第15話 ドジっ子メイドのトラブル



 「ご来場の皆様、本日は私が主催する晩餐会にご参加いただき誠にありがとうございます。当主の座を賭けて日頃、熾烈な競争を繰り広げている立場と因縁は今宵は忘れ、候補者同士で親睦を深めて、今後の競争内容の向上、あるいは新たな道の模索など、今回の場をお役立ていただけると幸いです。それではこれより晩餐会を開催いたします」

 


 P.M.――6:00 。


 

 予定時刻に合わせて会場に現れ、ステージに上がったヘラデリカさんの挨拶で寂しいパーティが幕を開ける。

 

 彼女の合図と同時に開けっ放しのドアからワゴンを押した大量のメイドたちが登場し、テーブルに豪華な料理を並べ始めた。

 また、奥のドアからは楽器を携えたメイドたちがやってきて、部屋の隅で隊列を作ったのち、演奏を開始する。楽曲は厳かな交響曲から華やかな四重奏、とても賑やかなマーチなど様々で、時折、曲に合わせてステージでコーラスやダンスなども披露される。

 

 俺は集団から離れたところでリヴィアと共にその催しを眺めつつ、美味しい料理に舌鼓を打っていた。

 

 その時、背後から声を掛けられる。

 

 「やっほー、タイガくん。パーティ、楽しんでるー? ね、ね。さっきの話、考えてくれた?」

 

 シャンパンらしき飲み物を持ったトルエノだ。すでに酔っているのか、上機嫌な様子で俺の傍まで歩み寄ってくる。いや、彼女の場合、これが素面しらふなのかもしれないけど。

 

 「同盟の話か? それはさっき断っただろ」

 「えー? どうしてどうして? 一緒に戦おうよー。わたしたちにはタイガくんの力が必要なんだからー。タイガくんだって今は仲間が必要でしょう?」


 すげなくあしらっても、トルエノは諦めずに俺を誘ってくる。その際、腕に抱き着くものだから、張りのある胸を押し付けられてドキンと心臓が跳ねた。

 だが、決して表情に出さず、強引に腕を振りほどく。この程度の色仕掛けで流されてはいけないのだ。

 

 すると、リヴィアが後ろからソッと耳元に口を寄せてくる。

 

 「ご主人様、よろしいのですか? 孤立無援のこの状況でまたとない、せっかくの同盟の勧誘なのに。そんなに無下むげにしても」

 「この状況だからだよ。龍彦たちがいる前で俺と同盟を結ぼうなんて、ハッキリ言って自殺行為以外の何物でもないだろ。勧誘するとしても、もっと人気の無い、せめて三頭連合がいない場所を選ぶはずだ。こうして衆人環視の場で近づいてくる時点で怪しい。絶対に何か企んでるとしか思えない」

 「それは……そうですが……」

 

 と、言葉を濁しながらリヴィアはトルエノを睨みつける。俺の理屈を聞いて、ようやく彼女もこの人の異常さに気付いたようだ。普段は賢い彼女にしてはいささか鈍いような気がするが……まあ、それだけ仲間作りに意気込んでいたんだろう。

 

 リヴィアの厳しい視線を受けたトルエノは、少し焦ったように手を振り始める。

 

 「わたしは怪しい人じゃないよー。ホントにキミの力になりたいと思ってるんだから」

 「そこが一番、納得いかないんだよ。なんで出会ったばかりの俺に協力したいと思えるんだ。しかも……同盟の目的が、俺を当主にすることだなんて」

 

 そう。トルエノが俺に持ちかけてきた提案。それは俺をリーダーとし、最終的に俺を新当主として担ぎ上げるための同盟の締結だった。

 早く仲間を集めたい。しかし、チームを作ったとしても、誰を当主にするか、という最大の懸念に頭を痛めていた俺からすれば、まさに渡りに船と言える内容。

 

 こんなうまい話、裏が無いわけがない。

 

 「別に何かを企んでるとか、そういうのはないってば。わたしは本当にキミならこの館の当主に相応しい人間だと確信してるんだから」

 「なんでそう言い切れるんだよ。何度も言うけど、俺たちは出会ったばかりなんだぞ?」

 「キミが三頭連合に対立した理由を聞いたからだよ」

 

 まともに相手をしてられないと、投げやりのように放った質問。


 だが、返ってきたトルエノの言葉の力強さと真剣さに、俺は思わず振り返ってしまった。

 

 そんな俺にトルエノは微笑み、続ける。

 

 「知ってるよ? 三頭連合に酷い扱いを受けていたメイドちゃんを体を張って助けたんだよね? そのせいであの人たちと対立することになったんでしょ?」

 「……まあ、な。あまりに見ていられなくて……何度も生き返れるとはいえ、それで彼女たちの命を使い捨てのように扱っていい理由にはならないし……でも、大したことはしてないよ。実際、ケンカを売ったのはいいけど、これからの事は不安だらけだし……」

