本当のはじまり
第26話(最終話)
疲れが津波になって押し寄せてきた。竜馬は母屋の縁側に、一巳と並んで手足を投げ出し座り込んでいた。隣には姫野と由良の姿もあった。
「どうしても由良さんの目のなかの宇宙に触りたくって電話してお願いしたら、夕食をご馳走するから会いましょうって言ってもらえて。ちょうどファミレスに二人でいた時なんです。俺の耳が先輩たちの異変をキャッチしたのは」
それで姫野は、由良を連れてテレポートしてきたということだった。竜馬も一巳も気づかなかったが、竜馬が鬼に苦戦している最初の方から戦いの成り行きを手に汗握って見守っていたらしい。
「ごめん。悪かったな」
竜馬は隣の一巳をチラリと見やった。
「手を出すな、なんて偉そうなこと言っといて、結局お前に助けてもらった」
我を忘れて暴れ回っていた自分を止めてくれたのは、一巳の放った光弾だった。使わせないと決めたはずの能力を使わせてしまった。
「いいんだ。お前のおかげで俺も腹をくくることができた」
「え?」
「俺もやるよ。戦う」
竜馬が思わず見つめてしまうほどさっぱりとして明るい、一巳の言葉だった。
「こっちが嫌でも向こうが放っておいてくれそうにないし」
確かにそれはそうかもしれない。
「嵐が通りすぎるのをじっと待っているのは、俺の性に合わない。勝ちはなにがなんでも奪りにいくものだ。人まかせにしていたら、望む結末を迎えられないかもしれないだろう」
一巳と竜馬の視線が真っ直ぐにぶつかり、ひとつになった。
「俺たちが力を合わせれば、それだけ早く終わるもんな」
「あ……、ああ」
そうだよなと、竜馬は頷く。
二人が力を合わせれば━━。
一巳が自分と同じ気持ちになってくれたことが、竜馬は嬉しかった。神隠しに遭う前の二人なら、お互いそんなふうには考えられなかっただろう。
「そもそも猿になったお前を止められるのは、俺しかいない」
「ああっ?」
「しかし、あんなことになるとはな。ひょっとしてお前の本体が猿なんじゃないか? 人間は仮の姿で」
「なんだよ、また! だから、サル扱いはやめろって言ってるだろ!」
せっかく仲間らしい雰囲気になったのに、一気にまた空気が悪くなったと思いきや、おかしな沈黙が落ちてきた。
一巳だけじゃない、姫野も、由良までが驚いた目で竜馬を見つめている。
「真白先輩、まさか覚えてないんですか?」
「なにを?」
「え? ……えっ? 自覚ゼロだったとか?」
「何の話だよ」
「やっぱり覚えてないんだ!」
姫野がスマホ片手に迫ってきた。
「動画撮っといてよかったあ!」
「動画?」
「これ見てください! 先輩大活躍の回でしたよ! まるで特撮映画でした!」
「は? 特撮?」
(なんだ?)
押しつけられたスマホの、再生された動画に何気なく目を落とし……、竜馬は驚愕した。画面狭しと大暴れしているのは、三メートルはあろうかという巨大な白い猿だったのだ!
「お前は変身したんだ」と一巳。姫野はなぜかとても嬉しそうだったが、一巳はサルサル呼んでからかっていたわりには同情の色を隠せないでいた。
「そんな……」
全力で否定したい。信じたくない。だが、お堂を踏み潰すは、手当たり次第に庭木を引っこ抜くは、固めた拳で地面を殴りつけるは……。猿の動きは竜馬の記憶とそのままぴたりと重なっていた。
「そうか……。君の苗字はマシロではなくマシラと読むんだったね」
美夜のために真っ先に布団を敷いて寝かせたり、竜馬たちの傷の手当てを手際よくやってのけたりと、予想外の面倒みのよさを発揮した由良が、三人の会話に入ってきた。
「名は体を表すってやつかな。竜馬君は自分の名前から力をもらったんだよ」
解説らしきものをはじめた由良に、三人の視線が集まる。
「文字の持つ意味が力として発動したというべきか」
ピンとこない顔つきの竜馬に、一巳が補足する。
「マシラは猿の別名だ。古い時代の和歌なんかにはけっこう出てくるそうだ」
「竜馬君はまたひとつ、新しい能力に目覚めたってことだね」
由良も姫野に負けず劣らず楽しげだった。髪の下の、あの隠れた左目の穴まで、喜びの光で輝かせていそうだ。
「……俺が猿に……」
新しい能力だかなんだかしらないが、ショックを受けない方がおかしかった。
(師匠の言ってた力に振り回されるな、コントロールしろって、こういうこと? そりゃ強くなりたいと願ったよ。願いはしたけど、いくらなんでも猿はない)
がくんと落ちた竜馬の肩を、由良の励ます手が優しく叩いた。
彼は竜馬を褒めた。能力者として相当優秀でなければ、別の生き物に変身する力など到底身につけられるものではないと。
「君に白羽の矢が立った理由がわかったよ。裏歴史に名前を残す大物に成長する可能性があるんだ。おそらく一巳君もだ」
「じゃあ、じゃあ! 藤原会長もいつか変身するかもしれないんですね」
興奮のあまり立ち上がった姫野を、一巳の唖然とした目が見上げている。
「一巳の巳は、巳年の巳ですもんね。ってことは……蛇になれるんだ! 真白先輩が白猿だから、会長も白蛇かなあ? すご~い! 神秘的! ええと……、だったら僕はなんだろ? あ、そっか! 飛鳥だから鳥だ! どんな鳥かな? やっぱり鷹や鷲みたいなシュッとしてカッコいいやつかな。強そうだもんね。敵にクチバシ攻撃とかできるかもしれないし━━」
一人はしゃいでいる姫野から、一巳は無意識にだろう、逃げるように少しだけ離れた。
「嬉しくない」と呟く一巳を、由良がフォローする。
「まあまあ。変身するとは限らないよ。もっと別の形で文字の力が発動するかもしれないし。たとえば……そう、日本中の蛇を口笛ひとつで操れるとかね」
(フォローになってねぇ)
一巳の隣で竜馬も一緒に顔を引きつらせた。
「由良さん。俺、文句があるんだけど」
竜馬は手を挙げた。
「俺の名前には竜と馬と、生き物を現すちゃんとした文字が二つも入ってるだろ」
「本当だ」
「なのになんで、猿? 馬はあれだけど、竜の方がよかった」
「なんでだろうねぇ。勇敢で男気がありそうな君のイメージに一番近かったからかな?」
「……ほんと、フォローになってねぇから」
ポコン!
