後期高齢者だってきゃぴきゃぴの女子だわ
日崎アユム/丹羽夏子
まだ老いぼれちゃいないよ!
同居している長男が、テレビにアマプラを設定してくれた。子供どころか孫もほとんどおとなになってしまい虚脱感に襲われている私へのプレゼントだそうだ。おかげでひまつぶしができないわけではないけれど、なんとなくさみしい。こういう時人様はどうしているのかしら。ちょっと前までは長男の嫁が話し相手になってくれていたけれど、彼女も子育てから解放されたことでジム通いを始めてしまい留守の日が多い。その前は学校帰りの孫たちの相手をしていたけれど、今やその孫たちが子育て、つまり私からするとひ孫たちの育児に夢中で、私のお世話は必要ないみたいだ。夫は数年前がんで死去、看病もなくなってしまった。
あーあ、つまらないつまらない。
孫やひ孫と話を合わせるために流行りのアニメを見てみたけれど、常に感想交換会を開けるわけでもなく、いざその時が来てもディテールを忘れてしまっている。いやだわ、私ももうすぐ七十七歳、油断をしてはいられないのかもしれない。早くボケ防止の何かを始めなければ。
そんな中自治体が発行している広報誌にいきいきシルバー健康体操教室なるものの案内が掲載されているのを発見した。
こういうのに参加したら新しい友達ができるのかな。いや、老人ばっかりで退屈するかも。いやいや、私も老人じゃないの、後期高齢者よ。うーん、というか、いきいきシルバー健康体操教室なんてダサい名称誰がつけたのかしら、馬鹿にされている気がする……というのはちょっと考えすぎか。
そんなことをぐるぐる考えているうちに、ふと、天啓が降りてきた。
私、そこまでの老人じゃないもの。でも、新しい話し相手は欲しい。
そうだ、お世話する側に回ってみたらどうかしら?
つまり、シルバー教室の運営者側に回るのだ。いきいきシルバー健康体操教室、だなんてダサいネーミングセンスの小童より老人の気持ちがわかるし、かといってバリバリ働けるほど若くもないし、将来介護される立場になった時ひとの介護をした経験が役に立つかも。
そうと決めたら私は行動が早い。さっそく広報誌に載っていた管理者の電話番号に電話をして、ひとまず教室に行ってみることにしたのだった。
ということを体操教室の人たちに説明したらゲラゲラ笑われた。
「なに言ってるだ、あんたも老人だよ、老人!」
そう言って私の肩を叩くのは七十三歳の若人である。腹立つわ。
「後期高齢者だよ。七十五歳の壁はでかいね」
「お黙り。ていうか私のほうがお姉さんなんだから敬語使いなさいよ、敬語」
「細かいこと言うねえ、私は戦後生まれだから感覚が合わないのかもね」
「失礼しちゃうわ私だって生まれてすぐ戦争終わったし!」
そんなやり取りを見ていた教室の長老である八十八歳のばあさんが言った。
「まあ見込み違いさね。よく考えてみなさいよ、こういうところに自力で出てくる人間は頭も足腰もしっかりしてるに決まってるじゃ」
私はうなだれて「確かに」と溜息をついた。
「なーにがお世話したいだ小娘。あたしらそこまで老いぼれちゃいないだよ」
「うう。ごめんなさい」
そういう私の頭を長老が撫でる。
「まあいいさ。あんたも体操教室参加しな。どうせ前後のおしゃべり大会がメインなんだからさ、お気楽に、お気楽に」
こんな八十八歳になりたいものだ。
そのうち体操教室の先生がやってきた。ジムでエクササイズを教えているという先生は四十代半ばくらいの若い女性で、まだまだ闊達な老人たちを尊重して真面目に相手をしてくれて、馬鹿にしていたのは私のほうだったな、と思い知らされるのだった。たったの七十七歳じゃたかが知れているのよ、というお話でした。
後期高齢者だってきゃぴきゃぴの女子だわ 日崎アユム/丹羽夏子 @shahexorshid
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