 「ううん、大したことなくないよ。それってね、この館ではものすごく異常な考え方なんだよ? この戦争に参加してる主人候補の人たちはみんな、メイドを便利な道具として扱っている。この子たちをいくらでも取り返しが利く消耗品と捉えて、命を切り捨てることはあっても、命を懸けて助けようとする人なんて今まで1人もいなかった。キミだけ、なんだよ」

 「……別に、俺は……」

 「だから、そんなキミだから、当主になってほしい……過酷な運命を強いられているメイドちゃんたちの境遇に胸を痛め、涙を流すキミになら、この子たちを任せられる……と信じてるの」

 「…………」

 「だってだって! このままじゃああまりにメイドちゃんたちが報われないんだもん! こんなに可愛くて良い子たちばっかりなのに! どうしてこの子たちがこんな目に遭わないといけないの?! ああ可哀想なメイドちゃんたちお姉ちゃんの胸の中でお泣きなさい~~!」

 「うわっ! ちょ、だから周りに人がいるのに引っ付いてくんな! ひゃあっ? どさくさに紛れてどこ触ってんだコラぁ!」

 「っ!」

 「ぎゃほうっ?!」

 

 途中までいい感じだったのに。急に目に涙を溜め始めたかと思うと、トルエノはいきなり振り返り、不意打ちと呼べる速度で後ろにいるティラリィとイオンに飛びついた。

 そうして胸の中に抱き込んだ彼女たちにセクハラを働き、2人から肉体的制裁を受けて床にひっくり返る。

 

 が、鼻血を流しながら恍惚な表情を浮かべているトルエノにりた様子は無く、

 

 そんな彼女を見下ろして俺は嘆息し、持っていたドリンクを一気に飲み干した。


 「そんなの、アンタだって同じだろ? 俺を当主に担ぐ、ってことは、アンタもメイドたちの今の状況から解放したいと思ってるからだ。だったら、アンタが当主の座を目指すこともできるはずだ」

 「わたしはダメだよー。当主の器じゃないモン、なんとなく分かるでしょ? わたしはこの子たちが幸せになってくれるならなんでもOK! あっ、でもぉ、当主の座は渡すけど、たまにはメイドちゃんたちとイチャイチャさせてほしーなー。一緒にお風呂に入ったりー、おネンネしたりー、それからそれから……グフフフフ……っ」

 

 ティラリィたちに目をやり、獣のような笑みをたぎらせるトルエノ。こいつは彼女たちに何をやらせようとしているんだ?

 

 はぁ、とまたもや溜息を吐き出し、俺はグラスを口に持っていく……としたところで思い出した。そうだ、さっき全て飲み干したんだっけ。

 


 「あ、あのっ」

 

 

 その時だった。か細く、弱々しい声が下から聞こえてくる。誰だろうと視線を傾けると、1人のメイドがいつの間にか傍まで近づいていた。

 

 見た目は小学校低学年程度。ゴスロリと言うのだろうか? 白を基調としたエプロンドレスに大量のフリルやリボンがあしらわれた、とてもメルヘンチックなメイド服を着用している。

 それに映える金糸のような長く艶やかなブロンドは後ろで大きく二つの束で纏められており、こちらを見上げる少し怯えた顔は幼さの中に美しさを内包する端正な造りをしていて、全ての要素が美少女たらしめる非常に魅力的な女の子だった。

 

 「お、お飲み物です……」

 

 その美少女は、ドリンクを注いだたくさんのグラスを乗せる盆を俺に差し出してくる。俺に飲み物が無いことを見かねて持ってきてくれたのか。

 

 「あ、ああ……ありがとう」

 

 彼女の現実離れした可愛らしさに見惚れながら、俺はグラスの一つを手に取って礼を述べる。すると、俺に無事に飲み物を渡せてホッとしたのか、美少女は若干、表情を和らげてペコリと頭を上げた。

 

 それから振り返って離れていこうとするのだが、その際、肩がテーブルに当たってしまい、彼女の体は大きく横に傾いた。

 

 「きゃあっ」

 「ぅおっと!」

 

 俺は慌てて動き、美少女の肩を抱き止める。そのおかげで辛うじて転倒を防ぐことはできたが、咄嗟のことだったので持っていたグラスを落としてしまった。

 さらに、お盆のグラスまで倒れてしまったこともあり、俺のズボンはビチャビチャの状態だ。

 

 「あ、あっ、ごめんなさいっ。ミルフィのせいでお洋服が……! ほ、本当にごめんなさい、申し訳ありませんでした……っ」

 

