第14話 ヘンタイ女主人、登場


 

 誰だこの人?

 

 孤立無援と呼べるこの状況で、俺に近づいてくる女性。日本人離れした筋の通った高い鼻と、ルージュに映える厚めの唇、無造作に流すブラウンの長い髪。

 背は俺より高く、細身でありながら出るところはしっかり出ており、露出の多い赤のドレスがその魅力的な体格と淡い小麦色の肌を引き立てて健康的なエロスを演出している、とびっきりの美女だった。

 

 いわゆるラテン系というのだろうか? 全身からエネルギッシュなオーラを振り撒いているその美女は、素敵な笑顔を輝かせて俺を見つめている。その美貌と、明るく人懐こい雰囲気は、初対面の人間をも容易く魅了することができるだろう。


 だが、その美しさがむしろ、俺の警戒心をマックス状態まで引き上げた。龍彦たちが見ている前で接近してくるだけでも怪しいのに、よりにもよってなんでこんな美女が友好的な空気を纏って俺に話しかけてくるのか。絶対に何か裏があるとしか思えない。

 

 「……誰ですか? あなたは」


 女性から一歩、距離を開けながら俺は訊ねる。

 すると、彼女は形の良い眉を八の字に歪めて困った顔をした。

 

 「やーん、そんなにケーカイしないでよぉ。別にキミにヒドイことしよーなんて考えてないから。ちょっとお喋りしたいから話しかけただけなの。キミが今日、このアジールに新しく来た主人候補のタイガくんだよね?」

 「アジール? ああ、この館のことか……いや、それよりもなんで俺の名前を?」

 「そりゃあメイドの子たちがいっぱい噂してたし。あっ、わたしも自己紹介するね。キミと同じ主人候補で、トルエノ・レオン・アートってゆーの。気軽にトルエノでいーよ! それからこの子たちがわたしのメイドちゃんたちね」

 

 美女――トルエノは後ろに控える2人のメイドを手で示した。俺から見て右にいるのが、フレンチタイプのメイド服を着た赤毛の女性。俺よりやや年上くらいだろうか? 露出の多いメイド服にはあまりよろしくない豊か過ぎる胸部を備えており、見た目が可愛いこともあって目のやり場に困る。


 そして左にいるのが、姫カットをした腰まで届く黒髪のメイド。こちらは10歳くらいの幼い容姿をしている。リヴィアが言う、500号代のメイドとは彼女のことだろう。本当に子どもまでこの戦争に参加しているんだな。


 「こっちにいるのがティラリィちゃん。そしてこっちがイオンちゃん。どう? どっちもすっごくカワイイでしょー? はぁい、2人ともご挨拶ぅ~」

 「216号室担当のティラリィです。よろしくお願いします」

 「…………」

 

 トルエノに促されて、2人のメイドは共に頭を下げた。そのうち、ティラリィという女性は挨拶の言葉を述べたが、イオンの方は終始、無言だった。姿勢を戻した後も口を開く素振りを見せずにこちらをジッと見つめてくるだけだ。どうやら無口な性格の子らしい。


 「……それで、俺に何の用ですか?」

 

 飽くまで警戒心を維持したまま、俺は次の質問を送る。名前は分かったが、まだ肝心の用件は聞いてない。それが明らかになるまで……いや、用件が判明した上で、どうして俺を頼ってきたのか。彼女が何を企んでいるのか、その真意を確かめるまでは疑ってかかっておくべきだ。

 

 「えっとねぇ、用っていうのは……」

 「ちょっと待ちなさいよ」

 

 俺の質問にトルエノが答えようとした時だった。不満げな顔をしたティラリィが口を挟んでくる。

 

 「こっちが律儀に自己紹介してあげたのよ? だったら、そっちも改めて自己紹介するのが礼儀ってモンじゃないの? 質問より先にさ」

 「……そりゃあ、普通の出会いだったらちゃんと挨拶してるさ。でも、今回はそうじゃない。悪いけど、アンタたちは得体が知れないからな」

 「はぁ? 得体が知れない、って失礼ね。他の候補者様からハブられて可哀想なアンタを見て、せっかくご主人様が話しかけてやったのに。なによその言い方は!」

 

 俺が言い返すと、さらに表情を険しくしたティラリィが大きな胸を揺らしながら前に出てきて、前かがみになりながら上目遣いで睨みつけてくる。その結果、見事な谷間がお披露目ひろめされる形になり、俺は慌てて顔を逸らした。

 

 そんな俺の視線と反応から察したのだろう。ティラリィは胸を両腕で庇いながら上体を起こし、赤くなった顔で怒鳴った。

 

 「ちょっとどこ見てんのよバカ! 人が忠告してあげてるのに、このヘンタイっ! これだから男ってヤツは……!」

 「い、いやっ、そんな服で今みたいなポーズ取られたら、誰だって注目しちゃうのは仕方ないだろ?! というかなぁ、見られたくないならそんな露出の多い服を着てんじゃねーよ!」

 「はあぁ?! なんでアンタにそんなこと言われなきゃいけないの?! 変えようにも、これが200号代の基本的なメイド服なんだから仕方ないでしょ?!」

 

 えっ、そうなの? そんなエロいメイド服が200号代の基本衣装なのか?

