第48話(アリエット視点)【完結】

 そう思うと、なんだか、かわいそうになってきたわ。


 だぁい好きな妹が死んで、壊れちゃったんだ、こいつ。

 うんうん、わかる。わかるよ。


 あんたも、誰か、『特別な人』を通してでしか、世界を感じられないのね。


 わかる、わかるよ。


 喜びなさい、私はあんたの理解者よ。


 教えてあげましょうか?

 あんたの『特別な人』は、もう、この世のどこにもいないのよ。


 私は偽物。

 あんたはとっくに気づいてるのに、一生懸命気づかないふりをしてる。


 みっともないやつ。


 恥ずかしいやつ。


 かわいそうなやつ。


 私は違うわよ。

 私は自分の意思で、『特別な人』を見送ったんだから。


 いや、そうでもないか。


 あの執事さんが現れなければ、私は一生、姉さんを苦しめ続けたかもしれない。


 無様で、性悪で、最低の妹。


 あーあ。

 なんだか、疲れちゃったな。


 姉さんの言いつけを守って、この一年、なんとか一人で幸せになろうと努力したけど、やっぱり無理みたい。


 だからもう、いいよね?


 ヘイデールの奴、いまだにぴーちくぱーちくと、何かを囀ってる。


 なになに?


 アリー、公園の花が綺麗だよ、一緒に見に行こう?

 アリー、今日はきみの好きなタルトを持ってきたんだ?

 アリー、今度、約束していた芝居を見に行こう?


 はいはい、それはよろしゅうございましたね。

 一人でやってろよ間抜け。


 ……あんたももう、疲れたでしょう?


 お芝居とはいえ、一時は妹になってやったよしみだわ。

 こいつも、連れて行ってあげようかな。


 やっぱり、やーめた。


 こいつ、私にちょっとたぶらかされたくらいで、姉さんのこと、突き飛ばしたんだもの。もうちょっと苦しみなさい。この、何にもない世界で。


 私は、戸棚の中からナイフを取り出した。

 冷たい刃の輝きが、朝焼けの光のように美しい。


 私は、少しも躊躇しなかった。

 自分の首筋にナイフを当て、思い切り引く。


 血が、噴き出した。


 わお。

 首の動脈を切ると、こんなに血が出るのね。


 ヘイデールの、意味不明な叫びが響いてくる。

 うるさいわね。どうせ叫ぶなら、賛美歌でも歌ってよ。これで最後なんだから。


 足から力が抜け、私は糸を失った操り人形のように頽れた。


 視界が暗くなっていき、音も聞こえなくなった。

 暗黒の世界の中、浮かぶのは姉さんの笑顔。


 姉さん、今頃何してるかな。


 今まで、いっぱい傷つけて、ごめんなさい。


 幸せになってね、姉さん。

 自分の人生が終わる間際だから、本当に、まったく余計なことを考えず、私はそう思った。


 指先が冷たい。

 ふくらはぎが冷たい。

 腕が冷たい。

 太ももが冷たい。


 身体の四肢から、生命の熱が抜けていく。


 なのに。

 それなのに。


 不思議なことに、姉さんの幸せを願うと、胸の中が温かくなる。


 ああ。

 そうか。


 こうすればよかったんだ。

 こんな簡単なことに、気づかなかったなんて。


 姉さんのものを奪ったり、傷つけたりしないで、本当に心の底から姉さんの幸せを願えば、私の心は、それだけで幸せになれたんだ。だって、大好きな人が幸せになるって、素敵なことだもの。


 姉さん、私、幸せになれたよ。

 これで、姉さんとの約束、果たせたよね。







 もっと早くに、気づきたかったな。




終わり




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 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


 本日から新作『婚約者の幼馴染に殺されそうになりました。私は彼女の秘密を知ってしまったようです』を投稿しておりますので、よろしければそちらも見てもらえると嬉しいです。

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なんでも欲しがる妹が婚約者まで奪おうとするので、思い切ってくれてやることにしました。私は彼の執事と添い遂げます 小平ニコ @n_kodaira

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