笑顔のヒーロー

平 遊

Believe our Promise

『あ~、こないええ思いさせてもろたんやから、あんたの誕生日はばっちりお返しさせてもらうで~♪もろたもんは、何でも『倍返し』させてもらうんが、俺の信条なんや。・・・・でも、あんたにやったら、倍なんかじゃ足りん・・・・全然足りんわ。3倍、いや4倍、いやいや、100万倍くらいにして返したる。そやから、な。あんたの誕生日、楽しみに待っとってや!』


彼の優しい笑顔が私を包み込む。

私はその温かさに包まれて、幸せだった。

とても、幸せだった・・・・



夢を見ていた。

とても優しくて、温かくて。

でも。

私は泣きながら目を覚ました。

誕生日の、朝に。



彼、彰人さんは、私の会社の取引先の人。

良く言えば誰とでも気軽に話す、悪く言えばお調子者な人。

私は最初、彼が苦手だった。

人見知りの私にとって、一足飛びに距離を縮めて来る彼が、正直迷惑でさえあった。

だからきっと、かなり失礼な態度を取っていたのではないかと思う。

それなのに彼は。

私が仕事でミスをして落ち込んでいた時に、ランチと称して私を会社から連れ出し、とんでもないをさせてくれたのだ。


「な、旨いやろ?ここのパスタ、めっちゃ旨いねん。・・・・でも、男1人じゃなかなか入りづろうてなぁ。せやからあんたがおってくれてめっちゃ助かった!」


口の端にソースを付けたまま、彰人さんは子供のような笑顔を見せた。

それを見た私まで、落ち込んでいた気持ちも幾分軽くなり、思わず笑ってしまう。


「やっと、笑てくれたなぁ」

「えっ?」

「ここんとこずーっと、泣きそうな顔しとったやろ。俺、ずっと気になっとってん」


やっぱり、口の端にソースを付けたまま、彰人さんは優しい笑顔を浮かべる。


「俺な。人を笑わすんが、大好きなんや。楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに笑てくれると、俺までむっちゃ嬉しなる。それが俺にとって大事な人なら、尚更や。いつも、笑顔でいて欲しい。その人が笑顔でおれるんやったら俺、何だってしたる。そない思っとるんや」

「はぁ・・・・」

「『はぁ・・・・』やあれへんがなっ!俺今、一世一代の告白しとんねんで?!」

「・・・・えええぇっ?!」

「頼むで、ほんま・・・・」


仲のいい同僚の諒子には『あんな奴のどこがいいのっ?!』なんて言われたけれど、私はそれから彰人さんとのお付き合いを始めた。

諒子は彰人さんと大学が一緒だったらしく、彰人さんは当時からお調子者で有名だったらしい。

諒子曰く、「ま、悪い奴ではないけど。あたしだったら、パスかな~」とのこと。

確かに、彰人さんは相変わらずノリが良くてお調子者で、付いて行けないところもたまにあったけれど、いつでも私を大事にしてくれて、笑わせてくれた。


2人で迎えた初めての彰人さんの誕生日。

私は彰人さんのために、頑張って料理を作った。

彰人さんの観たがっていた映画を一緒に観て、私の家で手料理を振る舞って。

たったそれだけのことで、彰人さんは大喜びしてくれた。

そして。

私の誕生日を楽しみに待っていてと、そう言ったのに。

突然過ぎる異動で、海外へと行ってしまったのだった。

彰人さんからは、できれば一緒に来てほしいと言われた。

でも、あまりにも突然過ぎて、私には彼と一緒に行くという決断ができなかった。

そんな私をも、彼は笑って受け入れてくれた。

ただし、それには条件がひとつ。


【いつでも笑顔でいること】


赴任先は電波状況があまり良くないらしく、時差もあるため、今までのように頻繁に連絡を取ることも難しい。

次第にそれが当たり前の日常となり始め、私の胸にはどうしても埋められない穴が広がり始めた。



「この間の●●社の打ち合わせでね、是非プロジェクトを進めてくれって回答を貰えたわ」

「さすが諒子!じゃあ、本格的に準備を始めないとね」


いつもと変わらない、日常。

忙しく過ぎてゆく日々。

ただ1つ、違うことは・・・・


「・・・・で、これを・・・・って、聞いてる?!」

「あっ・・・・ご、ごめんね、諒子」

「ちょっとちょっと、大丈夫?」

「うん、ごめん、ね・・・・」


朝からずっと、私の頭を離れない事。


- 彰人さんに、会いたい -


(もし、私があの時彰人さんと一緒に行くって言っていれば・・・・)


頭の中にぐるぐると回り続ける、変えられるはずのない現実。

そして、叶うはずのない、ささやかな望み。


(だめだ、しっかりしなきゃ)


