出会いと別れを貴方のオマケに

南山之寿

出会いと別れを貴方のオマケに

 私が働くスーパーは小型チェーン店。店舗数も市内に5店舗しかない地域密着型のスーパー。良く言えばだけれども。私が働く店舗から3km先に商業施設を併設したスーパーZEONがあるわ。大抵の人はそっちに行くわね。もちろん、私も。店長もよく行くみたい。敵情視察だとか言うけど、近場に娯楽の少ない地方都市じゃ行く場所が限られてくるから仕方ないわね。


 マンションの一階に店舗を構えるスーパーROIDの品揃えはそこそこ。私が言うのも、何だけど。ちょっとした足りないもの。急に切らした調味料。これらを買いに来る人が多いの。冷蔵庫の隙間を埋めるのがこの店の使命ね。隙間産業って括りにいれてもおかしくはないと思うけど。


 この店で働きだして半年位の頃かしら。私は、貴方に出会った。ほぼ、毎日。決まった時間に来店し、同じ商品を買っていく貴方。あまり、売れない商品。こんな奇妙な味のアイスクリーム、貴方以外が買うところをあまり見ないわ。賛否両論のアイスクリーム。私は苦手、『否』に一票。店長は貴方のために仕入れているんじゃないかと思うけど。そうじゃないみたいね。店長も好きなんだって。


 チョコミン党フェアなんか開催した時はびっくりしたわ。青ざめたショーケース。店内が青緑に染まる錯覚に襲われたの。面白かったのは、売れ残り過ぎた商品を眺めていた店長が青ざめていたこと。貴方は喜んでくれたけど。妙に印象に残ったから貴方を覚えてしまったみたいね。


 ――でも


 勘違いしてほしくないから、先に言うけど。決して貴方が好きとか、付き合いとか、そういうのでは無いの。貴方を見ていたい。そうね、ファンってところかしら。声なんてかけられないしね。私には一応、彼氏もいるし。


 貴方はだいたい閉店間際の19時に来るわね。仕事帰りに寄っているのかしら。大学の講義が終わったあと、夕方から閉店まで私は働いている。ちょうど、時間的に被るのよね。平日は、アイスクリームとお菓子がメイン。ちゃんとした物、食べているのか心配になるわ。注意したいけど、それは出来ないの。


 週末は、色々買って行くのね。お肉にカット野菜。冷凍食品に、チルドの焼きそばにラーメン。自炊しているのだろうけど、栄養は大丈夫かな。偏りすぎじゃないかしら。


 貴方に出会って、数ヶ月。私が凄く驚いた日。貴方が、知らない女性と一緒に買い物に来たの。悲しいけれど、嬉しかったわ。だって、私は貴方のファンよ。応援するのが、最早使命じゃないかしら。ただ貴方がニヤケ過ぎているのを、笑い堪えて見ているのは大変だったな。


 『チョコミン党員』


 貴方は、みんなにそう呼ばれていたわ。買う物が、独特。尖りすぎね。同じ商品を買い続ける貴方へ贈られた称号。バックヤードで飛び交うあだ名だけど。いつもの時間になっても来ない日は心配になったわ。仕事が忙しいのかしら。風邪でもひいたのかしら。みんなで心配したのよ。いつの間にかこのお店でみんなから認知されるお客になったのね。


 店長なんかは貴方に刺さるアイテムを見つけるのに躍起になっていたんだから。ニッチを通り越してるわよね。貴方に見向きもされない商品があると、店長は肩を落としていたわね。『絶対に負けられない闘いがある』って店長がよく言ってたの。こんなスーパーだから私も好きで働いているのかもしれないわ。


 誰しも、出会いと別れを繰り返して生きているの。もちろん私にも貴方と別れる日が来た。貴方を見ることは、もう無いの。


 ――閉店


 このご時世だから仕方ないけど。大型スーパーもあれば、コンビニもあるし。ネットスーパーなんかもあるわよね。日に日に売上も落ち、この店舗は閉店。私も、系列店に異動するの。他のバイトでもいいんだけど、慣れた仕事が良かったし。楽しかったの。寂しいけど、また会えるといいな。あと、店長の貴方への挑戦が閉店に繋がったわけではないから安心して。


