8月8日に生まれて

烏川 ハル

8月8日に生まれて

   

「お誕生日おめでとう、パパ」

 娘からの電話に、私は一瞬、キョトンとしてしまった。


 妻を亡くした私を心配してだろうか。最近では、以前よりも頻繁に、娘から電話がかかってくる。だがいつもは「おとうさん」であり、「パパ」と呼ばれるのは久しぶりだった。

 娘だって、そろそろ還暦を迎えるのだ。若い女性ならばまだしも、その年齢としで「パパ」は恥ずかしくないのだろうか。

 そんなことを考えてしまうが、口には出さなかった。「パパ」の前に「お誕生日おめでとう」があったから、事情を理解できたのだ。


「ああ、そうか。今日は誕生日だったな。ありがとう、優子」

「パパったら、また自分の誕生日、忘れちゃったの? あんなに覚えやすい『パパの日』なのに……」

 私の誕生日、つまり今日は8月8日だ。語呂合わせで『88』は『パパ』とも読めるから、娘は小さい頃「凄い! パパの誕生日、ちょうど『パパの日』だ!」と騒いでいた。

 大きくなってからも、彼女が8月8日だけ私を「パパ」と呼ぶのは、『パパの日』と誕生日が重なっているという偶然を面白がっているかららしい。

 彼女は子供を産んだ後もその習慣を続けていたため、一緒に我が家を訪れていた孫が「ママ、なんでおじいちゃんのこと『パパ』って呼ぶの?」と困惑したほどで……。


「今年くらいは、きちんと覚えていると思ったのに……。だって今年は、せっかく特別な『パパの日』なんだから!」

 娘の勢いに押されるようにして、短い回想を切り上げた私は、彼女の言葉に注意を傾ける。

「ああ、そうだな。今年は特別な『パパの日』だ」

「それ、適当なオウム返しじゃないわよね? ちゃんと意味わかって言ってる?」

「年齢の話だろう? 今年で私は88歳を迎えるから……」

「その通り!」

 我が意を得たり、という感じの声だった。電話の向こうでは、さぞや誇らしげな顔をしているに違いない。

「年齢的にも『88』、つまり『パパ』! これでパパも、ようやく一人前のパパになれたのよ!」

 88歳になって初めて『一人前のパパ』を名乗れるのであれば、なんとも厳しい条件ではないか。

 苦笑いしながら娘との会話を続けて……。


 電話を切った後。

 私は、ふと考えてしまう。

 ある程度の年齢になれば、自分の誕生日なんて気にしないのが普通のはず。それなのに娘は、私をまるでボケ老人みたいに言っていた。

 こう見えても私は、まだまだしっかりしている。若者文化にも取り残されないよう、最近ではSNSというものにも登録してみたくらいだ。

 SNSでは、見たことない言葉もたくさん飛び交っているが……。「習うより慣れろ」という慣用句があるように、SNSを介して使っていけば、新しい若者言葉も覚えられるのだ。

 そういえば。

 ちょうど娘にも「ようやく一人前のパパになった」と言われたばかりだ。

 おそらく先日SNSで出くわした言葉も、それに関わるものだろう。よく意味がわからないからこそ今度参加してみようと思う、あの「パパ活」というものに。




(「8月8日に生まれて」完)

   

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8月8日に生まれて 烏川 ハル @haru_karasugawa

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