ライフ5555
Yasu\堂廻上山勝縁
ライフ5555の恐怖
世界最高国際裁判所。
この裁判所は世界各地から大罪を犯した者たちに極刑を与える世界最恐とも言われている裁判所である。
世にも恐ろしい極刑がこの裁判所では当たり前のように言い渡される。
それは死すら生温いくらいだ。
そんな裁判所の法廷に一人の男が立っている。
ぼさぼさの髪の毛に雑草のようなまばらな髭。
大柄な体躯と何かを覚悟したような眼。
そして、汚れた囚人服を身にまとっていた。
彼は馬杉邦夫(ばすぎくにお)三十七歳。
とある連続殺人事件の犯人である。
罪状は2001年から2021年に至るまで老若男女ともわず200人以上を殺害というものだ。
しかも、自分よりも弱い相手を好んで狙うというおまけ付きだ。
そんな彼は法廷でじっと動かぬまま判決の時を待っていた。
やがて、裁判官が強面のままその文章を読みあげる。
「・・・主文!被告人をライフ5555の刑とする。」
聞いたこともないその刑罰に馬杉は首をかしげた。
まあ、そうなるのは当然だろう。なぜなら、この裁判所でしか与えられない極刑の一つなのだから。
しばらくたって警察官らが馬杉に裁判中は外していた手錠をかけ、とある一室へと連れて行った。
扉を警察官の一人が開き、そのまま馬杉は部屋の中にへと入っていった。
部屋には窓はなく、蠟燭が四本ほど火が付いたまま、何故かポツンと置いてある木の椅子を囲んでいた。
「ここに座れ」
馬杉は今更抵抗はしなかった。
山ができるほど人を殺し、この世界にも飽き飽きしているからだ。
言われるがままに馬杉は椅子に腰かけた。
すると、高身長の警察官一人が部屋に入ってきた。
彼の名はこの裁判所で十年以上もの間に、警察官のまとめ役として活躍する男、バジラ・アロヌ氏である。
「これからお前には先ほど言い渡されたばかりの極刑中の極刑、ライフ5555を受けてもらう。」
そういうとアロヌは馬杉の座る椅子に目を向けた。
「その椅子は気に入ったか?その椅子は一見、ただの何の変哲もない木の椅子にしか見えないだろう。だが、その椅子は特殊な細工を施しているこの世にただ一つしかない恐怖の椅子だ。」
そう言うと懐からメモ帳のような物を取り出し、ニヤリと不気味に笑った。
「これは何だと思う?これから君が生き地獄に行くためのとある呪文が書いてあるんだ。僕と裁判官さんたちしか知らない恐怖の呪文だ。これを唱えて君は絶望だけでは済まされない最悪の世界へとおさらばだ。・・さて、もうすぐで執行時間だ。言い残すことがあるのなら好きに言って構わないよ?」
馬杉はそう言われると、少し顔に苦悶の表情を浮かべた。
そして、「ハァ」とため息を一つつくと、目の前のアロヌに目を向けた。
「はっ、ねぇよそんなもん。俺はもう何人も人を殺してきちまったんだ。家族も友人も恋人もいない。だから、伝言するような奴も存在しない。そんな俺に「言い残すことがあるのなら好きに言って構わない」だぁ?ふざけんな!何なら最後に言ってやるよ!地獄に落ちとけ警官野郎!」
気迫のこもった表情と口調で馬杉は言い放った。その後、全てがバカバカしくなったのであろうか、狂ったように笑い始めた。
その光景にはアロヌを除く警察官全員が唖然とした表情を浮かべた。
警察官は誰一人としてしゃべろうとしない。そんな時が数分続いた。やっと、口を開いたのはアロヌだった。
「・・執行時間だ。覚悟はいいな?」
馬杉はその言葉を聞いても、少しはまだ笑っていた。しかし、その笑いもようやく消えると、数秒ほど沈黙し、静かに目を閉じた。
「嗚呼、分かった。さっさと済ませろ。この世界に居るのが退屈過ぎて死にそうだ。」
「‥そうか」
アロヌは辛うじて聞こえる声で残念がるように言った。そして、息を一気に吸い込むと、その言葉を天にまで響くほど唱えただした。
「ライフ5555よ!今すぐに始まれ!絶望の時はすぐそこに!」
その言葉が詠唱され終わると同時に、椅子に腰かけていた馬杉はこの世から消失した。
どれくらい時間が経ったのであろうか。
馬杉は目を覚ました。だが、まだ頭は朦朧としていた。
その眼には、廃墟となった街並みが映った。
