうしたとか叫んで、もだえている。読書傾向にいちじるしい偏りがあるぞって、マサキさんは苦笑いしていたな。よせばいいのに本当に祭壇を作って猫をまつったのだ。ぼくが見たところ、白檀は退屈そうな「どうでもいい」と言いたげな顔つきで、あくびばかりしている。

 そうこうするうち、火事が起きてしまった。父さんも母さんも留守だったから、ぼくはものすごく緊張したし、こわかった。白い月が煤でどんどん黒くなっていくようだった。モナミさんが心配して駆けつけて、消防に通報した後、初期消火に当たっているから大丈夫と言ったときは心底ホッとした。

 火元は例のハンドメイドショップ兼〈占いの館〉だった。一体何が燃えているのか、異様な臭いが漂っている。

「猫! 白檀は?」

「ハイこのとおり、ご無事です」

「ニャァーヮ」

 マサキさんが白檀をっこして現れた。白檀はそんなに動揺している様子じゃなかったけど、マサキさんの腕の中で盛んに毛づくろいしていた。

「ブバスティス様のおぼしめしダァァァッ!」

 占いおじさんは焼け焦げた白衣びゃくえから、すね毛ボーボーの素足を振り上げて絶叫した。ドレッドヘアはウィッグだったと判明した。

 両親は知らせを受け、血相を変えて戻ってきた。妹の容態も安定したって。よかった。


 ハンドメイドショップの経営者とドレッドかつらおじさんは、お金の貸し借りや違法な物品の融通でもめていたんだって。

 そして、彼は占い師のフリをしていただけのニセモノだったんだ。お線香屋のおじいさんから買った高級品に、わけのわからないクスリを混ぜて焚いていたそうで、おじいさんは不届きせんばん! と怒り心頭。火事になったのは露見したら都合の悪い書類やアイテムを燃やそうとして、しくじったからだったと聞いて、おじいさんはいっそう憤慨し、ブッ倒れちゃうんじゃないかってぐらい真っ赤になって、こめかみをピクピクさせていたから、みんなで必死になだめた。

 そんなこんなで〈猫まつり〉は中止。白檀は当初の予定より早く里親さんの家に行くと決まった。

 不満とさびしさを一緒くたに顔に出したぼくを見たモナミさんが、最後に一泊、白檀をぼくの部屋で寝起きさせてはどうかと提案してくれた。

「ありがとう」

 ぼくはようやく落ち着いて白猫をハグできたけど、猫じゃらしなんかで遊ぶ余地はなかった。白檀はうつらうつらしてばかりだったから。

 さて。出会って以来、どうしてもやってみたかったことを、いよいよ実践する。北斎の竜田川よろしく半紙を広げ、ボロボロの歯ブラシに墨をつけて木を描く。それからスタンプパッドに、そーっと白檀のをのせてピンク色に染め、桃とも桜ともつかない花をたくさんの枝先に咲かせていったんだ。

「えへへ」

 ぼくはウェットティッシュで白檀の肉球をきれいに拭くと、満足して眠くなり、添い寝してしまった。

 どれくらい時間がたったのか、ふと目を開けたら白檀はぼくの机のタブレットを、くだんの肉球で操作していた。

 そういえば偽ドレッド占い師が錯乱気味に「猫ハッカー!」なんてわめいていたっけ。ああ、ぼくはきっとまだ夢の中にいるんだ。

 夢なら猫だって日記ぐらいつけるだろうし、ひょっとしたら月夜の公園で開かれるのための報告書を作っているのかもしれない。ついでに、ぼく宛ての手紙も書いてくれたらいいな。

「ミャッ」




               catnap【END】




*2022年3月 書き下ろし。

*縦書き版はRomancer『月と吸血鬼の』にて

 無料でお読みいただけます。

 https://romancer.voyager.co.jp/?p=116522&post_type=rmcposts

⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/J9hIirkY



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キャットナップ 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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