第11話 お風呂の世話は結構だと言ったよな?
朝食の準備に取り掛かった際、リヴィアが通ったドア。その先には簡易キッチンがあり、さらに奥に造られているのが脱衣所と浴室だった。
中に設置されているのは細長いバスタブと、それに繋がる給湯器のような機器。その他、シャンプーらしき洗剤などの各種道具が隅の小棚に用意されている。
見たところ、シャワーは取り付けられていない。バスタブからお湯を汲み取って体を洗うカンジなのだろうか。そう考えながらバスタブに張られたお湯を手で確認してみると、まさに入り時と言えるくらいの適温だった。
「いつの間に準備してたんだろうな……考えられるとしたら、朝食を用意している時くらいか」
しかし、朝食を取った後はすぐに出かけて、今の今までこの浴室には立ち寄ってないはずだが。まあ、魔法なんて超常の力が存在する世界だ。それを利用した自動運転技術が確立しているのかもしれない。
「ってことは、俺が風呂に入るのは想定内だった、ってことか……。パーティに参加するなら
こっちに転移する前の、地球最後の夜。義理母の気まぐれか、悪意あっての行動か……まあ、後者だろう。風呂のお湯を抜かれて、体を洗えないまま寝る羽目になったからな。あの爺さんを助けた際、付いた汚れや冷えた体を温めたいと思ってから、ちょうどいい機会だ。
「しかし、まいったな。早く体を洗いたいんだけど……どれがシャンプーでどれがボディソープだ?」
バスチェアに座り、小棚からいくつかのボトルを取ってみる。だが、表記されているのはこちらの世界の文字らしく、どれがどれなのかさっぱり分からん。他にもケースに個別に納まっている石鹸のような緑色の塊や、中に薔薇が浮かべられた透明の細長いボトルなどもあって、何から手を付けるべきなのかちんぷんかんぷんだ。
「ご主人様。湯加減はいかがでしょう?」
そうして小棚のバスグッズとにらめっこしている時である。背後のドアの向こうからリヴィアの声がやってきた。俺はすかさず振り返ってドア越しに答える。
「ああ、お湯を温度はちょうどいいくらいだけど、体を洗うのがな……これ、どれがシャンプーなんだ?」
「まあ、なんということでしょう。完璧メイドである私としたことが、ご主人様がこちらの言語に精通してないことを失念しておりました。申し訳ありません。ただちに対処いたします」
すると、何やら妙に芝居がかった声が返ってきて、次に衣擦れの音が微かに聞こえるようになってきた。まさかと思い、
「おい、何をしている? まさか入ってくるつもりじゃないだろうな?」
「もちろん。ご主人様に入浴の指南をしなければなりませんので」
「いいから! そこから説明してくれるだけでいいから! 絶対に入るなよ? 絶対だからな!」
「そうですか……分かりました」
「そ、そうか。よかった、分かってくれたなら……」
「では、失礼します」
「きゃーーーーー!!!(野太い悲鳴)」
ホッとしたのも束の間、ドアが
俺は慌てて正面に顔を戻す。
だが、もう完全に目に焼き付いている。リヴィアの生まれたままの姿を。細くも引き締まり、程よい肉付きを誇る肢体を。大きいながら重力に負けず、歩く度にたぷんたぷんと弾むおっぱいの光景を。そして、美しい流線を描く腹筋と、その下に薄く備わる毛に守られた一筋を。一瞬なのに、余すことなく脳裏に保存されている。ああ、いかん。下半身に急速に血が集まってきた!
「分かったって言った! 分かったって言ったのに!」
「ええ。ご主人様のお言葉は理解しました。ただ、それに従うとは言ってません」
「メイドは主の意向に従うんじゃなかったのかよ?!」
「時として、ご主人様の過ちを正すのもメイドの役割なのです」
と、都合の良いことを垂れながら俺のすぐ後ろに座り込む(ような気配がする)リヴィア。このまま居座る気マンマンじゃない?!
「お前の行動が過ちだ! メイドだからって、年頃の女の子が男の風呂の中に入ってくんなよ! いいから早く出てけ!」
「なんですか今さら。もうとっくに1人を連れ込んでいるのに、私はダメだと
「は?」
とっくに1人を連れ込んでいる? 何を言ってるんだ? 浴室には俺1人で入ったはず。他の誰かなんて…………いや、いや。
「……ウソ、だろ?」
ゆっくりと視線を落とす。
ドアの上部に設置された電灯によって前方に作られた、俺自身の影。
まさか……。
まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか!!!
「…………おい、ゼル」
ある種の絶望感を覚えながら、影に向かって彼女の名前を呼んでみる。
そうであってくれるな。俺を混乱させて、なし崩し的にこの状況を受け入れさせるためのリヴィアが放った虚言であってくれ。
必死に心の中で祈った……しかし、
「はーい」
「きゃーーーーーーーーーーーーー!!!(野太い悲鳴)」
祈りも虚しく、褐色肌の少女が目の前に飛び出してくる。しかもこいつも全裸! 小さいけど形の良いおわん型のおっぱいが唇の先で美味しそうに揺れる!