カラスが鳴き声をあげながら何百羽も飛び立ち、鼠があちらこちらに姿を現し、群れを成していた。
空は今にも雨が降りそうな雰囲気だ。作り物ではないと見た瞬間に感じた。とりあえず一刻も早く、ここからは離れた方がいいと、馬杉は思った。
それは殺人鬼の本能というものなのだろうか。
馬杉は立ち上がると街の道に沿って歩き始めた。それと同時にここはどこなのかという問題を頭の中で考えた。そもそも馬杉は椅子の上に居た。居たはずなのだ。少なくともアロヌが呪文を唱えるまでは、そこに存在していた。そうなるとここはどこなのだろうか。
馬杉はここで三つほど仮説を考えた。
こう見えても彼は日本屈指のトップ大学、大南和(だいなんわ)大学出身なのだ。そのため、頭が中々良い。さて、話を進めよう。
まず、仮説一は馬杉に何らかの睡眠薬を注射か何かで投与し、寝ている間にここに送られた説。
二にVRか何かの仮想現実世界を見せられている説。
三にこれが自分の見ている走馬灯であるという説。
この三つの中のどれかが現状であると馬杉は考えた。だが、仮に本当にどれかだったとしても、待っていては何も解決しない。
つまり、ここはどのような場所なのかも把握する必要がある。
まず、ついさっきまで自分のいた場所はこの街の何の変哲もない普通の路上だった。
見たところ日本にもある一般的な道路だ。街としてはビルのような建物も何件か建っている。
しかし、明らかに壊れている。最上階の部分が爆発でもしたかのようにボロボロになっている。
他にもそういう家がちらほらとある。さらに、路上には普通はあってはならないものが存在した。手で拾ってじっくりとそれを見つめる。それは銃弾だった。これは間違いないと馬杉は確信した。
自分はおそらくどこかの紛争地帯の街に放り込まれていると。
「‥ふざけたマネしやがってあの警察官野郎!」
自分をこの地でくたばらせるために送り込んだのか?惨めで哀れな最期をここで遂げさせようとあんな芝居をして送り込んだというのか?
馬杉はそう思うと怒りを露わにし、近くにあったボロボロのビルの壁に拳を叩きつけた。
一発だけではない。これでもかと壁に打ち込んだ。怒りは全て呪文とやらを唱えるというくだらない芝居をし、自らをここに送り込んだ警察官、、、バジラ・アロヌを恨んだ。
すると、突然「ガタッ」と音が馬杉の耳に入った。一瞬、建物の一部が落ちてきた音ではないかと疑ったが、その後も連続して似たような音が響く。そして、本当にわずかな音だったが足音が聞こえたのを馬杉は聞き逃さなかった。
人間だ。人間の足音だ。
すぐに彼は駆け出した。音が響いたその方角に足を進める。忘れているかもしれないが彼は大量殺人鬼と言う名のハンターだ。獲物を狩るプロだ。そのプロに勝てる一般人などいるはずもない。
すぐに彼はその姿を見つけた。
すぐに足に力を入れて、さらに加速する。無我夢中で彼はその人間の肩に手を伸ばし、力強く掴んだ。
その人間はすぐに肩を掴まれるやいなや、顔を馬杉の方向に向けた。
その人間は女性だった。歳はざっと20歳ほどであろうか?よく見ると服装は全体的に薄汚れたみすぼらしい格好であった。顔は比較的整った顔立ちをしている。
すると、その女性は肩を掴んでいる馬杉の手にいきなり思いっきり爪を喰い込む。
「っ!何しやがる!痛いだろうが!」
馬杉はその女性に向けて怒声を飛ばした。だが、女性は何やら真剣な表情で全く動揺しない。
それどころか、
「‥誰あなた?まさか、あいつらの下っ端とかじゃないでしょうね?」
と、逆に強気な口調で馬杉は動揺させられてしまった。「調子に乗りやがって、、、」と一発殴りそうになったが、ここに来て初めて会う人間に話もせずに殴るなど愚の骨頂だ。馬杉は仕方がないと気持ちを抑えた。
「‥ここはどこだ?そして、どうしてお前は日本語をしゃべれる?」
馬杉は自己紹介の後、真っ先に気になったことを質問した。日本語をどうして目の前の女性が喋れているのかを。日本語は世界でもトップクラスに難しい言語だ。それを紛争地にいる女性がペラペラと当たり前のように喋れていたのが不思議で仕方なかったのである。
だが、その質問に対して返ってきたのはさらに彼を悩ませるものだった。
