知らないイケメンについて行ってはいけません

星来 香文子

先生、質問です。


 先生、質問です。

 先生は、この前、小学校の近所で変なオジサンが出たってニュースになった時、言っていましたね?


「知らない人について行ってはいけません——とくに、知らないオジサンについて行ってはいけません」って。


 じゃぁ、その……

 知らないイケメンなら、ついて行ってもまだ大丈夫ですか???


 いや、その、わかってるんです。

 そもそも、知らない人について行ってはいけないことくらい。

 私もう、小学5年生ですから。

 お姉さんなんですから、それくらいわかってます。


 でも、でも……

 ごめんなさい、先生————

 私、知らないイケメンについて行ってしまいました。


 それも、変なイケメンでした。

 変なオジサンじゃなくて、変なイケメンでした。


「出たな! 闇の帝王ブラックリベリオンめ!!」


 だって、誰もいない高架下のトンネルで、壁に向かってそう叫んでるんです。

 一人で。


 私、あまりにこのイケメンお兄さんの顔がイケメンすぎて————

 あ、どのくらいイケメンかは、まだ小学生の私の語彙力では表現しきれないので、先生がイケメンだと思う顔を思い浮かべていただければ結構です。

 とにかく、えーと、そうですね、放課後です。

 中学生の姉が部活で使うものを家に忘れたので、届けて欲しいって電話があって……

 それで、姉の通う中学校に行ったんです。

 校門の前までですけど……


 そしてら、その時すれ違ったんで、このイケメンのお兄さんはきっと姉と同じ中学校の人だとおもうんですけど……

 とんでもないイケメンだったんです。

 今までに見たことないくらい、綺麗な顔で……

 それで、その……ついて行っちゃったんです。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 私が悪いです。

 反省しています。



「お前ごときに、この諸星もろぼし勇大ゆうだいが負けると思っているのか!? なめるなよ!!」


 あ、あのお兄さん諸星くんっていうんだ……素敵……————じゃ、なくって!!

 あのお兄さん、本当に変なんですよ。


 私、今、お兄さんにバレないように影から見てるんですけどね、誰もいないのに、一人で戦ってるんです。

 何か、よくわからないんですが、何かと。


「この左手に封じられた力を解放したら……お前、どうなるかわかっているんだろうな!?」


 左手の包帯をほどき始めちゃいました。

 え、怪我してるのかと思ったら、え、めっちゃ綺麗じゃん!!


「今こそ見せてやる、この俺が、この世界を救うヒーローであるという証拠を!!」


 ヒーローなの!?

 お兄さん、ヒーローなの!?


「とうっ!!」


 まるで戦隊ヒーローのように、お兄さんがジャンプしました。

 左手をかざして、何かやってます。

 いや、すっごいかっこいいけど、何と……ねぇ、一体何と戦ってるの!?


「ていやっ!!」


 わからない……

 いや、本当に、何と戦ってるの!?


「だぁぁぁ!! やぁぁあ!!」


 私には全然わかりませんでした。

 ただ、一人で見えない敵(多分ブラックなんちゃらってやつ)と戦ってるんです。

 ものすごく真剣な顔で、必死な顔で、悪(多分ブラックなんちゃらってやつ)と戦っていたんです。


「これでトドメだっ!! スーパーハイパーフラーーーーーッシュ!!」


 ええ!?

 なんか必殺技名ダサくない!?


「…………ふっ。激しい戦いだったぜ」


 あ、勝った。

 なんか、勝ったっぽい。


「あーっはははははははは!!!」


 ものすごく誇らしげに笑っていたんで、無事に倒せたんだと思います。

 でね、問題はここからなんですが……————


「……ん、なんだ、お前」

「あ、えーと……その」


 私が見ていたことが、バレちゃいまして、諸星くんがこっちに来たんです。

 私、逃げなきゃと思ったんですよ?

 ちゃんと、逃げようとしたんですよ?

 イケメンだけど変な人だし……


 でも、でも、目があったら、離せなくなっちゃって……

 だって、すっごく綺麗な目をしているんです。

 宝石みたいにキラキラしてて……

 薄暗いトンネルの中なのに……


「今の、見てたのか?」

「は……はい」


 すごくドキドキしました。

 めっちゃかっこいい……!!

 間近で見ると、本当に作り物みたいに綺麗!!


「今見たものは、他の誰にも、いっちゃダメだぞ?」

「はぅ……っ!!」


 ウインクされて、そんなこと言われたら、流石に変な声が出てしまいました。

 やばいです。

 やばすぎました。


「約束だよ?」

「は……はい!! 誰にも言いません!!」


 そう言って、諸星くんは去って行きました。

 すごく、すっごくイケメンでした。

 かっこよかったんです。

 本当に!


 で、私、あとで姉に諸星くんのことを聞いたんです。

 もちろん、誰かと戦っていた……なんて話はしていません。


 でも……


「諸星勇大——……? ああ、あのイケメンについてっちゃだめなの」

「へ?」

「あのイケメンについて誰かに言っちゃダメなの……そういうルールになっているのよ」

「……意味がわからないんだけど?」


 姉がそう言って、意味深に笑ったんです。

 どうしてなのか、それ以上は教えてくれませんでした。


 でも、そのあと、何度か諸星くんと会うようになりました。

 なんでも、私を狙って、闇の魔物が襲ってくるそうです。

 あの時、トンネルの下で戦っていたものの手下が、私を諸星くんの女だと思って、逆恨みしているんだって……

 それで、私を守ってくれるそうです。


 諸星くんは、それから何度も見えない何か(多分魔物)から私を助けてくれて、本当に私だけのヒーローになってくれました。


 だから先生、私、知らないイケメンにはもう二度とついて行きません。

 諸星くんについても、誰にも言いません。

 ごめんなさい。


 そして、このお話も、先生にも言えません。

 ここに書いておくだけにします。


 知らないイケメンについて言っちゃいけないんです。

 諸星くんは私だけの、秘密のヒーローなんです。




 終

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知らないイケメンについて行ってはいけません 星来 香文子 @eru_melon

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