八十八歳サプライズ

古月

八十八歳サプライズ

 江湖はにわかにざわついていた。


 きん成昊せいこうはいわゆる奇人変人の類である。目立ちたがり屋で全国各地を渡り歩いては面倒ごとをひっかき回してきた。それでいて武芸の腕は確かで、超一流の使い手として江湖の排行榜ランキング上位に名を連ねていた。

 そんな彼も今年で齢八十八の節目を迎える。その彼がある報せを出したことが事の発端だ。


『八十八の誕生日、江湖に伝えるべき重大事項がある』


 その詳細は誰も知らない。だが皆一様に同じことを考えた。

 金成昊は弟子を取るつもりなのではないか、と。


 金成昊の修めた「煉日功れんじつこう」は他に類を見ない奇異な武芸である。威力は確かだがその来歴は不明で、金成昊独自の技術とも、はるかいにしえの武芸書から発掘されたものだとも言われている。実際のところ、金成昊が誰かに師事したという話はなく、どこぞで秘伝を授かったというのが専らの噂だ。金成昊がこの高齢になるまで誰にもその武芸を伝授しないこともその噂に拍車をかけた。


 そうなると周囲が気にかけるのはその奇異な武芸がどのように伝承されるかだ。煉日功を受け継いだものはまず間違いなく、金成昊に並び立つ江湖の遣い手となる。ゆえに過去大勢が弟子入りを希望したが、金成昊は「めんどいから」と言ってすべてを断った。


 それも今となっては過去の話。金成昊は高齢だ。もちろん江湖にはちょう三丰さんぽうのように武芸を極めて仙化した者もいるからそうとは言い切れないが、人間いつぽっくり逝ってしまうかわからない。

 金成昊がそれを憂えて、類稀な煉日功を世に残そうと考えるのは何らおかしなことではない。


 江湖の有力者は躍起になった。半年も前から各々が私財を投じて金銀珍宝を金成昊へ送り届けた。もちろんその際、我が近親の誰それは才能があって人品も抜群だの何だとの一筆も添えて。


 そんなこんなで騒がしい半年が過ぎ、いよいよ金成昊の八十八歳を祝う宴席が設けられた。金成昊は「大勢に聞いてほしいから誰でも来い」と往年の大雑把ぶりを発揮したので、弟子入りを目論む者からただの野次馬に至るまでが会場に詰め掛けた。あまりにも人が集まりすぎたため、近隣の府県知事は軍を派遣しようかと考えたほどだ。


 会場は身動きもできぬようなぎゅうぎゅう詰め。それでもお互いに金成昊の目の前で騒ぎを起こすわけにはいかないと我慢し合うこと数刻、ようやく金成昊が姿を現した。


「どうもどうも皆の衆、よくぞこの老いぼれの誕生祝に集まってくれた」


 舞台の上に立っているとはいえ、その声は実によく通る。近くにいても遠くにいても適切な音量で聞こえるというのは並々ならぬ円熟した内功によるものだ。金成昊は八十八にもなって武芸が衰えるどころか益々盛んであるらしい。


「それではまず、今日に至るまでに老いぼれに祝いの品を送ってくれた江湖の友人たちに感謝を……」


 少なからぬ人間がぎょっとした。誕生祝と称して贈ったものの、その実態は自身の身内を弟子に迎えてくれるようにとの袖の下である。それを金成昊はバカ正直に誕生祝だと受け取っているようで、送り主の名を順番に読み上げている。金成昊はこういうところはなぜか面倒臭がらないので、名を読み上げるだけでかなりの時間が経過した。弟子入り希望の者たちは気が気でないが、野次馬は名門の名が出るたびに大はしゃぎである。


 その後も弟子云々の話は出ず、金成昊が準備した踊り子やら奇術師やらの余興が始まった。客人らは焦らされながらも酒や食事を飲み食いして今か今かと待ち続けた。


「さて、それではここで重大事項を発表しよう」


 酔いが回って朦朧としてきたころ、金成昊の内力に満ち満ちた声が意識を覚醒させた。地面に寝っ転がっていた者は起き上がり、給仕の女子にちょっかいをかけていた者も手を引っ込めた。そして舞台へと視線を向けた。

 誰もが唖然となった。


 そこにいたのは、真っ赤な花婿衣装に身を包んだ金成昊と、先ほどまで給仕として皆の間を駆けまわっていた小娘ではないか。こちらもまた真紅の花嫁衣裳である。


「わし、この娘と結婚するんじゃ。十八のピッチピチじゃあ~」


(完)

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八十八歳サプライズ 古月 @Kogetsu

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