何とかするから。だから……っ。


「俺、頼りがいのある性格じゃないし、稼ぎだって同じくらいだし、家だって椰子のワンルームに転がり込んでる状態だし……。椰子の人生を引き受けられる自信なんか、全然なくて……。でもっ!」


 がばりっ、と陽斗が顔を上げる。


 真剣なまなざしが私を貫いて。


「この五日間、椰子のことばっかり考えてた。絶対、何があっても椰子を失いたくないって。俺、椰子が好きだ。何があっても俺が何とかするから……っ!」


 私の手を握る陽斗の両手に、ぐっと力がこもる。


「だから椰子、結婚しよう!」


 飾り気も何もないシンプルな言葉。


 告げた唇も、握った手も震えていて。

 でも、まなざしだけは、心の底まで射抜くように真っ直ぐで。


「馬鹿……っ」


 陽斗の震えがうつったように、私の声もみっともないほどに震える。


 私の返事に陽斗が、愕然がくぜんと目を見開いた。

 かまわず、勢いのままに言い募る。


「『何とかする』じゃないでしょ……? 二人で結婚するんだから。おんぶにだっこで陽斗だけに苦労させるなんて、そんなの嫌っ! 私だって、ずっと陽斗と一緒にいたい。だから、『二人で何とかしよう』って言ってよ……っ!」


「椰、子……」


 ほうけた声を上げた陽斗から手を引き抜き、思いっきり抱きつく。


「わっ!?」


 体勢を崩しつつも、陽斗がしっかりと抱きとめてくれた。と、腰の後ろに腕を回され、ぎゅぅっと強く抱きしめられる。


「椰子、好きだよ。……何があっても、二人で何とかしていこう」


「うん。私も陽斗が好き。陽斗と一緒なら何があっても乗り越えられる気がする」


 陽斗の肩に顔をうずめるようにして頷く。骨ばった肩に額をくっつけ、顔を伏せたまま。


「あの、ね……。五日前、私もごめん。言い過ぎた」


 ぎこちない声で謝ると、優しく頭を撫でられた。


「いいよ、もう。おかげで俺も勇気が出せたんだし」


 心に染み入るような声におずおずと顔を上げると、包み込むような優しい笑顔にぶつかった。


 どちらともなくまぶたを閉じ、くちづけを交わす。

 重なり合った心を、唇でも確かめるように。


「椰子……」


 陽斗の囁き声が熱を帯び――。


 くぅ~、と鳴った陽斗のおなかに、二人で思わず吹き出した。


「私もまだおかわりしたいし、陽斗も一緒に食べよ?」


 陽斗から身を離し、空の自分のお茶碗を持ってくすくす笑いながら立ち上がる。


 おそろいのお茶碗にそれぞれご飯を盛り、陽斗の分のお箸を持ってコタツに戻る。


「はい」

 二人で「いただきます」と手を合わせ、食べ始める。


 少し冷めてしまったけれど、それでも陽斗のごはんはとってもおいしい。


「ほんと、椰子はおいしそうに食べてくれるよな。可愛いし、作りがいがある」


「っ」


 嬉しそうに告げられ、危うく鶏肉を喉に詰まらせそうになる。

 もぐもぐと口の中のものをみ下してから、陽斗に向き直り。


「あの、ね。今度、私にも料理を教えてくれる? いつも陽斗にばっかり作ってもらうのも悪いし……。それに、私も陽斗を喜ばせたい」


「椰子……っ!」


 驚いたように目を見開いた陽斗が、すぐにとろけるような笑顔になる。


「うんっ、一緒に作ろう! あー、なに作ろうかなぁ? 今から楽しみ……っ」


「さ、最初は簡単なものにしてね!? 急に難しいのは無理だから!」

 あわてて口を挟むと、陽斗がにこやかな笑顔のまま頷いた。


「じゃあ、椰子の食べたい物を作ろう」


「えっ!? そこは陽斗の好きなものじゃないの?」


「いいんだよ。自分の好きなもののほうが、椰子だって作ろうって気になるだろ? それに俺は、椰子が俺のために作ってくれたものなら、なんだっておいしいに決まってるし」


 私の気持ちまでぜんぶ見通したかのような言葉に、顔が熱くなると同時に、くすぐったい気持ちになる。


「じゃあ、豚汁。陽斗が作ってくれる豚汁は絶品だから。私も作れるようになりたい」


「うん。今度の休みに二人で作ろう」


 嬉しそうに頷いた陽斗が「あー、でも……」と残念そうな声を出す。


「プロポーズするんなら、なんかこう雰囲気のいいレストランとか、夜景の見えるホテルとか……。そんなところでするべきだった?」


 申し訳なさそうに尋ねる陽斗に、ふるふるとかぶりを振る。


「ううん。私はレストランのごはんより、陽斗のごはんが好き。おいしいよ、『陽斗のプロポーズごはん』」


 悪戯っぽく笑うと、今度は陽斗が顔を赤くする番だった。


 どちらともなく顔を見合わせ、笑顔を交わす。


 長い人生、これから何が起こるのかわからない。


 けど、こんな風に陽斗と一緒にごはんを食べれば、どんなことでも乗り越えていける気がする。


「あのね、陽斗。……好き」


「俺も。椰子に負けないくらい」


 心も身体もあたたかなものに満たされるのを感じながら、私は「ごちそうさまでした」と手を合わせた。


                           おわり


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