唐突にどこかでワインのコルク栓を抜いたような音がした。
「なんだ?」
音の出どころを探す竜馬につられて、一巳も由良もあたりを見回した。姫野の姿が見えないことに気がついた三人の前に、よたよたと飛んできたものがあった。
クリーム色の丸っこいふわふわが、かろうじてみんなの目線の高さを保って浮かんでいる。ちょうど開いた両の手のひらにのる、プリティサイズ。
ぴよ ぴよ ぴよよっっ
可愛らしい声で鳴くと、
『どーして、俺だけいっつも戦闘力ゼロなんですか!!!』
三人の頭のなかに姫野の声が流れ込んできた。
自分も鳥になりたいと念じたとたん変身できたというが、どこからどう見ても彼が夢見た強くてカッコいい鳥とは違っていた。
誰もがつい触り倒したくなるもふもふ具合といい、丸さ加減といい、まるでぬいぐるみだ。つぶらな瞳にだけ、姫野の面影が残っている。
「どれどれ」
由良がさっそく遠慮なくもふり始めた。
「ああ、これは……。なるほど、姫野君のもうひとつの使命がわかったかもしれない」
『もうひとつの? なんですか?』
「戦いに疲れた仲間を癒してあげることじゃないかな。こうしていると、とてもいい気分になるよ」
いつの間にか竜馬も、一巳までもが姫野を撫でている。
『先輩たちも癒されてますか?』
二人が無言で頷くのを見て、誇らしくなったのか。姫野は自慢げに羽毛を膨らませ、さらに丸く、ますますふわふわになった。
ぴょこん!
姫野の頭のてっぺんで、小さな羽根が一枚、アンテナみたいに立った。
「おや? また何かの気配を感じてる?」
由良が自分の腕に姫野をとまらせた。姫野は返事のかわりに一声鳴いて、身震いする。
『前の二回とは違って、微かにですけど……』
「もしかしたら、今回仕掛けてきた相手が消した気配を捉えたのかもしれないな。何か見えるものはある? 人でも建物でも、ヒントになるものならなんでもいいよ」
姫野はしばらく黙って、ピンク色のクチバシを小さく空けたり閉じたりしていたが、
『ここ……、やっぱりそうだ! 間違いない。学校だ!』
「学校って、まさか俺たちのか?」
竜馬が声を上げた。
「このあたりには血筋の者が多いという話はしたよね」
由良が少しの間、考え込む。
「先生か生徒か保護者かわからないけど、最初の敵は君たちの身近にいるのかもしれない。向こうのチームにスカウトされてその気になった誰かが、近くに隠れている」
「学校はさすがにまずいだろう。仕掛けられるのを待ってるだけじゃだめだ。俺たちができることを探さないと」
一巳が立ち上がり、竜馬が続いた。
『飛びますか? 気配があるうちに行けば、何かわかるかもしれないです』
姫野がおもちゃみたいな翼をはためかせ、竜馬の肩にとまった。
「戦いはまだはじまったばかりというフレーズは使い古されているし、陳腐な言い回しだと馬鹿にする者もいるけどね。私は好きだな」
由良が三人を見送る位置に離れた。
「だって、結末はわからないってことだろう。自分たちの力で望む終わりを勝ち取る希望は、大いに残されてる」
竜馬と一巳は、由良の言葉にどちらからともなく頷いた。
「やるしかないか?」と一巳が問い、
竜馬が答える。「やるしかないな」と。
「行こう!」
決意のこもった竜馬の声を残し、三人の姿は消えた━━。
俺たちのファイナル・ゲーム 美鶏あお @jiguzagu
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