 あっ。そーいえば同じ200号代のアーミィが着てたのも似たようなフレンチタイプのメイド服だったな。彼女も大人びた容姿をしていたし……目の前のティラリィといい、スタイルの良い女性にこんな洋服をあてがうなんて、あの爺さんは何を考えてたんだ?

 

 「コラコラ~。2人ともケンカしちゃダメーっ」

 「ひょわああっ?!」

 「がぶっ!」

 

 記憶の片隅にある、行き倒れの老人に想いを馳せていた時である。トルエノがティラリィに後ろから抱き着いて仲裁に入った。

 いや、抱き着いた、なんて生易しいものではない。思いっきりティラリィの背中に飛び込み、それと同時に彼女の大きな乳房を両手で思いっきり鷲掴みにしたのだ。

 

 次の瞬間、仰天ぎょうてんしたティラリィが振り返り様に放った右ストレートがトルエノの顔面に見事に決まり、彼女は床に後頭部から倒れ込む。

 

 突発的に発生した、まさかの騒動。キャットファイトとはとても言えない出来事を目の当たりにし、俺は唖然となって立ち尽くす。

 が、彼女たちにとっては恒例の行事なのか。トルエノはダラダラと鼻血を流しながら何事も無かったかのように起き上がり、胸を押さえて目を剥いているティラリィにグッドサインを突き付けた。

 

 「ん~♪ 相変わらずのずっしりモチモチのクセになる感触。今日もいいおっぱいだね! さすがよ、ティラリィちゃんっ」

 「はぁ……はぁ……こっ、この、万年発情期ヘンタイ主……! 誰もいないならともかく、こんな大勢がいる中で……男の人が見ている前で仕掛けてくるなんて。馬鹿じゃないの?! 欲求不満をこじらせて脳みそ腐ったの?! そんなに揉みたきゃ部屋の隅で自分の立派なものでも揉みしだいてあえいでろよッ!!」

 「なによー、ただの主とメイドのスキンシップじゃない~。あぁ、でもぉ……ハァ、そんなゴミを見るような目で見られるのも……ハァハァ、悪くないかもぉ……」

 「いっぺん死んだ方がいいわよ、マジで。安心して、絶対に止めないし助けないから」

 

 いよいよ瞳から光を消して、氷のような温度の無い暴言を主にぶつけるティラリィ。

 すると、トルエノはみるみる涙目になり、

 

 「ふえええええんっ! ティラリィちゃんがいじめるよぉ~! 助けてイオンちゃ~んっ」

 「っ??」

 

 呆れ顔で事態を傍観していたイオンの懐にダイブした。

 そんで、咄嗟とっさのことで動けない彼女のまったく膨らみの無い胸にグリグリと顔面を擦り付け始める。

 

 「ちょっとしたスキンシップなのにぃ。ティラリィちゃんがお姉ちゃんに酷いこと言うのぉ! 慰めてイオンちゃんっ。スウウウウウッ……そのちっちゃなおててで可哀想なお姉ちゃんにヨシヨシしてぇ。ハァハァ……このペッタンコなお胸でいっぱい癒して~っ! スウウウウウウウウウウッッ!」

 「――っ!」

 

 バチーン!!

 

 「あううっ」

 

 その挙句、服に顔面を押し付けて執拗に深呼吸を繰り返せば、そりゃあフルスイングの張り手の一発も叩き込まれてしかるべきである。

 

 そして、またもやカーペットの上にひっくり返ったトルエノは、されど恍惚こうこつな表情を浮かべて、

 

 「あぁ……しやわしぇ……」


 と、主の威厳の一欠片もない感想を呟くのだった。

 


 ……いや、本当になんなの? この人。


 

 「あっ、それじゃあ僕たちはもう行きますね。今回は話しかけてくれてありがとうございました。いつか、機会があったらまたお話ししましょう」

 「ああっ、待って待って! そんなもう二度と会う気が無い人に送る社交辞令的なこと言って離れていかないでよぅ」

 

 別れの言葉を述べながら会釈をして、俺はその場から立ち去ろうとする。

 が、素早く起き上がったトルエノにしがみつかれて、脱出はあえなく失敗してしまった。

 

 「ちょ、放せよ! なんなんだよさっきから?! 俺はアンタらのコントに付き合ってる場合じゃないんだよ!」

 「むぅ~! コントじゃないもん! わたしたちだって真剣だもん! 真剣にみんなで話し合って、キミをお誘いしようと考えたんだもん!」

 「ああ? お誘い?」

 

 「そうだよ」とトルエノは頷き、取り出したハンカチで鼻血を拭いながらゆっくりと立ち上がる。

 

 そして、張り手によって腫れた左頬をわずかに吊り上げて、彼女は言った。

 


 「ねえ、タイガくん。わたしたちと同盟を結ばない?」

 

 



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