 それを見た美少女は、見ていて気の毒なくらいに青め、涙目になって謝り始める。

 

 「いや、大丈夫だよ。それよりもケガはないか?」

 「え……? は、はい、ミルフィは大丈夫です……」

 「そうか、だったらいいんだ。これからはもう少し量を減らして運ぼうな」

 

 身を屈めてミルフィと名乗った美少女をなだめた俺は、彼女から盆を受け取ってそれをテーブルに置いた。そもそも運んでいるグラスの量が多すぎるんだ。これじゃあまともに歩けないのは当然。非があるとしたらこれを用意したメイドだし、被害もズボンが濡れた程度だから、大事にすることじゃない。

 

 「大丈夫ですか? ご主人様」

 「ああ、ズボンが濡れただけだ。気にするな」

 「ただいまお拭きします」

 「あっ、み、ミルフィがやりますっ」

 

 気にするな、と言ったのに。

 リヴィアはメイド服のポケットからハンカチを取り出し、俺の足元にひざまずいてズボンをぬぐい始める。すると、ミルフィも慌ててハンカチを出し、リヴィアの隣に並んだ。


 「い、いや、大丈夫だから。キミは――」

 「大丈夫?! ミルフィ!」

 

 リヴィアはともかく、さすがに子どもから世話されるのはプライドが許さない。そう思って彼女をできるだけ優しく拒もうとした矢先、別の女の子たちが駆け寄ってくる。

 

 ミルフィと同じく色違いの可愛らしいゴスロリ服を着た、長い黒髪の子とオレンジブラウンのボブカットの子、そして白い癖っ毛の子、3人の子どもメイドだ。

 

 「あーあー、こりゃあ盛大にやったねぇ」

 「もう! だから言ったでしょ? 気を付けて歩きなさいって! ミルフィはドジなんだから! 運ぶグラスも多すぎたのよ!」

 「あうぅぅ……ごめんなさい……」

 

 黒髪の子に叱られて、ミルフィはしゅんと縮こまる。

 そんな彼女を庇うように、ボブカットの子が2人の間に割って入った。

 

 「まあまあ。ミルフィもあたしたちと一緒にメイドの務めを果たそうとしただけだから。そんなに怒らないであげて。ほら、それよりも先に謝るべき相手がいるでしょう?」

 

 柔和な笑顔で黒髪の子を落ち着かせ、ボブカットの子は俺たちに体を向ける。それから手を膝に置き、深々と頭を下げた。

 

 「申し訳ありません。わたしたちの妹が粗相そそうをしてしまいました。どうかお許しください」

 「申し訳ありませんでした」

 

 次いで、癖っ毛の子も深く低頭ていとうする。

 先に仲間の2人が行動に移したことで、引っ込みがつかないと悟ったのだろう。黒髪の子は俺を睨みつけると、悔しそうに口を引き結んで、勢いよく頭を下げた。

 

 なんでこの子だけちょっと反抗的なのだろうか……まあ、それはともかくとして。

 

 「そんなに謝らなくてもいいよ。俺は大丈夫だから」

 「そーそー。たかがズボンが濡れたくらいだからそんなに気にしないで。それよりもお嬢ちゃんたちだけじゃお片付け大変でしょう? お姉ちゃんも手伝ってあげるからねウヒヒヒヒ……」

 

 俺の返答に続いて、なぜかトルエノが分かったような口で出しゃばってくる。4人を見つめるそのだらしない表情はまさしく犯罪者のそれだ。これを機にミルフィたちとお近づきになろうという魂胆なのだろうが、彼女たちが完全に引いているのに気付いてないらしい。

 

 「い、いえ。お気持ちはありがたいですけど、ここはあたしたちだけで大丈夫ですので。主人候補の皆様は引き続きパーティをお楽しみください。さあ、早く割れたグラスの破片を回収しましょう。ミルフィ、あなたは掃除用具を持ってきて」

 「わ、わかった」

 

 当然、トルエノの申し出を断った4人は、さっそく片付けに取り掛かる。これ以上、ここに留まるのは作業の邪魔だな。

 

 「ほら、言われただろ。邪魔になるから行くぞ」

 「立ちなさい、犯罪者予備軍」

 「あーんっ。そんなぁ~!」

 

 俺はトルエノの首根っこを掴み、ティラリィとイオンは彼女の両腕を持って、協力してその場から引き摺っていく。同盟を拒んでおきながら、まさかこんな形で協力することになろうとは。本当に人生とはままならないものである。


 

 「きゃあっ!」



 そうして歩き出してまもなく、


 後ろからミルフィの悲鳴と同時に、何かが倒れるような音がした。

 




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助けた老人から受け取った鍵は、メイドに支配された閉鎖洋館のものでした〜ご主人様になりますか?それとも死にますか?〜 @uruu

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