第17話 失われし記憶

 その声の主は――


「えっ……サフィアスさん!?」

「ああ、マティス、無事みたいだな。間に合って良かった。カルネリオは――あっちで動けなくなってるか。しょうがないな。治してやるか」


 サフィアスがカルネリオの方に手を向け、何事かを呟くと、青い光がカルネリオを包んだ。


「サフィアスさん、どうしてここに!? ヨルガ様は――」

「私もここにおるぞ」


 声と共に奥から姿を現したのは、ヨルガだった。


「ヨルガ様まで!? どうして……」

「相手にも隠し玉はいるんじゃないかと思って、気になってな。ジェラルドからこの黒曜石――グレイ・オブシディアンを借りて、助太刀にきた。ヨルガのばあさんも一緒に来てしまえば安全だからな」

 

 サフィアスが笑うと、ヨルガも不敵な笑みを浮かべた。


「こう見えて、私も昔は『トラウデンの女傑』と呼ばれていてね。年はとったが、まだまだ引退するつもりはないよ」


 そう言うと、ヨルガは手にしていた鎖のようなものをぐいと引っ張った。

 その先には――鎖にぐるぐる巻きにされた、ヨハネス・エルヴィンの姿があった。


「ぐ、ぐぞおおおお」


 と、何とも情けない声を出しながら、床に転がっている。


「だがまあ、私が来る前に、すでにリーシャが護身術でいなしていたんだけどね」

「えっ……ええええ!?」


 素っ頓狂な声を上げていると、ばたばたと少女が奥から掛けてきた。


「お、おばあさま。それはマティスには言わないって!」

「おや? そうだったかね」


 赤面するリーシャの姿に、マティスはただただあんぐりと口を開けた。

 そんなマティスにはっと気づいたリーシャが、少しもじもじとしながらも、姿勢を正して深くお辞儀をしてきた。


「マティス。ここまで来てくれてありがとう。心配をかけましたね」


 深窓の令嬢だと思っていたリーシャの秘密など、何やら次々と巻き起こる不測の事態に頭がついていかない。

 だがとりあえず、はっきりしていることは、敵は倒され、囚われのリーシャは無事だったということだ。


「よ、良かった……!」


 思わず、その場にへたり込む。

 そんなマティスの手に握られたままの黄金の剣を見て、カルネリオの治療を終えたサフィアスが静かに言った。


「マティス、お前……その剣」

「黄玉石のトリスティオ。仮面の男はそう言っていた」


 ひっそりと佇んでいたグレイの言葉に、サフィアスの青い瞳に驚きの色が宿った。


「マティスが? いや、まさか……」

「サフィアスさん、俺……自分でも自分のことがよくわからないんです。一体どうすれば……」


 助けを求めるようにそう言うと、背後から声がかかった。


「うん。初めて会った時から何となく感じていたけど、やっぱりそうだったみたいだね」

「ヒース! 珍しい。お前まで来てたのか」

「どこかのお馬鹿さんに呼ばれてね。まあ、おかげで色々興味深いことには出会えたからよかったけど。特に、そこにいる彼とかね」


 無事、暗殺者部隊も倒し終えたのだろう。石ころをジャラジャラと弄びながら、ゆっくりと現れたヒースに、サフィアスが息を飲むようにして尋ねる。


「てことは、やっぱりマティスは……」

「僕らと同じ宝石騎士、てことだろうね。何故か記憶を失ってるみたいだけど」

「お、俺が……!?」


 呆然としたままのマティスに、ヒースがじろじろと不躾な視線を投げかける。


「どうして記憶喪失になったんだろうねえ。もしかして、媒介の宝石に何かあったとか?」

「媒介の宝石?」

「そう。サフィアスの腕輪を持っているだろう? そこについた青い宝石が、サフィアスの宝石騎士としての媒体だよ。ちなみに君の場合は黄玉石トパーズなんだけど、そういった宝石を持っていないかい?」

「まさか……これですか?」


 胸元からペンダントを引っ張り出して見せると、ヒースは納得したように頷いた。


「ああ、それだよ。それこそが、君の核ともいえる宝石だ。やっぱり、大きな傷が入っているね。だから記憶が失われてしまったんだろうね」

「俺が……サフィアスさんたちと同じ宝石騎士!?」


 ただひたすらに、剣と、ペンダントを見比べる。

 まだ実感が湧かないし、具体的なことは何も思い出せない。


「何はともあれ、マティス。君の願いは無事かなった。契約は果たされたようだよ」


 ヒースの言葉通り、マティスの腕にはまっていた腕輪はいつの間にか消え去り、サフィアスの手の中に戻っていた。


「君がこれからどうするのかは、君次第だ。僕らの役目も一先ずここまで。それじゃあ、お先に失礼するよ」


 そう言うと、ヒースは巻き起こった風と共に消えていった。


「はーーっ。久しぶりにやられたぜ。帰ったらまた鍛えなおさねえとな」


 介抱されたカルネリオがやれやれと言わんばかりにやってきて、


「とりあえず、無事願いがかなってよかったな! じゃ、またな!」


 そう手を振りながら、ふっと姿を消した。


「では私もこれにて失礼する」


 静かな声でそう言ったグレイ・オブシディアンもまた、闇の中へと消えていった。

 そして――最後までそこにいたのは、彼だった。


「……マティス。予想外のことになったな」

「サフィアスさん……」

「お前の正体は確かに俺たちと同じなのかもしれん。でも、お前がマティスという人間であることも事実だ。お前はお前らしい生き方をすればいい。大切な人の傍にいることも含めてな」


 サフィアスはそう言うと、にっと笑った。


「ま、とりあえず、契約完了だ」

「あ……!」


 マティスははっと我に返って、深々と頭を下げた。


「サフィアスさん、本当に……ありがとうございました! 他の方々には御礼を言いそびれてしまったんですが……」

「ああ、それぐらい気にするな。俺から伝えておく」


 サフィアスはひらひらと手を振った。


「契約相手がお前で良かった。この数日間、それなりに楽しかった。それじゃあ、元気でな」


 その言葉を最後に、サフィアスの姿もまた、泡となって消えていった。

 その場には、ヨルガとリーシャ、お縄についたヨハネス。そして、マティスが残された。

 宝石騎士達が消えていった虚空を、マティスはただ静かに見つめていた――。

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