大きく頭を振って、私は諒子に言った。


「大丈夫よ、諒子。ごめんね、もう一回さっきの・・・・」

「大丈夫じゃないでしょ」


少し怒ったような諒子の声に、私は驚いて諒子を見る。


「ごめん、今度はちゃんと聞くから」

「そうじゃない」

「え?」

「私に気なんか使わないでよ。ほんとはちっとも大丈夫なんかじゃないクセに」


明らかに怒っている、諒子の顔。

きっと、ものすごく心配してくれているのだろう。


「ごめん・・・・」


ありがたいのと情けないのとでうつむく私の肩に、諒子の手が乗る。


「定時も過ぎてるし、今日はもう帰ってゆっくりでもして。その代わり、明日からはバリバリやってもらうからね!」


諒子の優しさに甘え、私は荷物をまとめて会社を出た。


そのまま家に帰る気にはなれず、近くの公園のベンチに腰をおろして、バッグから小さな手鏡を取り出す。


(私、そんなに大丈夫じゃなさそうに見えるのかな・・・・)


鏡の中にいたのは、今にも泣き出しそうな顔をしている、自分。

あまりに沈痛な自分の表情に、私は呆然として鏡を見つめた。


【いつでも笑顔でいること】


それは、彰人さんと交わした、たったひとつの約束。


(笑顔でいなきゃ・・・・)


鏡に向かい、口の端を上げて、目を細めて笑顔を作る。

でも。

頬に伝ってきたのは、涙のしずく。


「ごめんなさい、彰人さん・・・・私、笑えない・・・・」

「そら、あかんなぁ」


(えっ・・・・?!)


突然耳に流れ込んできた声に、体が固まる。


「どないしたら笑てくれるんや?」


再び聞こえた声に、私は恐る恐る鏡越しに後ろを見て・・・・


「ど・・・・して・・・・?」


少し離れた私の後ろに立っていたのは、紛れもなく彰人さん。


「あ~、そないほっぺた濡らしてもうて」


鏡の中の彰人さんは、少し寂しそうに笑いながら私の方へと近づいてくる。

そして。

あたたかい手がそっと私の頬に触れて、涙の跡をゆっくりとなぞった。


「ごめんな。俺、あんたが笑顔でおる為やったら、なんだってしたるって言うたのに。現実はコレや。あかんな、ほんま。あんたは一生懸命、笑顔でいようって思ってくれとるのに・・・・こない涙流しながらでも、笑お思てくれとるのに」


ふわっと。

彰人さんの香りと温もりに包まれて、気づいたら私は彰人さんの腕の中。


「でもな」


腰を屈め、彰人さんは鏡越しに目線を合わせて言った。


「どーしても泣きたい時には、泣いてもええ。ただし、俺の胸の中で、な」


振り向いた私に向けられる、優しい笑顔。


「俺な。大事な人には、いつも笑顔でいて欲しいて、思っとる。その人が、笑顔でおる為やったら、何だってしたいて思う。これは、ホンマや。でもな。人間、そうそう笑てばかりはいられへん。悲しいけど、これが現実や。せやから、な。大事な人が・・・・あんたが、笑い方を忘れてしまうくらい辛い時には、かわいい笑顔が戻るまで、ずっとこうして側にいて、抱きしめていたいんや。あんたが流した涙は、俺がこの手で拭ったる。あんたの悲しさも寂しさも全部、まとめて一緒に、な」


夢なんじゃないかと、思った。

昨日見た幸せな夢の続きを、見ているんじゃないかって。

でも、それでもいいと思った。

彰人さんの温かさが。声が。言葉が。

そして、笑顔が。

とってもとっても、嬉しかったから。


「良かった」

「え?」

「ほら。見てみ」


彰人さんに促されて鏡へ目を向けると。

そこには、ついさっきまで泣きベソをかいていたとは思えないほど、嬉しそうな笑顔を浮かべている自分の姿。


「やっと笑てくれたな。やっぱり、あんたの笑顔は最高や!」

「彰人さん・・・・」


はぁっ、と大きな溜め息を吐いて、彰人さんは言った。


「諒子ちゃんから、あんたがずっと元気無いて連絡もろてから、俺もうどないしようってずーっとやきもきしとってん。絶対あんたの誕生日にはあんたに会いに行ったる!って。俺、これでもめっちゃ頑張ったんやで?・・・・っと」


思い切り抱きついた私を、彰人さんが全身で受け止めてくれる。

夢じゃない。これは、夢なんかじゃない!


「約束したやんな?『あんたの誕生日、楽しみに待っとってや!』って」

「・・・・うん」


嬉しくて嬉しくて。

笑顔のままの私の目から、再び涙が零れ落ちた。




「いい、できたみたいだねっ!」


翌日朝いちばんに、諒子が声をかけてきた。


「うん、ありがとう」


私を心配して気遣ってくれた諒子のためにも頑張らねばと、自分に気合を入れなおす。


昨晩私の家に泊まった彰人さんは、朝一番の飛行機に乗るからと、慌ただしく戻って行ってしまったのだけれど。


『2年か3年で戻るから。必ず、あんたのとこに戻って来るから。それまで、待っとって』


そう私に約束してくれた。


『笑い方忘れてもうたら、また飛んで戻ってくるよって』って。


相変わらず諒子には、『あんな奴のどこがいいんだろうねぇ?』なんて言われたけど、私にとっては彼は特別な人だから。

だって。


笑えなくなってしまった私のピンチに駆けて付けてくれる、私だけの笑顔のヒーローだから。



【終】

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