「日本語?何それ?聞いたこともないわ。」
馬杉は頭が重くなるような気がした。冗談だろと思わずにはいられなかった。
「今、お前がしゃべっている言語だ。」
「だから、知らないし、そもそも言語って何さ?」
「はぁ?」
それから詳しく彼女の話を馬杉は聞いた。
まず、彼女の名はカーバー・シオンと言うらしい。
この街で生まれ、この街で育ったTHE・地元民だ。
この街は数年前からとある種族と戦を繰り返しており、今では街はすっかり廃墟のようになってしまった。
現在、住民たちが住んでいるのはこの街の地下シェルターだけとなっているらしい。
さらに彼女は日本という国を知らなかった。それどころか、アメリカ、イギリス、エジプトといった国々でさえ彼女は知らなかったのである。
そして、彼女がどうして日本語を話せるのかについては最後まで分からなかった。
また、敵対しているある種族のことについては「見た方が早い」だの、「怖いので思い出したくない」などと言われて、分からずじまいだった。
さて、以上の事から馬杉はこう推測した。
自分は仮想現実の世界に居るのではないか、と。
それならばここに居るのも辻褄が合う。
それならば今すぐにでもリアルに戻りたいところだが、あの警察官たちのことだ。この世界を見せている機械を外すようなことはしないだろう。
ひとまずはここで生活していくしかないと馬杉はそう思った。
じゃあ、早速、、、とシオンが地下にへと案内しようとした。
その時であった。
突然、「ドォーン!」と大きな爆発音が響き渡ると同時に、黒い煙が目の前の辺り一帯を覆った。
瓦礫と火花が飛び散り、馬杉とシオンの行く手を阻んだ。
「えっ、爆発、、、まさか!」
やっと煙が晴れると同時に、シオンは馬杉の手を掴んで、無理やり引っ張りながら駆け出した。
馬杉は痛みを感じつつも、この状況が危険であることを直感で理解していた。
「なぁ、シオン。何だあの爆発は、、」
「‥あいつらよ!私があなたに言っていたある種族よ!でも、どうしてこの時間帯に、、?」
シオンは困惑していた。それは勿論、馬杉も同様であった。
とりあえずはここから逃げ出さなくてはと馬杉は思うしかなかった。
だが、そうは問屋が卸さない。
次の瞬間、再び爆発音が響き、黒煙が目の前を先ほどと同じように覆った。
そして、煙が晴れてきた。
だが、それと同時に大きな人影が現れた。
否、人影ではない。
あれは怪物だ。そう言うのがふさわしい。
首から下は人間と大して変わらない。変わっていると言ったらその大きさだろうか。
だが、何よりも異様なのは頭だ。まず、目がない、耳がない、鼻さえも、髪の毛すらない。色は紫一色だった。
あるのはパックリ開いて、鋭い牙を何十本も生やしている異常なほど大きな口のみだ。全長は五、六メートルはありそうだ。明らかに異常な存在だ。
そんな怪物がは、よく見ると手榴弾のような物を持っている。さらに、目はないはずなのに視線を感じた。
馬杉の本能が逃げろということを訴えていた。あれはまずい。
「シオン!俺の手を離せ!後ろの方から逃げるぞ!」
すぐさま馬杉は後ろを振り向いて逃走を図った。
しかし、それは叶わなかった。なぜならば、後ろの方にもアレが見えたからだ。
大きな大きな怪物の影が。巨大で、異常で、まるで悪魔のような姿が。
信じられない。幻覚を自分は見ているに違いない。
そんな絶望の感情が、馬杉を染めていた。
もう、こうなると逃げ場はない。横は壁で、道は怪物で挟まれている。
素早く走って逃げることも視野に入れるが、人生で初めての危機に足がすくんで動かない。
「嘘だろ、、、」
馬杉は目の前の光景を信じることなどできなかった。言ってしまえば、これはもう詰んでいる。「これは悪夢だ」馬杉はそう思いたかった。あんな怪物は人間が戦うべき生物ではない。
その光景を例えるなら、両側を狼に挟まれた兎、であろうか。
彼は生まれて初めて、恐怖を抱いていた。強者だった彼が弱者にへと変わった瞬間だった。
そして、ドン!ドン!と怪物達は刻一刻と迫ってくる。
一か八かと壁を登ろうと馬杉は試みた。
助かりたい、助かりたい、まだ死にたくない!
