馬に山ほど死んだダニーを積んで荒野へ

木古おうみ

馬に山ほど死んだダニーを積んで荒野へ

 不死身のダニーを殺して死体を運んでいる途中、入ったサンダンスの酒場にダニーがいた。



 他人の空似だと思ったが、テーブルに置いた帽子を取って少し傾ける仕草は奴そのものだ。

 おまけに俺を見て「よう、ハイヴ」とほざいた。そのあだ名で呼ぶのは奴だけだ。


 俺は銃を抜いてダニーの頭を撃ち抜いた。

 こめかみに穴が空き、奥の壁に血が円く飛び散って真っ赤なダーツ板のようになった。

 はちの巣ハイヴ。俺が殺そうと思った奴は必ずそうなる。


 俺は腰を抜かす店主に奴が払うべき酒代と壁の修理代を投げ、死体を担ぎ上げた。

 ショットグラスの中の飲みかけの酒に奴の脳漿が浮いていた。



 俺は店を出て、繋いでおいた馬を見上げた。

 初めはこいつに乗ってきたがランダーを超えた辺りで降りる羽目になった。乗る場所がないからだ。

 馬の上には既に折り重なった三人のダニーの死体がある。これで四人目だ。



 一番新しいダニーの死骸を馬に積む。一番古いのと二番目に古いのがずり落ちかけた。

 全員こめかみに穴を開け、全員俺が殺した、全員本物の不死身のダニーだ。気が滅入る。

 俺は非難がましい目の馬を引いて歩き出した。



 青に黄色のペンキを一筆刷いたような荒野はどこまでも続く。

 炎天下だ。ダニーの目玉に卵を産みつけるために集る蝿を振り払う。早く辿り着かないと死体たちが腐る。

 だが、着いたところでどう説明する?

