第13話 唯一の革命者



 「メイド長主催によるパーティの始まりは、ある主人候補が主人同士の交流と情報交換の場を彼女に提案したことがきっかけでした」


 メインホールを目指して薄暗い館内の廊下を歩く道中。

 先行するリヴィアが唐突に話し出す。


 「終わりなき闘争と、それに翻弄ほんろうされるメイドたちの運命に心を痛めたその方は、主人候補同士の協力でこの戦争を終わらせようと考えたのです。いえ、主人たちが力を合わせることでしかこの戦争を終わらせることはできない……多くの主人候補と渡り合い、数々の戦いを生き抜いてきた経験から、その結論を導き出したのでしょう」

 「そのために主人同士の交流の場を求めた……ってことか。確かに、主人候補同士で蹴落とし合ってたらいつまで経っても終わらないからな。対立じゃなく、協力する道を選んだわけか……」

 「その通りです。その話を最初にメイド長に持ち掛けたのは、戦争の見届け人であり、空間を操る能力を持つ彼女だけが、他の主人候補と交信できる唯一の存在だったからです。以後、メイド長が仲立ちとなって話し合いが進められ、そして、彼女立会いの下、主人候補同士による初会合が行われました。それを契機けいきに会合は定期的に開かれるようになり、その度に規模と人数を増していくことになります」

 「つまり……その提案に賛同する人が多かった、ってことだな?」

 「ええ。戦争に辟易へきえきしていたのはその方だけではありませんでした。主人候補は他の主人候補を敵視し、なるべく関わらないようにすることが当たり前だった当時の世相に、その提案は非常に画期的で、多くの支持者を集めました。そして、会合の参加者たちでグループを結成し、組織立って動いて戦争の終結を目指したのです」 

 「なるほど…………でも、まだ戦争が続いてる、ってことは……」

 「お察しの通り、計画は失敗に終わりました。今日こんにちのメイド長主催のパーティは、主人候補たちによる会合を円滑に進めるため、彼女がお茶菓子や軽食を振る舞い始めた流れをんだものであり、参加者が順守することになる紳士協定もそこを起源としています」

 「なんでパーティにペナルティが設定されているのか疑問に思ってたけど……そういうことだったのか。本質はメイド集めじゃなく、主人候補同士の交流なんだな。で、その話をここでするってことは……」

 

 俺が目で促すと、わずかに首を回してこちらを見たリヴィアは小さく頷いた。

 

 「さすがご主人様、聡明であられます。メイドの勧誘も大事ですが、この機に我々も他の主人候補との協力関係の締結を進言しんげんいたします」

 「確かにな……全てのメイドを集めることもロイヤルナインを仲間にすることも、1人では現実的に厳しい。防衛力を高めるためにも協力体制は必須……って理屈は分かるんだけどな。実際のところ、そううまく行くものなのか?」

 「ええ……戦争の終結が新たな当主を決めることである以上、その席に誰をえるか……争点となるのはそこでしょう。しかし、戦争に嫌気がさしている者。三頭連合に反抗心を持つ者や、現在の状況を変えたいと願う者はきっといるはずです」

 「……そうだな。誰を当主にするかはおいおい考えればいいとして、まずは同志を見つけないと。一緒に戦うことは無理だとしても、不可侵条約を結べたり、情報交換などの部分的な協力はできるかもしれないし」

 「はい。そのためにもここはおくすることなく、他の主人候補と積極的に交流していくべきでしょう」

 「分かった。三頭連合に目を付けられた以上、ゆっくり安全に、なんて言ってられないんだ。ここは当たって砕ける覚悟でパーティに殴り込むとするか!」

 「その心意気です、ご主人様。ご安心ください。どのような結果になろうとも、私たちが命を賭してあなたの御身おんみと志をお守りします。だから、胸を張って我が道をお進みください」


 振り返って微笑み、けれど眼差しは真剣にリヴィアは言う。俺はその瞳に頷いて応えた。

 

 この館での……いや、人生で初めてのパーティ。しかも俺は、現時点で主人戦争に最後に参加した新参者だ。どんな目で見られるか……どんな扱いを受けるか、緊張していたけど、リヴィアの笑顔を見ていると心が落ち着いて、そしてその言葉のおかげで勇気が出てきた。彼女たちがいてくれれば何も怖くない。いや、違うな。彼女たちの覚悟に相応しい主として振る舞っていかなければ。