あの怪物に殺される運命など御免だ____
しかし、彼の行動は遅すぎたのだ。後悔したとしてもどうしようもないくらいに。
シオンの絶叫と怪物の口が自分のすぐ横に来ていることが分かったのは、ほぼ同時であった。
そして、血飛沫が音をたてて飛び散った。やがて、その場にもう一つ絶叫が響いた。音がやんだ後、二つの血だまりがその場に出来上がっていた。
秒殺。否、瞬殺の方がこの表現に相応しいであろう。
残り5554回_____
「うああああああああああああああ!」
勢いよく馬杉は目覚めた。だが、決してそれは良い目覚めとは言えなかった。
なぜならば全身が切り裂かれたような、もしくは熱い鉄を皮膚に当てられているかのような痛みが、馬杉を襲ったからだ。そして、脳裏に浮かぶ違和感が一つ。
どうして、自分が生きているのか、と。
「はぁ、、、はぁ、、、」
疑問を抱えつつも辺りを見渡し、脳をこれでもかと稼働させる。
すると、馬杉はふと今いる場所に既視感を感じた。
目の前の廃墟の街並みと鼠とカラスの群れ。そして、今にも雨が降りそうな雲。
どれもピッタリと一致している。間違いない。
自分は最初に居た場所に戻っている。
馬杉はこの受け入れがたい事実に頭を抱えた。
「何なんだよこの世界は、、、、」
死んだら初めからやり直す。
まるでゲームのような出来事だ。
やはり、ここは仮想現実世界なのか?と馬杉は深く考えた。
だが、仮にそうだったとしても、先ほどの激しい痛みの説明がつかない。あまりにもあの痛みはリアルだった。その記憶は鮮明に残っている。
様々なことを考えていくうちに馬杉の脳は思考が停止するほど混乱していった。
「どうなってやがる、、、さっき俺は、、、、」
だが、次の言葉が発せられることはなかった。なぜならばその後ろにあの怪物がよだれを垂らして彼を喰おうとしているからだ。
馬杉は逃げ出したいと思うほどの恐怖を感じたが、頭が混乱する中で避けることはできなかった。
次の瞬間、また前と同じような音をたてて血飛沫が飛んだ。
地には血だまりと、血で汚れた腕と下半身があった。
残り5553回______
「ぐああああああああ!、、はぁ、、はぁ、、またかよ、、、本当に何なんだよ、、、何なんだよこの世界わああああああぁぁぁ!!!」
馬杉は起きるや否や、ただひたすらに泣き叫んだ。そこにもう、殺人鬼としての彼はいない。
そして、彼がこの世界と極刑の意味を知るまで、あとわずか、、、、
バジラ・アロヌは裁判所の執務室で部下の一人と会話を交わしていた。
「ライフ5555。対象者を私が持っている手帳に書かれた呪文を読み上げることで異世界にへと飛ばし、5555の命が尽きるまでループさせる。対象者の命が0になった場合、、、その対象者は本当の死を迎える、、、、これが馬杉邦夫への極刑だ。」
「‥5555回、ですか、、、、」
「そうだ。きっと、馬杉は苦しんで、苦しんで、苦しんで死んでいくだろう。ああいう奴にはピッタリな刑罰さ!」
そう言うとバジラ・アロヌは「ガハハハッ!」と気味の悪い笑い声をあげた。部下の警察官は自らの上司を心から恐ろしいと感じた。
すると、アロヌの携帯電話が鳴った。すぐに通話ボタンをクリックし、耳に当てる。
「ふむふむ、そうか、、死んだか、、それで?、、、よし、次の仕事が入った。行くぞ。」
「は!」
二人はそう言って執務室のドアから外にへと歩き出す。
少しでも多くの罪人を取り除くために。
その手を日々汚しながら、、、
ライフ5555 Yasu\堂廻上山勝縁 @015077
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