あなたの守護騎士、お貸しいたします！

第16話 大地の剣

　カルネリオの猛攻を寸での所でかわすと、

「宵闇の力よ――我が敵の力を奪いとれ」

　仮面の男は黒いおどろおどろしい靄（もや）をまとった細剣を振り下ろす。すると、細身の剣から出たものとは思えないほどの圧力を持った剣戟が、カルネリオへと繰り出された。

「ぐああああっ」

　大きな大剣を手にしたままのカルネリオが、いとも簡単に吹き飛ばされてしまった。

　そして、地面に押し付けられるようにして、倒れ伏す。

「カルネリオさん！」

「く……くそっ……身体が動かねえ。闇魔法も使えるのか！？」

　カルネリオは苦し気にそう言いながら、何とか立ち上がろうとしている。けれど、まるで重い何かに圧し掛かられているかのように、その身を起こすことが出来ない。

「もがけばもがくほど、力を消耗するだけだ。諦めろ」

　仮面の男はそう言いながらカルネリオに一瞥くれると、今度はマティスの方に向き直った。

「次はお前だ」

「くっ……」

　剣を構える。けれど、その剣を握る手が、震えていることに、自分でも気付いた。

「ただの人間が私に剣を向けるとは。まこと、愚かなり」

　その言葉からも、仮面の男がただの人間ではないことは明白だ。

　宝石騎士の特殊な戦闘を目の当たりにしてきて、自分なんかが太刀打ちできるわけがないということは、よくわかっている。

（でも、だからといって、引くわけにはいかない！）

　早くこの男を乗り越えて、その先に捕えられているであろうリーシャの元に行かなければ。

　そして何より、ここに至るまでに協力してくれたサフィアス、カルネリオ、そしてヒースたちのことを思えば、自分一人が逃げ出すわけにはいかない。

　やれるだけのことをやるしかない。

　仮面の男をきっと睨み付けると、男は急に間合いを詰めてきた。

「あっ！」

　慌てて剣を構えるが、男が薙いだ細剣によって、マティスの片手剣はいとも簡単に弾き飛ばされてしまった。

　咄嗟に間合いをとって剣を取りに駆け寄ろうとしたが、地に落ちた剣の刃が無残にも折れてしまっていることに気付いた。

「そんな――」

「そのような駄剣で歯向かおうとは、笑止千万。早く消えるがいい」

　男が、再び剣を構える。

「宵闇の力よ――」

　男の動き、そして詠唱の声が、まるでスローモーションのようにゆっくりと見える。

（俺は……死ぬのか？）

　このまま、殺されてしまうのだろうか。

（自分自身が何者なのかさえ、わからないままに？）

　守りたい人を守れぬままに？

　そして、本当の自分がやるべきことを、思い出せないままに？

（死にたくない……いいや、こんなところでは死ねない）

　強く願ったその時、唐突に胸元に熱を感じた。

（え？）

　その熱の発生源が、首から下げていたペンダントであることに気付く。

　服を通してさえわかるほどに、傷ついた宝石が、黄色い光を放ち始めていた。

「こ、これは……」

　次の瞬間、マティスの脳裏に、覚えているはずのない、けれどとても言い慣れた言葉の羅列が過った。

　自ずと右手を大地に向けてかざし、その羅列を口にしていた。

「……『我が剣ガイアスよ、この手に――！』」

　ドンッ！　という地鳴りと共に、その空間全体が揺れる。

　仮面の男が身構えるその目の前で、マティスの手に黄色い光が集まっていく。

　そして――いつの間にかその手には、金色の刀身を持つ片手剣が握られていた。

（これは……夢で見た自分が、持っていたものと同じ剣）

　自分は、この剣を良く知っている。

　そして、この剣の力を引き出すために必要な術式も、よく知っている。

　その記憶の流れに身を任せ、間髪入れることなく、マティスは剣を振り翳した。

「『大いなる大地よ、その力、我に貸し与えよ――グランド・バスター！』」

　マティスの叫びと共に、激しい地割れが巻き起こり、仮面の男へと襲い掛かる。

「なっ……お前は……まさか……！」

　初めて動揺を見せた仮面の男が、寸での所で身をかわす。

「お、俺……今……何を……！？」

　自分のやったことが信じられない。

　これではまるで――宝石騎士のようではないか。

（俺は一体、何者なんだ……？）

　手にした剣を凝視しながら呆然としているマティスに、体勢を立て直した仮面の男が静かに呟いた。

「そうか……どこかで見た事がある顔だと思っていたが……よもや、このようなところに居たとは」

「え？　……俺のことを知っているのか？」

　仮面の男はゆっくりと頷いた。

「知っているとも。黄玉石（トパーズ）のトリスティオ。私はお前を探していた」

「えっ……？」

　『黄玉石』。そして、『トリスティオ』。

　覚えてはいない。けれど、何故か聞き覚えのある単語。次々と呼び出されてくる記憶の欠片に、脳の処理が追いつかない。どう受け入れていいのかわからない。

　呆然としているマティスに、仮面の男はゆっくりと近づいて来た。

「共に来てもらおう。……闇の力よ。常夜の檻をもって、我が敵を捕えよ」

　仮面の男から放たれた黒い力が、まるで幾本もの縄のようにうねり、マティスへと向かってくる。

　避けられない――そう覚悟した、その時。

「『宵闇よ。我が声を聞け。そして、霧散せよ』」

　静かな声と共に上空から巻き起こった黒く鋭い閃光により、仮面の男の魔法が弾け飛んだ。

「何っ！？」

　仮面の男が振り返り、マティスもまた声がした方向を見上げる。

　二階のバルコニーの上には、見知らぬ一人の男が立っていた。

　黒い髪、黒い瞳、そして、黒いローブ姿。

　まるで闇夜を具現化したようなその男の手には、黒い刀身を持つ長い槍が握られている。

「お前は――」

「黒曜石のグレイ・オブシディアン」

　グレイと名乗ったその男は静かにそう言うと、冷ややかな瞳を仮面の男に向けた。

「お前の闇魔法など、私の前では無意味だ」

「くっ……」

「それでもやり合うというのなら、相手になろう」

　冷静な声で言い放ったグレイの言葉に、仮面の男は数歩引き下がった。

「……いいだろう。こうも宝石騎士が集いし状況で、無理強いをするつもりはない」

　そしてマティスの方へと振り向いた。

「トリスティオ。いつかまた会おう」

　そう言うと、ばさりとマントを振り上げた。

　次の瞬間にはもう、仮面の男の姿はその場から消え去っていた。

　残されたマティスは、呆然とグレイの方を見た。

「あ、あなたは……？」

「敵ではない」

　至極簡潔に、端的に言い放たれたが、どう反応していいかわからない。

　マティスが戸惑っていると、

「おい、グレイ。もう少しちゃんと説明してやれ」

　聞き覚えのある声が、グレイの背後から聞こえてきた。