 リヴィアもまた頷くと、きびすを返して歩みを再開する。俺は言われた通り胸を張ってその背中に続いた。


 まもなくして、通路の途中に突如として出てきた、数人のメイドたちが左右に並んで待ち受けている会場入り口に辿り着く。彼女たちもヘラデリカさんの指揮下で動く野良メイドたちなのだろうか? 俺たちを見て頭を下げるメイドらに見送られ、会場内に入った。

 

 メインホールは、奥に高砂たかさごのような一段高いステージが設けられているだけの広々とした空間で、六つの大きなテーブルが円を描くように配置されていた。その周辺にはメイドを控えさせた俺と同じ燕尾服を着た男や、イブニングドレスを着用した女性たちが集まっており、飲み物を運ぶメイドたちから受け取ったジュースやらワインなどを飲みながら、それぞれのグループで談笑している。彼らが恐らく主人候補か……それにしても人数が少ないな。俺を含めても10人いるかいないかだぞ、これ。

 

 「あれ? まだこれだけしかないのか? 開始は6時からだよな?」

 「そもそも主人候補は全員で20人にも満たないですからね。さらに不参加の方も考慮すれば、この程度の人数になるのは致し方ないことです」

 「はぁー……せっかく広くて内装も豪華なのに、参加者がこれだけってなんか寂しいな……って、ん?」


 人数の少なさ故か、会場入りした俺に注目が集まってくる。その瞬間、小規模ながらも流れていた和気藹々わきあいあいとした雰囲気が凍った……気がした。


 なんだろう? 嫌な予感を覚えながらも、目的を果たすために俺はできるだけの愛想笑いを浮かべながら近くのグループへと近づいていく。


 「は、初めましてー。俺は今日、この館にやってきた九賀谷……あ、あれ?」


 しかし、俺が話しかけた途端、集団は蜘蛛くもの子を散らすように離れていってしまった。俺のことを一切無視して、まるで示し合わせたかのように。

 

 何か俺が無礼でも働いてしまったのだろうか? それとも、すでにその人たちだけでメンバーが固定化され、部外者を好まないグループだったり?

 よく分からない心境のまま、別のグループに近づいてみる。だが、結果は同じだった。それどころか、俺が声を掛ける前にはもう、散り散りになって遠ざかっていくのだ。

 

 そして、全員から注がれる排他的な視線。俺に関わりたくない、と彼らの目ははっきり訴えかけていた。なんだ? どうして俺はこんなにも拒絶されているんだ? 新参者、って理由だけでこんな扱いを受けるものなのか?

 

 「やはり……すでに広がっていましたか」

 

 現在の状況が理解できず、部屋の中央で立ち往生していると、歯痒そうなリヴィアの呟きが聞こえた。

 

 「リヴィア、なにか知ってるのか? この状況のことを」

 「はい……恐らくですが、ご主人様が三頭連合に宣戦布告したことを、彼らはすでに知っているのだと思います。彼らの態度は、その対立に巻き込まれたくない、という意思表示でしょう」

 「そんな……まだたったの数時間だぞ? それなのにもう全ての主人候補に知れ渡っているのか? どうして?」

 「これも恐らくですが……野良メイドの仕業でしょう。なにせ、何も話題が無い場所ですからね。それ故に、些細ささいな問題でも彼女たちの井戸端会議のさかなになります。それが主人戦争最大勢力の組織に、新しく参加したばかりの主人候補が反抗した、となれば……」

 「情報は瞬く間に拡散されて……それで、彼らの耳にも届いた、ってことか……」

 「こうなる前に協力体制を構築しようと考え、早めの会場入りを目指したのですが……野良メイドの噂好き具合というか、伝達能力を甘く見ました。ともかく、三頭連合が来る前に関係だけでも作っておかなければ、来てからでは――っ?!」

 

 

 ――どよっ。



 俺の登場により、静まり返っていた会場がにわかに沸き立つ。全員が注目する先は部屋の入口。危機感に駆られて振り返れば、三頭連合のうち未久実みくみ龍彦たつひこが、ひときわ高級そうな礼服を着用し、多くのメイドを伴って場内に登場した。


 「龍彦様、お待ちしてました!」

 「未久実様、こんばんは! 本日もお綺麗で! ドレスもよく似合っています!」

 「ロドリオ様は本日は不参加なんですか? 最近、契約を結んだメイドのことで少しお話ししたいことがありまして……」

 

