第18話 【エピローグ】ようこそ宝石店へ!

『トラウデンの女傑』


 かつてこのノーシェステ王国の貴族社会を牛耳っていたという女貴族の影響力の強さというものを、ここ数日、マティスは目の当たりにすることとなった。

 ヨハネス・エルヴィンはあらゆる悪事を告発され、領地没収の上、国立裁判所へと移送。

 エルヴィン家に雇われていた多くの使用人たちは、もともと他家から無理矢理引き抜かれていた者ばかりで、誰一人ヨハネスをかばうことはなかったという。

 そして、閑散としていたトラウデン家にも、かつての従者たちが戻ってきた。

 以前より賑やかになったトラウデン家の邸宅で、他の従者たちとともにいつもの雑務をこなしながら、マティスは時折ぼーっと考え込む時間が増えていた。

 トラウデン家の驚異が去り、平穏が訪れた。

 めでたしめでたし。

 あとは、いつも通りの穏やかな日々を過ごすのみだ。

 ……だというのに何故、こんなにも心がもやもやとするのだろうか。

 洗濯物を干しながら、マティスはぼんやりと高い青空を見上げていた。


「マティス」


 不意に声がかかって振り返ると、そこにはリーシャが立っていた。


「大丈夫ですか? ぼーっとしていましたけれど」

「あ、いえ……」


 リーシャはじっとマティスの方を見た。


「ねえマティス。私、今度から、剣術を習うことにしました」

「えっ!? そうなんですか?」

「はい。おばあさまに負けないくらい、強くなろうと思っているんです。もう、マティスに心配をかけないように」


 そう言いながら、リーシャは微笑んだ。


「だから、もう大丈夫です。貴方は、行きたいところに行っていいんですよ」

「え……」


 驚いたように目を見開く。

 すると、リーシャの背後からヨルガも現れた。


「本当の自分を知りたい。そう、思っているんだろう? それには、『彼ら』のところに行くのが一番だ。私達に構うことはない。行っておいで」

「ヨルガ様……リーシャ様……」


 確かに、その通りだった。

 あの日、自分が宝石騎士であると告げられてから、自分が自分でないような、不思議な感覚にとらわれることが増えた。

 トリスティオ。そう呼ばれたかつての自分が、一体どんな騎士だったのか。どうして記憶を失うに至ったのか。

 思い出すのが怖いという気持ち以上に、本当の自分を知りたいという気持ちの方が日に日に大きくなってきていることを自覚していた。


「でも、俺は……ここでの生活も、とても大切に思っていて」

「そのことはよくわかっているよ。私達にとっても、お前は家族同然だ。だからこそ、お前には、行きたいところに行ってほしいと思っているんだよ」


 ヨルガの言葉に、マティスははっと顔を上げた。


「でも、覚えておくといい。お前にとって、トラウデン家は『故郷』だ。お前の正体が何者であれ、私達にとってマティスはマティス。いつでも帰って来ていい」

「おばあさまも私も、いつでも待っていますよ」

「ヨルガ様……リーシャ様……!」


 とても心強くあたたかい言葉に、マティスの頬を一筋の涙が伝った。



 マティスがヨルガやリーシャに別れを告げ、トラウデン家を出たのは、その七日後のことだった。

 とはいえ、これからどこに行けばいいのかわからない。


「とりあえず、あの時の宝石店を探してみようか……」


 あの日、救いを求めて強く願った末に辿り着いた『ジュエル・ジェラルド』。以後何度か街に買い出しに来た際に店を探してみたが、見つからなかった。

 もしかするとあの店は、強い願いを持つ者だけが導かれる場所なのかもしれない。


「なかなか難しそうだけど……やるだけやってみよう」


 そう頷いて、歩き始めようとした、その時。


「お呼びですか?」


 急に聞き慣れた声がして、びっくりして背後を振り返った。

 するとそこには――


「じぇ、ジェラルドさん!?」


 まさに探していた相手、ジェラルド・シーカーの姿があった。


「ど、どうしてここに」

「私を探している声がしたので、飛んできたのですよ。対価を貰うのも忘れておりましたのでね」

「あっ! そういえば……」


 とはいえ、ペンダントはマティスの化身だと聞いた。このまま渡してしまって良いのだろうか。

 けれど、目の前にいるジェラルドからは、悪意は全く感じられない。

 むしろ、サフィアス達がその身を任せているのだから、信頼に足る人物なのだと思われる。


「あの……ジェラルドさん。お尋ねしてもいいですか? ジェラルドさんと宝石騎士の皆さんは、どういうご関係なんですか?」

「ああ、僕はただの人間なんですけどね。ちょっとした理由で、宝石騎士の皆の力を借りていてね。その代わりに、彼らに自由と働く場所を提供している感じなんですよ。雇い主と従業員という関係ではあるけど、協力関係にあるといった感じかな。まあ、好き勝手やってる奔放なタイプの子ばかりだから、なかなか管理も大変だけどね」


 微笑むジェラルドからは、どことなく父性のようなものを感じる。

 マティスは静かに頷いてから、ペンダントを差し出した。


「ジェラルドさん。この宝石をお渡しします。だから、僕を雇ってくれませんか。サフィアスさんたちと同じように。自分が宝石騎士である自覚さえ、ろくにないような俺ですけど……。皆さんと一緒にいれば、自分が何者なのか、ちゃんと思い出せるような気がするんです」


 おずおずとそう言うと、ジェラルドはにこりと微笑んだ。


「もちろん。君がそう望むなら、喜んでお迎えするよ。きっと、サフィアスくん達も喜ぶと思うよ。ああ、もうお客様ではないから、敬語は無しでいくよ」


 そう言ってジェラルドはすっと手を差し出した。


「ようこそ、マティス君。もしくは、トリスティオ君かな? 『ジュエル・ジェラルド』の新しい契約騎士として、心から歓迎するよ」


 マティスは迷うことなく、その手を取った。

 それが、マティスの宝石騎士としての、新たな第一歩となった――。

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あなたの守護騎士、お貸しいたします! 秋良知佐 @akiyositisa

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