第12話 小さな矛盾点
「…………んん……」
軽い頭痛に促されて、俺はゆっくりと目を開ける。そこは殺風景な広い部屋の奥に設置されたベッドの中だった。
なぜ、俺はこんなところにいるんだろう? 直前の記憶がすっぽり抜けている。
なんか似たような経験をつい最近……というか、恐らく数時間前にした記憶があるんだが。
「……デジャブってヤツか、これが……」
「お目覚めになられましたか、ご主人様」
そして、俺を覗き込むクールな半眼も、また。
俺の介抱をしていてくれたのだろう。ベッド横の椅子に座っていたリヴィアは、サイドテーブルに用意されていた水差しを持ち、その隣にあるコップに中の水を注ぎ始めた。それから、
俺は礼を言いながらそれを受け取ると、一気に水を飲み干した。カラカラだった喉が潤い、火照った体が内側から冷まされていく快感に思わず息が漏れる。
「はぁぁ……生き返った」
「よっぽど喉が渇いておいでだったんですね。もう一杯、いかがです?」
「ああ、頼む。……あれ? っていうか俺、なんでベッドに…………あっ」
リヴィアの手で水が注がれていくコップを眺めながら、この状況に至った経緯を振り返る。確か、ヘラデリカさんが主催するパーティに参加することを決めたはずだ。そして、服を着替えるついでに、
思わず、リヴィアに非難の目を向ける。すると、水を注ぎ終えた彼女は水差しをサイドテーブルに置き、立ち上がって俺に頭を下げてきた。
「申し訳ありませんでした。奉仕のためとはいえ、少し度が過ぎましたことをお詫び申し上げます。主に危害を加えるなど従者としてあるまじき行為。慎んで猛省いたします」
「そうだよ。俺に良くしてくれるありがたいけど……さっきのはやり過ぎだ。今後はああいうのは止めてくれ。それと、もう少し自分を大事にしてくれ」
「申し開きもありません。全てご主人様の仰る通りです。私は完全に認識を間違えていました。今回の結果を真摯に受け止め、
「……もういいよ、そんなに謝らなくても。確かにちょっと過剰なところもあるけど……それも全ては俺を想ってのことだし。なんだかんだ言って感謝してるからさ、そこまで反省しなくても……」
「まさか、あの程度のアピールで意識を失われるほどに、ご主人様にとって私の体が魅力的だったなんて……自己評価とご主人様のヘタレっぷりを甘く見ていました。認識を改め、程よいスキンシップでご主人様の理性ギリギリのラインを攻めていきますので、これからのリヴィアにご期待ください」
「やっぱりずっと反省しとけ、お前は」
少しでも同情した俺が馬鹿だった。何も反省する気ねーじゃねえかこいつ!
「さて、それではちょうどいい頃合いですし、パーティの支度を始めましょうか」
さらに目付きを鋭くする俺から顔を背け、気を取り直すかのように声調を明るくしたリヴィアは、ベッドから離れていく。
「え? あっ……そうか、パーティが……いま何時だ?!」
その言葉を聞いた俺は、改めてパーティの存在を思い出し、リヴィアに焦って訊ねた。悠長に話してる場合じゃない。寝過ごして参加できなかった、なんて笑い話にもならないからな。
「ご安心ください。現在時刻は5時前。パーティは6時からなのでまだ時間はあります」
「そ、そうか……ならよかった」
「ですが、あまり余裕があるわけではありません。出来れば、三頭連合よりも先に会場に入っておきたいところ。なので、どうぞこちらにいらしてください」
リヴィアは中央のテーブルの近くで足を止め、俺を促してくる。テーブルにはすでに洋服一式と下着類が用意されていて、そこで着替えを行うようだ。
「ああ……というか、まさか着替えはお前がやるつもりか? いいよ、自分でできるから」
「いいえ。主のお召替えの手伝いもメイドの務めですので。先ほどのような過度のスキンシップはしませんので、ご安心ください」
「いや、だけど……女の子に着替えを手伝わせるのはなぁ……」
「今さら何を
「え?」
指摘され、俺は自分の有様を確認する。
肌触りだけで上質なシルクで作られたのだと分かる、純白のバスローブ。そしてその下は裸であり、パンツすら履かされていなかった。
そのことに今さら気付き、急速に顔に熱が帯びていく感覚に駆られながら俺はリヴィアに視線を戻す。
対して、リヴィアはうっとりと目を細めて、
「ふふふ……ご主人様の夜の指揮棒、たいへんご立派であらせられました。気を失われた後もパンパンのガチガチで……苦しそうだったので解消して差し上げようかとも考えたのですが、メイドのいいように扱われては主の
