享年八十八歳
伊崎夢玖
第1話
日本の誰も知らないような山奥に小さな集落がある。
集落の名は自分の口からは恐ろしくて言えない。
世に言う、”いわくつき”の集落なのだ。
そこに俺はやってきた。
母方の実家に里帰り――と言えば聞こえはいいが、本当の目的は祖父の様子を見るためだ。
なんせ明日は祖父の八十八回目の誕生日なのだ。
母方の実家の集落にはそこに住む住民の直系の長男が八十八歳で亡くなる、謎の変死事件がある。
母の代は母を含め、三人全員が女子だったので免れた。
しかし、祖父の代は祖父が長男であった。
それ故、祖父は恐れた。
「次は自分の番だ」と…。
変死事件には続きがあり、長男で長子は特に碌な死に方をしない。
過去には、言うことも憚られるほどの死に方が数多くあったらしい。
祖父は長男であり、長子だった。
だからこそ、余計に恐怖した。
自分の誕生日が近づくにつれ、誰も自分の近くに置かなくなった。
いい歳になっても人前でキスしてしまうくらい大好きな祖母のことさえも。
祖父の部屋の襖をノックする。
「じぃちゃん。俺だけど……生きてる?」
「……」
そっと襖を開ける。
祖父はご先祖様の仏壇に手を合わせて、ブツブツと何か言っていた。
念仏なのか、ただの独り言か、俺のいる場所からは遠すぎて聞き取れなかった。
尻ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、母にメッセージを送る。
「とりあえず、じぃちゃん、生きてたよ……っと…」
「じぃさんは…」
「大丈夫だよ、ばぁちゃん。めっちゃビビってたけど、まだ生きてた」
「そう…」
祖母は人が変わった祖父でも変わらず愛していた。
その証拠に毎食ほとんど手が付けられないにもかかわらず、温かいご飯を準備していたのだ。
(じぃちゃん……ここまでしてくれる奥さん、そうそういないって…。ばぁちゃんと結婚できて、マジ幸せだったな…)
祖父の存命を確認した後、俺と祖母は二人で夕食を摂った。
あと数分で祖父の誕生日。
いつになく落ち着かない空気が家を包み込む。
寝ようと思ったが、うまく寝付けない。
それは祖母も同じようで、見るわけでもなくただテレビを付け、二人で鑑賞する。
ボーン、ボーン。
柱時計の音が鳴る。
祖父の誕生日だ。
特に物音はしない。
祖母がジッとこちらを見る。
そこには優しい祖母の面影はない。
あるのは青白い能面のような顔だった。
『様子を見てこい』
俺は祖母の視線から逃れるように祖父の部屋に向かう。
夕方と同じように襖をノックする。
「じぃちゃん。俺だけど……生きてる?」
「……」
夕方と同じかと思って、そっと襖を開けた。
そこには口から血を流し、白目を剥いた祖父の姿があった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺の悲鳴を聞いて駆け付けた祖母は、部屋の中で変死している祖父を見て卒倒した。
その後、警察やら親やら、各所に連絡を取り、慌ただしく時間が過ぎていった。
落ち着いたのは翌々日の夜。
なぜか俺は祖父の部屋にいた。
ここにいるのは、自分の意志ではない。
なぜか足が向いていたのだ。
最後に祖父が座っていた座布団にそっと座る。
すると、仏壇に手紙らしきものが置かれていることに気付いた。
宛名はない。
勝手に開けるのも悪いと思いながらも、手が勝手に開けてしまった。
中身は祖母への謝罪と俺への言葉だった。
手紙を読み終わって、俺は激しく後悔した。
そして、恐怖に怯えた。
『……直系の長男が変死するのではない。これは指名制で次の番が決まるのだ。
そう、次の番はお前だ……』
享年八十八歳 伊崎夢玖 @mkmk_69
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