花びらが散り終わっても一緒にいられますように

天鳥そら

第1話花びらが散り終わっても一緒にいられますように

3月が終わり、4月を迎えようとするころ。予報より遅めの満開の桜が、タツとミヨの頭上に広がっていた。


「かんぱーい」


近くの自販機で買ったリンゴジュースとウーロン茶で乾杯すると、桜見物はどこへやらお弁当屋さんで買ったお花見弁当を広げ始めた。


「無事、卒業できてよかったですねー」


「ミヨは大学進学おめでとー。俺はダメだったけどー」


「もー、タツってば。浪人決めたのはタツでしょ!」


だし巻き卵をつついていたミヨが頬をふくらませる。大学に進学するミヨとは違い、タツはもう一年勉強をすることに決めていた。


「先生に、何度も何度も聞かれてたじゃん。推薦蹴るわ、受かった大学だって蹴っちゃうわ。みんなハラハラしてるんだからね。タツのそういうところ」


「いや~だってさ、やっぱり、医学部に行きたいって思っちゃったんだもん」


「それなら、推薦取ったきゃよかったのに」


第一希望を医大に設定し、他の学部も受けたが医学部だけ受からなかった。どこか優柔不断で最高のカードが目の前にあっても、どうしてか逃してしまう。最後まで悩みぬいて逃した魚を今、懸命に追っかけていた。つまり、推薦で行くはずだった大学に行くためにもう一度受験するのだ。


「いや~。まあ、すっきりしたからいいや」


「いいやじゃない!」


お箸を振り回していると、花びらがお弁当の上に舞い降りた。四月になればミヨもタツも忙しくなり、一緒に過ごす時間が取れなくなる。ゆっくりできるのは今日だけだからとお花見デートとなった。


「医学部行くのは、やっぱり気が引けたんだよ。大学卒業に六年かかったあげく、国家試験受からなかったら悲惨じゃん。そんな勉強できるか不安」


「それで、もう一年、勉強して自分の気持ちを確かめようってわけか。タツはマゾだよね。やらなくていい苦労している」


リンゴジュースをひとくち飲んでミヨはからかうような表情を見せる。タツはブリの照り焼きを食べてひと息ついた。


「ごめん」


ケッキョケッキョと舌足らずな鳴き声があたりに響く。枝が揺れて、さあっと薄紅色の花びらが散った。


「何が?」


ミヨはリンゴジュースの入った缶を置く。タツの真剣な表情に身震いした。


「別れてほしい」


ざわざわと音を立てて枝が揺れ、木漏れ日が躍った。影がまだらに散って、プールの中から光のゆらめきを見ているようだった。


「私は、タツの、タツの勉強の邪魔になる?」


声が震えないよう気をつけてぎこちなく微笑む。


「いや、逆。俺がミヨの邪魔になると思ってる」


先ほどまでと違い、表情が暗い。浪人して一年、勉強をする。決めるのも大変だったが、実際にその道を歩むのは辛い。一緒に卒業した同級生は、一年、先を行く。もちろん、同じように浪人する同級生もいるが、決められたルートから外れたような気分をタツは味わっていた。


「そんなことないよ。できるだけ連絡するし、こうしてたまに会って励まし合ったりしようよ。私だって、新しい環境に飛び込むのは怖いんだよ」


タツが浪人を選ぶなら、私は進学を選んだ。どちらも自分で選んだ道を歩むのに他ならない。ミヨはタツに自分とは違うと切り捨てられたような気分だった。


「私は別れたくない。タツと別れたくない」


タツは優柔不断だ。ただ、決まったら、てこでも動かないところがある。今のタツが定まらず迷っているならいいと願いながら本心を告げた。


「俺は、別れたくないけど別れたい」


「じゃあ、どうしたいわけ?私は別れたくないの!」


別れたくないのを強調すると、顔つきが変わった。へにょっと歪んだ表情でミヨを見つめる。お弁当の上に散っている花びらをどかしながら、どうしたものかと考えているようだ。


沈黙が二人の上に降りる。遠くで子どもが笑う声が響いてきた。お母さんのそばをまとわりついて、くったくなく笑っている。明るい春の陽ざしの中で光っていた。


「俺さ、ミヨとは会わない。ラインも通話もほとんどしないと思う」


「勉強に集中したいってこと?」


こくりとうなづくタツにため息をついた。


「近況ぐらいはいいよね?」


「恋人同士らしいことは何もできない」


ホーホケキョ、今度は上手に鳴く声が響く。まだ早い初夏の気配をまとった風が頬をかすめていった。


「それでいいよ。浮気しないなら」


「浮気って、お前なあ」


「予備校とか?タツが弱っているときとか?言い寄ってくる女の子がいたら、ふらっといっちゃいそうじゃない」


顔を横に向けてすねてみせるとタツがもぞもぞと話し始めた。


「それは、ミヨだって同じじゃないか。大学に行って出会いが増えるわけだし」


「浮気なんてありえません」


「俺だって、ありえない。浪人生だぜ?」


「浪人生だろうがなんだろうが、するものはする!」


二人で言い合っている内におかしくなってきた。お互いに離れている間のことが不安なのだ。不安になったらこうして話せばいい。今までだってそうしてきたのだから。


タツがただ不安になっていただけだと分かって、ミヨは肩から力を抜いた。二、三日もすれば桜の花びらに、薄緑色の葉が混じり始めるだろう。その頃にはタツもミヨも新たな場所で頑張っているはずだ。


「来年もさ、ここでお花見しようぜ」


「桜……咲くかな?」


「ミヨ!」


冗談が飛び出るようになって。二人の雰囲気はぐっとやわらかくなった。しばらくの間、見るのも忘れていた桜の花に見入る。来年まで、おそらくここには来ないだろう。


「来年までお別れだな」


「来年にはまた会えるよ」


その時にはどうなっているのか、タツにもミヨにもわからない。薄紅色の明かりの向こうに、うれしい未来が待っていることを願って二人は広げたお弁当を片付け始めた。










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