 ダニーの懸賞金は二万ドル。四つ集めれば八万ドルとはいかない。


 馬がぜえぜえ言い出した。俺は水飲み場まで連れて行き、地べたに座った。

 暑すぎて向こうの景色が歪んで見えた。そうでなくてもこの果てしない荒野は遠近感が狂いかける。


 折り重なった死骸を睨んで俺は唾を吐く。

「不死身ってのはそういうもんじゃねえだろ」



 不死身のダニーの所以は替え玉が山ほどいるからじゃない。長年奴といたが兄弟がいるとも聞いたことがない。


 強いから不死身というわけでもない。むしろ西部の男にしては弱い方だ。喧嘩も駄目なら銃も下手。酒場の女に平手打ちされてもヘラヘラしてる腑抜けだった。


 ダニーが不死身なのは、奴を殺しに来た連中をみんな仲間にしちまうからだ。



 銃と帽子ひとつで不毛の地に来たならず者とは思えない善人だった。

 殺しは嫌う。喧嘩も嫌う。どうしても金が要るときも狙うのは極悪人の賞金首だけだ。それすらも自分の少ない分け前を取ったら、後は酒場の貧乏人や娼婦にやる。

 いつも懐は空だが、あいつが金に困れば助ける奴はいくらでもいた。


 当然ダニーが気に食わない奴はいる。今の俺のように。

 だが、そいつらから殺しの依頼を受けるのは大抵は仕方なく賞金稼ぎをやってる奴ばっかりだ。


 そういう奴が銃を突きつけに来ると、ダニーは決まって「最後に一杯やらせてくれ」と言う。

 ふたつのグラスに酒を注ぎ、片方を自分を殺しに来た奴にやる。何でこんなことしているのか喋らせる。酒が空になれば注ぎ足す。

 ひと瓶飲み切る頃、奴らは大抵こう言う。

「こんな仕事はもうごめんだ、あんたの仲間にしてくれ」


 玉無しどもめ。賞金稼ぎが標的の話なんか聞くのがまず阿呆だ。金貨に口はついてない。俺のように一発撃ち込んで終わり。

 そうすりゃいい。



 ずるりと音がして、馬から一番上のダニーが滑り落ちた。くそったれ。

 俺が腰を浮かしたとき、背後から声がした。

「大変そうだな、手伝おうか?」



 振り向くと、今ずり落ちた奴と同じ顔が目の前にあった。

 俺は銃を抜く。五人目のダニーは両手を上げて降参を示した。


「頼むよ、俺が痛いのは嫌いだって知ってるだろ」

 軟弱そうな下がり眉と苦笑いする瞳。ダニーそのものだ。癪に触る。

 引き金にかけた指が滑った。カチリと妙な音がした。


「ああ、お前のせいで大変だ」

 銃がイカれたかもしれない。気取られないよう俺は言葉を探す。

「まず手伝え。それから説明しろ。納得いけば殺さないでやってもいい」


 ダニーはまた苦笑した。

「お前がそう言って殺さなかったことないよな」

 本当に癪に触る。



 生きているダニーは転がっていた荷車に四人の死んだダニーを乗せ、落ちていた木と縄で馬に繋ぐ留め具を作った。


「カンザスでカウボーイをやってたからさ」

 ダニーが笑う。

「知らねえと思うか?」

「忘れられてると思ってた」

 俺はマッチで葉巻に火をつけた。


「お前の行きつけの酒場も宿も馴染みの女も覚えてる。だから、四回もお前を殺せた」

 ダニーは肩を竦めた。



 俺がダニーを殺せたのは、俺だったからだ。

 まだ不死身のダニーと呼ばれる前の奴と二年半も過ごした俺だから。

 奴の行動も癖も全部把握している俺だから。

 ぼんくらのダニーを何度も死神から守ってやった、西部一早撃ちの俺だから。

 奴の偽善と増え続ける仲間に耐えきれずに手を切った俺だから。

 容赦なく殺せた。

 殺しに来た奴が仲間になっちまう不死身のダニーを殺せるのは、昔仲間だった、今はもう違う奴だけだ。



 俺は煙を吐いて水桶に吸殻を投げ込む。

 ダニーは少し眉をひそめた。撃ってやろうと思ったが銃が壊れていた。

 代わりにケツを蹴り上げる。


「とっとと行くぞ」

「もう少しゆっくり行かないか」

「賞金首が賞金稼ぎと、か? お前なら絞首台の上でも休めるだろ」



 俺は四人の死んだダニーを乗せた荷台をくくりつけた馬と不死身のダニーを連れて空と砂しか見えない道を歩き出した。


「で、何でこんなことになってる?」

「わからない」

 ダニーはまた肩を竦めた。


「奴隷商のキャラバンを襲ったとき恨みを買ったのかも。商人は殺さなかったから南に逃げたんだと思う。それか、酷い取り立てをする金貸しの金庫を壊してみんなに配って……」


 俺はブーツの踵でダニーのケツを蹴った。荷台の死骸がぼんと跳ねた。

 俺はダニーに銃を突きつける。

「ふざけてんのか。お前が懸賞首になった理由じゃねえよ」

「悪い」

 気の抜けた苦笑に嫌気がさす。


「ならず者のくせに自分はまだ高尚ですって言い訳に必死になって生きてる奴は仲間首斬られて並べられて当然だ」

 俺は吐き捨てて銃を腰に下げ直した。



「俺が聞いてるのはこっちだ」

 俺は荷台の四つの死骸を指す。

「そこだよな」

 頰に汗をかくダニーはどう見ても生きた人間としか思えない。


「俺もわからないんだよ。昔からそうなんだ」

 ダニーは集りに来た蚊や蝿を払う。

「十四のとき、酔った親父に酒瓶で頭を殴られてさ。牛小屋で干し草に倒れて、どくどく血が出て死ぬと思って、気づいたら自分の部屋にいた。部屋の窓から牛小屋から運び出される俺の死体が見えたんだ。親父には悪魔だって言われたよ。追い出されてここまで流れ着いた」


「悪魔は親父だろ。悪魔だってこんな訳のわからねえ芸当しないぜ」

 ダニーは帽子に少し手をやって苦笑した。

「ありがとう」

 俺は苛ついてまたケツを蹴った。


「不死身のダニーは元からって訳か」

 ダニーは眉を下げる。

「なら、何でもっと無鉄砲に生きなかった? 何度殺されても死なねえんだろ。押し込み強盗でも賞金稼ぎでもやり放題だ」

「でも、毎回痛みはあるよ。痛いのは嫌いだ。誰でもそうじゃないか? だから、他人にやるのも嫌だ」

 俺は唾を吐く。


「でも、ハイヴに会えてよかったよ」

「四回も俺に殺されたのが嬉しいか?」

 不死身のダニーは首を振る。

「仲間から抜けるって聞いて心配だったけど、賞金稼ぎなんだろ。貧乏なひとを襲ったりしてないってことだ」

 今すぐ撃ち殺してやりたかった。


「俺はこんなんだからさ。何度も殺されたし、何度も生き返った。いろんなところを渡ってきて、いろんなひとと別れてきた。死に別れじゃないのに二度と会えないのはすごく寂しいんだ。不死身じゃない奴よりよっぽど別れが怖いんだよ。だから、ハイヴとまた会えたし、変わってなくてよかった」

「それで、晴れてお前は俺の獲物になったわけだ」

 ダニーは情けなく笑った。



 傾きかけの酒屋が見えてきた。太陽の光と熱で歪んで距離がわからない。

 できるだけ遠くであってくれと願う。

 今生きてるダニーをどうすべきかわからない。既に死んでる四人もだ。


「これからどうする?」

 見透かしたようにダニーが言った。こういうところも気に入らない。


 一番いい策は四体の死骸から適当なひとりを見繕って不死身のダニーの懸賞金をもらうことだ。

 半分は生きてるダニーにくれてやる。奴がいなきゃできなかった金だ。二度と顔を見せずに遠くに行け、と手切れ金代わりにするのが一番いい。



 このぼんくらが気づいているかは知らないが、徐々に近づいている酒場はたぶん、俺が初めてダニーとあった場所だ。

 俺は隣を盗み見た。汗だくのダニーは間の抜けた顔で笑っている。

 俺は絶対に最善の策を言う気はない。



「そんなもん、俺が聞きてえよ」

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