「お、お前なぁ……!」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいではありませんか。すでに共にお風呂を済ませた仲……そうでなくとも、そう遠くない未来、お互いの裸の
「す、隅々までって!」
「さぁ、お召替えを致しましょう。ゼル! あなたもいつまでも寝てないでメイドの務めを果たしなさい!」
「む~~~~~」
「うおあっ?!」
俺に向けていた
「ほら、ご主人様のお召替えの時間ですよ。あなたも早く自分のメイド服を着て支度を手伝いなさい」
「わかった……」
目を擦りながら頷くゼルは、ベッドから下りるためのそのそとお尻で移動を始めた矢先、俺に顔を向けてきた。
「ご主人様、おあよう……」
「あ、ああ。ここにいたのか……というかなんて恰好で寝てるんだお前は」
「いつも寝る時はこうだし……それに、わたしもいつか……ご主人様に体を隅々まで見せることになるから……別に、いい……」
聞いてたのかよ、今までの話。ってか、お前もかよ。
「……でも、少し心配」
「心配?」
「うん……前のわたしは知らないけど……今のわたしは初めてだから。ご主人様の指揮棒……ちゃんとわたしの中に入るか心配。痛いのは慣れてるからいいけど……わたしのここ、ちっちゃいから……ご主人様を、ちゃんと気持ち良くできるか……わからない……」
俺に向けてM字開脚をし、さらにショーツのクロッチ部分を人差し指でつぅ、と
ピクン、とバスローブの下で指揮棒が跳ねた。
「よーし! お召替えだぞゼル! その前にお前が着替えないとなー! 待っててやるから早く着替えなさい!」
「わあっ」
俺は頭から浴びる勢いでコップの水をイッキすると、急いでゼルをベッドから追い出して掛布団を頭から被り、情報の一切をシャットアウトする。もうこれ以上、彼女たちに付き合ってたら精神が持たない。お召替えでもなんでもするからとにかく今は冷静になれる時間が欲しい!
そうして強引に1人の空間を作り出した俺は、ゼルがメイド服に着替える衣擦れの音に耐えながら、今にも直立しそうになるマイサンを必死に
その後、なんとか頭と下半身の冷静を取り戻した俺は、ベッドから出て大人しくリヴィアたちの奉仕を受けた。
さすがに彼女たちも自粛を覚えたようで、特に過剰なアピールも無く、着替えは無事に完了する。
用意されたのは、昔の映画で見た、ヨーロッパの貴族たちが着るような
「へぇ……俺みたいなガキがどうなるものかと思ってたが……案外、似合っちゃうんだなぁ」
「ご主人様は体格がいいですからね。服のサイズはいかがでしょう? 苦しいとか、長さが足りないとかありますか?」
「いや、腕も足も肩幅もピッタリだよ。すごいな、よくここまで詳細に俺の体のサイズに合わせられたモンだ」
「そりゃあもちろん。ご主人様をベッドまでお連れする最中、イロイロと確認させてもらいましたからね」
「おいこら」
再び非難の目を向けると、リヴィアは小さく微笑みながら姿見を壁際に戻していく。まったく、本当に反省しているのやら。
……ん? いや、待てよ。
リヴィアがこの服を持ってきたのは……風呂に入る前、だよな?
「おい、リヴィ――」
「では、パーティ会場に向かいましょうか。私が先導しますので、逸れないようについてきてください。ゼル、あなたは予定通り、ご主人様の影の中へ」
「うん」
そのことについて問い質そうと思ったが、先にリヴィアが切り出したことでチャンスを逃してしまった。まあ、何が何でも明らかにした疑問でもないし……思い出した時でいいか。
「さぁ、ご主人様。参りますよ」
「ああ、分かった」
ドアの前に立ち、呼びかけてくるリヴィアに応えて、俺は歩き出した。その際、部屋の隅に不自然に置かれた小さなテーブルが目に入る。
……あれ? あそこにあった写真立てが無くなってる。いつの間に?
「どうされました?」
「……いや、別に」
「お言葉ですが、他のことに気を回さず、集中してください。これから向かう先は三頭連合を始め、ご主人様と当主の座を賭けて競う候補者様たちが待ち受けている場所なのですから。気を引き締めて挑まなければ」
「ああ、分かってる。行こう」
「ええ」
まあ、何が写ってたのかは気になるが、それも絶対に知りたい内容、ってワケでもないし。今はリヴィアの言うとおり、パーティに集中しよう。
自分自身に言い聞かせた俺は、リヴィアが開けてくれたドアを通り、パーティ会場に向けて移動を開始した。
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