人殺しの果てに何を覗く?

鳩芽すい

本編

 痛がりたいから、あなたを殺すね。


 まともな人間には理解できない感情を、それでも覗きますか?




 さながら、餅を突くようだと思った。

 突かれる。着かれる。疲れた。


「殺していい?」

 雨音を掻き分けるように控えめに響いた少女の声。

「あ?」

 返答は、興奮に満ちた高めの男声。


「どうも。お疲れ様」

 無感情の労いを、吐きつけた。

 

 そして、腹を刺す。あっさりと。

 こんなこと、疾うに慣れていた。


 鮮血が空を舞う。

 背景は小屋の天井だ、そこを、赤い点描がちょんちょんと通りさる。

 それを見上げた殺人犯の顔面にも、通り雨のように降りかかった。黒い地面にも、朱が混じる。


 こびりつこうとする人の血と辺りに満ち始める死の匂いを気にもとめず、思い出したように喚く男を見つめた。

「ぐ……ぐわぁ」

 刺された男は、まだ生命活動を止めていなかった。

 言葉にもならない音を零すだけの機械と化している男は、手足を騒がせて無駄な足掻きを始める。本能で突き出される足が、少女の膝にこつりと当たる。

 何を思ってか、少女はすくりと立ち上がる。

 いや、その昏い瞳には何の感情も宿らなかった。

 男の腹を見据え、

「んっ」

 刺す。刺す。仕返しにしては冷徹に効率的に、肉弾の奥まで堅く尖った鉄を挿しこむ。

 手にしたナイフは黒々とした男の一部で刃先は見えず、細い腕まで穢らわしい内臓は侵食する。

 呻いていた男の動きが止まる。それは諦めか、もしくは動かなくなったのか。

 関係ない。

 刺す。刺す。刺す。ただ、生きていたものを粉々に壊していく。

 指が、足が、手首から先が、ぽとりと落ちる。同時、赤い液が飛びはねる。

 胸板の一部が、太腿から奥が、肩から先が、切り話される。この人間に、既に生前の威厳は与えられない。

 そして、遂に少女の刃が首を標的にする。

 切る。切る。一心に、切る。無駄な呼吸はさせない、しない。

「ぐ」

 ころり、転がって、白目を剥いていた。ぴくぴくぴく。こぽこぽ。

 血と、血と、血。花畑が潰されたように、男の部位に及ぶ部位がそれぞれ血溜まりをつくって、血の点は池になって、もう丸ごと部屋は潰れた内臓の花束だ。

「……なにも、感じない」

 意味がないはずに、空虚に呟いた。誰も言葉を返さない。


 首を振って、少女は仕上げとばかりに眼に差し込んだ。手を。

 濁った目玉が、血の花束の中心に唯一の白を彩る。

 完成だった。

 もう、そこは、赤と赤と朱と、白と泥と泥だ。足でどろどろと混ざった赤を掻き分け、男の首へ近寄った。


「あ……殺す許可、とったっけ」

 首から先だけの顔を覗きこむが、滓かな音の残滓さえ残さなかった。

 何も語ってくれない。もう、男は死んでいた。


 一目見て遺体に興味を失い、さっと手とナイフを拭うと、その場を見渡す。

 犯行現場の小屋には、積まれた穀物と男だった物体の数々、それに少女だけだった。


 小屋を、天から小刻みに叩く音だけがした。少女の息継ぎの声は聞こえない。

「……帰ろう」

 人殺しの少女に帰る場所などないが、それでも呟いてみた。

 ただ地を踏みしめ、眉一つ動かさないその連続殺人犯は、少女の皮を被っただけで少女ですらないのだが。


「……おなかすいた」

 また、別の言葉を呟く。

 これは、誤りではなかった。本当に空腹を感じてはいたのだが。

「ま、いいか」

 言葉を放り投げてしまう。


「直さないと」

 殺した男に少々傷つけられた疑似皮膚と、その内部の人工筋肉を気にかけた。

 少女は、人間ですらなかった。


 扉を押し、小屋からでると、そこは真っ暗。星の明かりさえ見えない。ただ少しの光源は、


 小屋を叩いていた雨粒が等しく少女の肢体にも降りかかる。血の臭いも、滴った水が連れ去ってくれたので多少薄れた。

 美しい顔を拘束する焦げた血も、じきにほどけてしまうだろう。


 街へ戻る。どうせ、法の執行者に捕まることもない。これまでもそうだったから。


 頭におかれた銀の髪、殺害後に血を覆い隠したその小さな身に余る黒のジャケットはどこかで拾ったもので、それらを雨にまかせて重くしなだらせる。


 やがて、通りに出た。よくある店の看板、青い街灯、そしてこの時間に起きている人間のいる部屋の明かり。その全てに、灰の雨の泥がかかる。

 夜の街明かりにアンドロイドの少女の眼が眩み、人を殺したあとの手で輝きを遮った。

 黒いジャケットの金具は、錆びた一部を残して鈍く光を跳ね返す。


 雨の深夜に出歩く者もおらず、少女は道の端を直線に歩行して、夜の闇に身体を沈みこませた。

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人殺しの果てに何を覗く? 鳩芽すい @wavemikam

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