星空解説員、COME()D担当

蜜柑桜

コメディーとは

 私は星好きが高じてプラネタリウムの解説員になった。

 勤務するプラネタリウム『スペース・ドーム』は、他に天文台と気象台を有する『スペース・プラネット』という複合施設に属している。二十四時間体制で天体の観測を行い、研究に従事し、最先端の情報を互いに共有する。その結果、常に展示も解説も最新のものにアップデートされるゆえにこそ、我が『スペース・ドーム』は日々客足の絶えない人気プラネタリウムとして国、いや世界的にもトップの座を維持している。

 私はそのプラネタリウムの解説員である。

 ちなみに私の夫は、天体好きが高じすぎて天文台の研究員になった天文バカである。天に魅せられ地に足がついていないがゆえに、名を空人という。普通なら名前が先で性格が後と因果関係が逆だろうが、空しか見ていないから空人になったとしか思えないくらい天体を愛し、放っておけば四六時中、天文台にいる。そんな研究員である。


 しかし、私はプラネタリウムの解説員である。


 解説員なのだが。



「じゃあ今日は星歌さんも助っ人に来てくれましたし心強いです!」


 なぜ私は何人もの研究員に笑顔で迎えられながら天文台ここにいるのか。


「整理するものも多いですけれど、この人数でやれば大丈夫です!」

「良かった手伝いに来てくださって!」

「空人さんの奥さんですし、解説も詳しいって評判だから頼りにしています!」


 目の前の面々は手に手に分厚いファイルや書籍を何冊も抱えて、感無量とばかりに口々に私に歓迎の辞を述べている。いや、私は解説員なのだけれど。因みに空人の姿はない。

 今日は私がスペース・ドームでは非番だからということで、天文台に手伝いに行ってくれと頼まれたので来ただけで、何をするのかすら具体的には聞いていない。ただ、蓄積した資料の整理と言われただけで。


「じゃあ早速ですが、星歌さんはコメディー担当でお願いします」

「は?」


——なにそれ、コメディー担当って。一体そんなもの天文台ここで需要あった?


 私の疑問になど全く気がつかないようで、年長の室長はにこにこと続ける。


「大丈夫ですよ。コメディーは割と楽な方ですから安心してください。そうですね。古いものだと一七七〇年がありますけれど」


 え、一七七〇年なんてそんな後だっけコメディーが生まれたの。シェイクスピアですら一五〇〇年代の人じゃなかった?


「あ、でも二〇二一年も本来ならあるはずだったんですよ。やっぱり見られなかったのが残念だなあ」

「見られなかった、ってコロナ禍で上演か何か禁止になったってことですか?」


 思わず訊いたら、「やだなあ」と笑って返された。


「コロナは関係ありませんよ。この観測所は動いてましたからね。いやーでも次に見るのはいつになるのか」


 わくわくと言う室長の調子からは空人と同類の気がする。この手の人間は近づくと面倒臭いかもしれない。


「安心してください、星歌さん! コメディーはそこまで数が多くないですし、記録自体もコメシーやコメピーみたいに多くありませんから。コメックスよりも楽です」


 呆然としている私に別の研究員が励ましの言葉をかけてくれるのだが、ますます混乱するばかりだ。

 なにそれコメシーとかコメピーって。キャラ名? それともお米のお煎餅的な何か?


「あの?」

「じゃっ、そろそろ作業始めまーす。所内にある全文献と記録の入力整理しますからねー」


 はーい、と元気な声が飛び交い、研究員たちは一斉にパソコンの前に座り出した。室長も私を手招きし、一台のパソコンの方へ連れて行くと、どさりとリングファイルをモニターの横に置く。


「それじゃあ星歌さん、こちらのフォルダにテンプレ作ってありますから、このファイルの内容から入力していってくださいね。今から入力の方法も説明しますから」


 気持ちの良い笑顔でそう告げると、室長は部屋中央のスクリーンの前へ歩み出る。


「それでは、まず各担当を読み上げます」


 一瞬で室内が静まり、スクリーンにプレゼンテーションが投影される。副室長がその横に並んでレーザーポインタをオンにした。


「コメC、水野くんと金子さん、コメP、宮地さんと火ノ浦さん、コメD、星歌さん、コメX、木本さん」

「あ、特にコメCとコメPは、コメAからコメYまでもちゃんと漏らさないで記入していってくださいね」

「それじゃあ今からここで試しにテンプレ表を埋めていくので——」


 ——Comet C, MIZUNO/KANEKO, Comet P, MIYACHI/HINOURA, Comet D, Seika (Check: Sorahito), Comet X, Kimoto.


 ——Comet C: C/2011 L4 (PANSTARRS): Filename_C_2011L4_PANSTERS……


 次々に浮かび上がってくるのは、彗星の識別符号。Cometの周期を表すPや消失を示すD、さらには観測年号に並んで時間を表すAからのアルファベット、そして発見者名。それに続き各彗星について観測時の角度や形状、尾の大きさ、地球各地から寄せられた観測情報との照合などがテンプレートの表に埋められていく。

 唖然とスクリーンを見つめる私の表情を誤解したのか、隣の木本さんがぽん、と肩を軽く叩いてきた。


「そんなに緊張しないで星歌さん。消失彗星は周期の入力も少ない分、複雑にはならないし。何せデータが散らかっちゃってるから頼んじゃったけど、後から空人さんにもチェックしてもらうからね」


 安心させようという心からの気配りが滲み出ている。しかし——


「あの、今日は、うちの旦那はなにやってるのですか」

「ああ空人さん? 訊いてない?」


 木原さんは早くもファイルをめくり、そこにあるページを見ながらキーボードを叩いていく。画面が彗星のCometの字とその後に続く記号や数値で埋められていく。


「空人さんならC/2019L3アトラス彗星の観測に行っているわ。5月には見えなくなってしまうから」


 ————あの……天文バカぁっ! 人に面倒な仕事を押し付けて!! 自分は天体のビッグイベントに参加中っていうわけぇ!?



 空人なんて天の捌きでComet D消失彗星になって仕舞えばいい。





 ☆完☆



 ネイティヴの語末の「t」、早いと聞き取りにくいですよねというところから。

 こんな呼び方は私のでっち上げです。スペースプラネット限定の略称です。


 消失彗星は、アトラス彗星のところで出した最初のアルファベットがCではなくDになるそうです。


 以下のページを参考にしました。

「今週の明るい彗星 (2022年3月5日:北半球版)」

 http://www.aerith.net/comet/weekly/current-j.html


「非周期彗星の一覧」

 https://ja.wikipedia.org/wiki/非周期彗星の一覧


「周期彗星の一覧」

 https://ja.wikipedia.org/wiki/周期彗星の一覧


「新天体の仮符号:彗星」(国立天文台のホームページ)

 https://www.nao.ac.jp/new-info/prov-comet.html


「彗星とはどのような天体か」(国立天文台NAOJI)

 https://www.nao.ac.jp/astro/basic/comet.html

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