島流しにされたので、航海士と共に生きようと思ったんですが

エンタープライズ窪(煮干しマン)

島流し

 雲ひとつない良い天気だ。

 穏やかに風が吹き、私の帽子を攫おうとする。


 軍の調査船"エドマンド"が遠くに見える。

 なかなかに大きな船だが、ここからだとひどく小さく見えた。


 私は真っ白い砂浜に乗り上げたボートを眺め、続いて捜索に出た乗組員達を見つめる。


 数本のヤシの木が生えているだけで、あとは砂浜と岩場だけがあった。


 私はこの島に調査に訪れた。


 噂では、悪名高い海賊が何かを隠したとされている。


 トレジャーハンターに見つかる前に調査してしまおうというのが、政府の考えだった。


 しばらく捜索は続いていたが、やがてこんな声が飛んできた。


「大尉。このようなものが」


 部下の軍曹が、何かを持ってこちらに駆け寄ってきた。


 私は彼からそれを受け取り、じっと見つめる。


「ダイアリー……。日記か」


「相当古いですね」


「こんなものどこにあった」


「あそこのヤシの根元にありました」


 軍曹が指さした先では、兵隊達が掘り起こされた穴を囲んで項垂れている。


「他には何も」


 私は舌打ちして、日記を開く。


「読んでもいいんですか?」


「何か手がかりがあるやもしれんだろう。読むだけ読んでみよう」





『在りし日の記録をここに記す。

 私は商船"アンブリッジ"の船長である。


 乗組員の反乱によって、一等航海士共々、この見知らぬ島に取り残されてしまった。


 海賊共は自決用にピストルをひとつずつ寄越した。

 そして、樽ひとつ分の水。


 私が拾ってやった乗組員だったから、せめてもの恩返しなのかもしれない。


 航海士は泣いているが、私は死ぬつもりはない。


 だが、もしもの時のためにこの日記を書く。


 私にもしものことがあれば、後に誰かがこの日記を手に取り、私が生きていたことを知ってもらいたい』




 私はページをめくる。




『夜は寒い。


 だから私達はヤシの葉を使って家を作った。


 航海士の奴は不器用で、ほとんど私が作った。


 そのくせ、気持ちよさそうに眠るものだから、軽く蹴り飛ばしてやった』




 私はページをめくる。




『日が昇った。


 朝、私は大きな岩に登って、船が通らないか見張った。

 その間、航海士はうじうじしていた。


 ひたすら、十字架を握って祈っている。


 祈りが終わると、独り言。


 昼は、航海士と共に話した。


 小さい頃のことなどの思い出話に花を咲かせた。


 夜まで夢中になって話した。


 ますます生きる気力が湧いてきた』




 私はページをめくる。


 しかし、しばらくは船が来ないことに対しての愚痴が並べられていたため、だいぶ読み飛ばした。


 もちろん、全ての愚痴の最初に『日が昇った』と付けられていた。




『日が昇った。


 ひたすら待てど、船は来ない。


 救助を欲しても、来てくれない。


 樽一杯分の水があるとはいえ、いつ尽きるかわからない』




 ページをめくる。




『日が昇った。


 些細なことで喧嘩するようになった。


 少し窮屈に感じてきた』




 ページをめくる。




『日が昇った。


 航海士の独り言が増え始めた。


 私のように見張ることもしないで、ぶつぶつとしきりに何かを呟いていた。


 彼の呟きを聞いていると、無性に腹が立つ』




『航海士の独り言がうるさくて眠れない。


 静かにしてほしい』




『日が昇った。


 ぶつぶつとしか呟いていなかった航海士が、ついに笑い出した。


 ゲラゲラゲラゲラ、気味悪い声でひたすらに笑っていた。


 時折、私は神だと叫んでいる。


 この航海士が怖い』




『日が昇った。


 昨晩は航海士のせいで眠れなかった。


 ずっとこいつは笑っている。


 ヘラヘラ、ゲラゲラ。


 うるさい。

 黙れ』




『日が昇った。


 航海士が私をピストルで撃った。


 血が止まらない。


 私は思い切り奴を殴った。


 でも、奴は笑うばかりだった。


 しまいには、私をおじいちゃんと呼びやがった。


 もう耐えられない。


 殺してしまいたい』




 しばらく、空白のページが続いた。










『航海士を殺した。


 全てあいつが悪いんだ。


 私は悪くない。


 あいつが私を殺そうとしたんだ。


 だから撃ち殺した。


 私は悪くない』




 また空白。







『死たいと一緒に暮らスなンテいヤだ。


 死にたイ。


 臭くテ敵ワナい』




『起キたらこう海士ガ立ッてイた。


 私ヲ睨みつケてきタ。


 こワい。


 航かイ士に殺さレル』










『海カラ来ル。


 あいツが殺しニクる。


 死にたくない。


 死にたくない。



 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にた』






 日記はここで終わっていた。


 言うまでもなく、私は戦慄していた。


 殺した航海士が殺しに来たとは考えにくいが、この日記にはそう綴られている。


 一緒に読んでいた軍曹も真っ青だった。


「……これは、怖いですね」


「ああ。幽霊など信じられないが、たしかに日記には……」


 突然、私は恐ろしい事実に気づいてしまった。


 慌てて日記を読み返す。


 待て、おかしい。

 そんなはずはない。


 この日記は少なくとも3ヶ月分くらいある。


 何度も何度も読み返し、私はある結論に至った。


「……軍曹。水だけで人は何日持つ?」


「たしか、2〜3週間ですね」


「食料があった場合は?」


「もっと持つでしょうね」


 やはり……。


「もしや、この男は最初から死体と暮らしていたのかもしれない。相棒が全て夢幻だったとしたら、つまり……」


「……どういう意味です?」


「わからないなら、知らない方がいい……」


 ヤシの木が、不安を掻き立てるようにサワサワと揺れた。

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島流しにされたので、航海士と共に生きようと思ったんですが エンタープライズ窪(煮干しマン) @enterprisekubo

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