 異動して2年位かしら。就活が始まりだして、卒論テーマをどうするか悩んでいた時期。色々と頑張ってきたおかげかな。ご褒美があったの。


 貴方との再会。


 近くに引っ越して来たのかしら。すごく驚いたわ。さらに驚いたのは、隣を歩く女性。以前、一緒にいた女性ね。良かったじゃないの。ファン冥利に尽きるわ。彼女、お腹も大きくなっていたわね。おめでとう。


「ねえ、持ちきれないんじゃない?」


 彼女が貴方にかける声。愛に溢れた、優しい声。私も嬉しくなってしまうわ。微笑ましい光景。理想の姿ね。


「そうだね。カートを取ってくるよ」


 貴方は慌ただしくカートを引いてたわね。カートのカゴからは、アイスクリームが見えたの。変わらないところも良いところね。しかも2つ。好きなものが合うのは良いことよね。


 貴方に出会ったのは、この店舗を入れて3回。初めてあった日と、再会した日を数えたらね。今の店舗と、前の店舗。2回と思うでしょうけど、初めて会ったのはスーパーではないの。


 あれは、大学受験の日。


 体調が優れない朝だったな。家から最寄りの駅までバスで移動していたの。緊張と体調不良が重なって、バスを下車したあと倒れてしまったわ。


 そんな時だったの。


 たまたまバスで乗り合わせたいた貴方が声をかけてくれたの。返事もできずうずくまっている私にお水をくれたわ。わざわざ駅のコンビニまで行って買って来てくれたみたいね。駅員さんまで連れて来てくれた。おかげであの後、体調は多少よくなって試験会場にも行けたわ。試験もなんとかなったんだから貴方に感謝してるわ。


 困っている人に手を差し伸べられるおとな。今でも私の目標、目指す姿よ。


 そんな貴方に再会したときは驚いたわ。嬉しかった。でも、あの時のお礼は言えなかった。覚えていないだろうし、話すきっかけがなかった。誰にも言えない淡い恋心にも似たような感じで、貴方を追いかけていたのかもしれない。


 今、私は就職活動中。


 スーパーでのバイトがきっかけで、食品関係の仕事に興味が湧いたの。アイスクリームを扱う企業を選んでいるの。チョコミントを使った商品を企画したいなって思うの。お世話になった店長と、貴方に刺さる商品を作りたい。面接では言わないけど、私の本音。


 袖触れ合うも他生の縁。色々な人がいて、色々な人生という道がある。時には交差するし、全く違う方向に進むこともある。縁のない企業とは、違う道を歩くしかないみたい。就職活動の難しさには疲れてしまうわ。


 お祈りメール。私の受信ボックスに貯まって行った。それでも、私はくじけないで頑張った。結果はどうあれ、全力で私は私を信じているから。


 努力というのか、縁というのか。面接で好印象を与えたのか。私は、最終面接に進めた。第一志望の企業では無かったたが、独特な戦略でコアなファンに指示される製菓企業。知名度もあり、味も抜群。この企業のチョコミントは、チョコミン党員ではない私でも美味しいと感じてしまう。


 最終面接で何を伝えようか。ずっと考えていたの。本当の気持ちを伝えようか、隠していようか。私がなぜ、この業界を、この企業を選んだのか。面接に正解があるのかよくわからないけど。面接の順番を待つため、会議室の一室に座っているこの間も、まだ悩んでいるの。


「白石さん。面接室にご移動ください」


 人事部の社員だったか、会社説明会から今まで対応してくれている。私の順番がきたみたい。希望と不安に押しつぶされるような感じね。足が震えてるし。


 私は扉を軽くノックした。


「失礼します」


 扉の先には、面接官が並んでいる。私は泣きそうな気持ちを抑え、名前を伝えた。緊張で泣きたいのではない。嬉しくて泣きたいんだ。


 あの日言えなかったお礼は、今、伝えよう。


〜完〜






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