焼き鳥の缶詰を火にかけろ!

秋空 脱兎

食べたいモノが見つかった!

 廃墟と化して久しい街の只中を、二人の女性が歩いていた。

 一人は黒髪に黒い瞳。もう一人は金髪碧眼。背格好は二人とも大体同じで、大きなリュックサックを背負っていた。


「お腹減った……」

「そうッスねー」


 黒髪の方が呟き、金髪の方がそれに乗り、雑談が始まる。


「こないだ見つけたコンビニに食べ物がなかったのが痛いな……」

「飲み物は残ってたし確保出来たから、その辺は不幸中の幸いじゃない?」

「うん、そうね。ご丁寧に『飲み物は全部持っていったら次に来る人がいたら困るかもしれないのでいくらか置いて行きます』なんて置手紙もあって──、分かってンなら食い物もいくらか置いていけってぇーの!」


 怒鳴りながら、黒髪の方が道端に落ちてた砕石に怒りをぶつける。具体的には、思いっきり蹴り飛ばした。


「それなー」

「ったく……」


 そこで一度会話が途切れた。

 話題を変えようとしたのか、今度は金髪の方が話し始める。


「先輩、今食べたいものって何ですか?」

「そんなのありすぎて挙げきれないって。ああ、でも……」

「でも?」

「世界がこんなになった日の次の日さ、いつも通りだったらお祭りあったんだよ。秋祭り。食べ物の屋台が出店する、はずだったんだよ」

「はあ……?」

「焼き鳥、食べたかったなって……」

「……成程……」

「そっちは? 何か食べたいのある?」

「ん~……さっきまではコレってのは特になかったんですけど……今は、焼き鳥食べたくなってますね。たぶん先輩の話聞いたからでしょうけど」

「なんじゃそりゃ」

「えへへへ。────あ」


 ふと、金髪の方が何かに気付いた。


「ん、どした?」

「先輩、あれ」

「あれ?」


 黒髪の方が、金髪の方の指差す方向に顔を向ける。

 そこには住宅がならんでいた跡があり、その中に、まだ形を保っている家屋が一軒あった。


「見てみます?」

「見ない選択はないかな。行ってみようぜ」

了解ラジャッス!」



§




「足の踏み場がぇー!」

「まあいつもの事だけどさ……何かしら災害があった後みたいだよな、どこもかしこも」


 二人は、当然のように土足で廃屋に上がり込んだ。破片があったのか、ガラスが割れた小さな音が靴の下から聞こえた。


「先輩どっから見ます?」

「キッチンと、保存食とか非常食置いてありそうな所。何はともあれ食べ物だから」

「ですよね」


 二人は一階を捜索し、キッチンを発見した。

 冷蔵庫は中身を見てすぐに閉じ、戸棚を漁り始め、


「おっ!」


 そしてすぐに、金髪の方がそれを見つけた。


「先輩、ちょっと来てください!」

「どした?」


 黒髪の方が金髪の側に向かう。


「これ」

「おお」


 金髪の方が開けた戸棚の中には缶詰がいくつかあった。

 金髪の方がその内の一つを手に取る。


「どうやら神様は、まだ人間を見捨てた訳じゃないっぽいッスよ」

「あ────」


 金髪の方がいたずらっぽく笑いながら黒髪の方に見せたその缶詰には、『やきとり』と、でかでかと書かれていた。




§




 その後、物置きからは保存食、更には飲料水が発見され、二人はそれらを持てる分だけ失敬した。幸いな事に、賞味期限は幾分か先だった。焼き鳥の缶詰だけは、ある分だけ全て回収した。


 時刻は間もなく日没。空腹な二人は廃屋の庭を間借りし、夕食を摂る事にした。


「先輩、庭の奥にススキありました!」


 金髪の方が両手いっぱいにススキの穂を持ってきた。


「でかした! こっちも火ぃ使う準備しといたよ」


 黒髪の方は、丁度枯れ葉を庭の隅に追いやった所だった。

 黒髪の方がリュックサックから使い込まれた様子のソロストーブとファイアスターターを引っ張り出した。庭で立ち枯れしていた柿の木から手折った枝を更に短く折って、ソロストーブに突っ込む。


「はいこれ火口ほくちッス」

「ありがと」


 黒髪が金髪からススキの穂を受け取り、地面に置く。ファイアスターターのマグネシウム棒側をススキに押し付ける。ストライカーという着火用の金具でマグネシウムを少し削り、続けてストライカーをそれに向けて強く擦り下ろす。点火は一回で成功した。


「あちちち」


 黒髪が着火したススキをソロストーブの薪の間に捻じ込む。程なくして薪に引火し、ようやく焚火が生まれた。


「よし……」


 黒髪がソロストーブの上にバーナーパットと呼ばれる金網を敷き、火の勢いがになった所で、二人はようやく一息ついた。


「先輩、やっぱ火ィ点けんの上手いッスね」

「ふっ、自分でもやる度に怖くなるくらいよ……」


 そう言う黒髪は、どこか誇らしげだった。

 金髪がリュックサックから焼き鳥の缶詰を取り出し、ウキウキした様子で言う。


「で、どれから火にかけやります?」

「『たれ』だな!」

「OK!」


 金髪が『たれ』味の焼き鳥缶を差し出し、黒髪がそれを受け取り、蓋を開けて中身を軽く混ぜ、焚火の金網に置く。


「まだスか?」

「置いたばかりだぞ」

「確かに。…………まだスか?」

「ンまだだな」

「そッスかー」

「そうッス」

「…………」

「…………」


 会話が途切れて、二人は焼き鳥と金網の下にある火を見つめる。

 ややあって、黒髪の方が話し始める。


「……何だ、その。ありがとうな」

「ん、何がですか?」

「缶詰とか、色々見つかったの。こっちの方角に行こうって提案してくれたお陰だと思うんだ」

「え、何スか急に。改まっちゃって」

「いや、さ。私一人だったら、今頃色々限界になってただろうなーって、思ってさ」

「あー喧嘩っぱやいですもんね、先輩」

あンだって? ……いや、否定出来んわ。そっちを軽く小突いた事、何回かあるし。悪かった」

「いやいやそんな、怒ってないッスよ。じゃなきゃ付いてきません」

「…………。うん」

「……あー、えっと。火を点けたのは先輩ですので、一口目は先輩がどうぞ、ッス。お祭りで食べるやつとはまた違うンでしょうけど、でも美味しいですよ、きっと」


 黒髪の方は少し驚いた顔になって、


「……よくできた後輩を持ったらしいな、私は。ありがとう」

「えへへ、もっと褒めても、いいんですよ?」

「はいはい、その時が来たらね。焼き鳥、いい感じになるにはもうちょいかな」


 少しづつ日没へと向かう世界で、明日への活力が生まれようとしていた。




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