 すると、主人候補たちは目の色を変えて、我先へと2人の許へ駆け出していく。あからさまな笑顔を作り、ひたすら下手に出て対話を求めるその様は、さながら飼い主に尻尾を振る愛玩犬のよう。これだけで彼らの思想と、館内における力関係がありありと窺えた。

 

 しかし、2人を守るメイドたちによって阻まれ、誰も龍彦たちに近づくことはできなかった。

 そして、メイドたちの誘導によって2人は会場内を進み、その途中で俺の存在に気付いて足を止めた。

 

 「おーぅ? 小汚ぇ庶民がいるかと思ったら、オレたちにケンカを売った新しい主人候補様じゃねえか。てっきりそのまま部屋の中に引き籠ると思ってたのに、こんな場所に出てくるなんてなぁ。オレたちがパーティに参加することは予想できたはずなのに……良い度胸してるじゃねえか。ああん?」


 好戦的な笑みを輝かせて、龍彦は俺にすごんでくる。すかさずリヴィアが俺を守るように前に出てくると、それに触発されるように2人側のメイドたちも臨戦態勢を取り、場は一触即発の空気に包まれる。

 

 「龍彦、いい加減にしなさいよアンタ。ここで問題を起こしたらダメだって、ロドリオから注意されたばっかりでしょ?」

 

 その流れを断ち切ったのは未久実だった。龍彦と違い、俺を無視して横を通り過ぎた彼女はそこで振り返り、煩わしそうにヤツに言う。

 

 「はいはい、分かってるよ」と案外、素直に答えた龍彦は再び俺に目を戻し、さらに俺の周りに視線を配った。

 

 「あん? そういえばオレ様がくれてやったメイドはどうしたよ? さんざん楽しんでベッドの上か? それともやっぱりオレ様のお古は嫌で捨てちまったか?」

 「そんなワケねえだろ。彼女は今――」

 「ご主人様」

 

 カッとなって言い返そうとした矢先、リヴィアの力強い声がそれを遮る。

 そうだ、なんのためにゼルが俺の影に潜んでいると思っている。いざという時、俺を敵の攻撃から守るためだ。その奇襲とも言える防衛手段は、相手が知らないからこそ成立する。ここでそれを俺が暴露することは、彼女の能力と努力を台無しにすることに他ならない。

 

 「あ? 彼女は今……なんだよ」

 「……いや、なんでもない」

 「はっ、なんだよそれ。言えない、の間違いだろ? 調子いいこと言って、結局テメェもメイドを自分の都合の良いように扱ってたんだろ? そんな口先だけのクズ野郎が偉そうに人に説教たれてんじゃねーよボケが!」

 

 俺を罵倒し、さらに高らかに笑いながら龍彦は俺の横を通り過ぎていった。その後に続いて、なぜか他の主人候補たちも勝ち誇ったような顔で俺を見ながら横を通過していく。いつの間に取り巻きにジョブチェンジしたんだお前らは。


 そして、ステージ近くのテーブルを陣取った連中は、これまでよりも一層の賑わいで談笑を始める。まあ、談笑というか、龍彦と未久実を囲んで、誰が一番、2人に気に入られるかを決める絶賛合戦をしているようなカンジだけど。

 

 「はぁ……ありがとな、リヴィア。途中で止めてくれて……ゼル、悪かった。もう少しでお前の努力を無駄にするところだった」

 

 そうしてポツンと孤立することになった俺は、足元の影を見下ろして詫びる。人の目があるから出てこれないだろうが、きっと彼女のことだ。「別にいい」とか言って許してくれるんだろう。


 「お気を付けください。メイドの能力は特に守秘すべき事柄。その知識の有り無しで戦闘や防衛に多大な影響を及ぼします。特に保有するメイドの数が少ない状況においては致命的なので」

 「ああ、心得ておくよ。しかし、参ったな……俺に関わりたくないだけならまだしも、三頭連合側について俺を敵視しているヤツばっかりじゃないか」

 「まあ、彼らに逆らったら命の保証はありませんからね。敵対するよりも、彼らが主人戦争を制することを見越して友好関係を築き、庇護下に入ったり、何かしらの恩恵を受けたいと考えているでしょう」

 「あいつらにケンカを売る……この体制を変えようとする革命者は俺くらい、ってことか。これじゃあ協力してくれる人なんて……」

 

 諦めかけた、その時――

 

 「やっほー。そこのキミ、ちょっとお話いいかなぁ~?」

 

 妙にハイテンションなお姉さんが俺に話しかけてきた。





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