「ホントにいた?! いつの間に俺の影の中に?!」
「ご主人様がキッチンを歩いてる時に……だって……常に影の中にいろって……言われたし……」
「それはそうだけど、時と場合ってモンがあるだろう! ってゆーかなんでお前も裸なんじゃあ!」
「お風呂は……裸で入るのが、常識だよ? 知らないの……?」
常識を説かれた。知り合って間もない男に惜しげもなく裸を見せつけている変態に。悔しい。
「では、ご主人様の湯浴みの奉仕をさせていただきます。ゼル、あなたも手伝いなさい」
「うん……」
そして、さっそく俺の世話を始めようとするリヴィアとゼル。
「ちょちょちょ、待て! ほ、ホントにこのまま一緒に入るの?! それはマジでヤバイから!
「これもメイドの務めでございます。他の主人もきっとメイドに同じことをやらせているでしょう。実際、三頭連合の1人、ゲンドウ・タツヒコ様は本館一階にある大浴場を占領し、毎晩のように従えたメイドたちにアレコレ奉仕させているらしいですからね」
ああ、俺を殺しにかかったあの男か。あいつならやりそうだな。
「だ、だからって、
「……うん。わたしは、戦うことしかできないメイドだから……こういうのは、得意じゃないし……やりたいとは、思わない」
「戦うことしか、ってのもどうかと思うけど……でも、それなら……」
「だけど……あなたのためならしてもいいと思うし、頑張りたい……と思う」
なんで? なんでそこまで懐いちゃってるのこの子?!
「では、結論が出たところでやっていきましょう。まずは頭から始めます。ゼル、シャンプーを取ってください。私は後頭部から始めますので、あなたは前から」
「わかった」
コクリと頷いたゼルは小棚にあるボトルの一つを取ると、俺の頭に覆いかぶさるように立つ。そうすれば当然、視界が褐色肌に埋め尽くされることになり……大事なところを目撃する前に、俺は慌てて瞼を閉じた。
間も無く、頭の前後に異なる手の感覚が訪れて、2人による奉仕が開始される。
「ゼル、そのやり方では頭皮を痛めてしまいます。爪ではなく指の腹で、頭皮を撫でるようなカンジでやりなさい」
「こう……?」
「そうです。生え際やもみあげ部分も抜かりなくするのですよ。ご主人様、力加減はいかがですか? どこか痒いところはございますか?」
分かるかよそんなん。緊張ガチガチの心臓バクバクで何も感じてこないよ。強いて言うなら両手で必死に隠している、もう完全にスタンドアップ状態の一部分がむず痒いよ。でもそんなこと言えるか!
「……まあ、ご主人様ったら。そんなに緊張せず、体の力を抜いてリラックスしてくださいませ。風呂場は心と体の疲れを癒すところですよ?」
「ムチャを言うな……」
「まったく。この程度のことで
「できるかそんなこと!」
ダメだ。リヴィアに主導権を握らせたらどんどんこいつのペースになってしまう。そのうち本当に2人を襲いかねないぞ。そんなの、やってることが龍彦と変わらないじゃないか! 俺は絶対にあいつのようにならないぞ。せっかくゼルだってあいつの支配から逃げられたっていうのに…………ん?
待てよ、そうだ。ゼルは元々、龍彦のメイドだったんだ。
そして、さっきリヴィアの話は……。
「……じゃあ、ゼルもそうだったのか?」
洗髪が終わり、頭からお湯を掛けられて泡を完全に落としきった後。
下に見ないように気を付けながら目を開けた俺は、ゼルに向かって切り出した。
質問の意図が分からないのだろう。ゼルはぼんやり顔を少し傾ける。俺はさらに続けた。
「ゼルは、前の主人のことを覚えているか? あいつにどんなことをされたか、どんな扱いを受けていたか……何も知らないか?」
従えたメイドたちにアレコレ奉仕させている……そうリヴィアは言った。ならば、ヤツのメイドだったゼルも、ヤツの欲望の
我ながら最低な質問をしたと、言った後に思う。だけど、どうしても気になった。彼女が悲惨な目に遭ってたかと思うと胸が痛んで……訊かずにいられなかった。「覚えてない」――という返答を聞きたかった。
そんな俺の願いが通じてか、ゼルは首を横に振って、
「何も……覚えてない。復活した時、わたしを殺そうとした人が……そうだった、っていうのはなんとなくわかったけど、それ以外は…………でも」
「でも?」
「……ずっと、独りぼっちだった……っていうのは、なんとなく覚えてる。たくさん周りにいるのに、いっつも孤独で……寂しがってた自分が、いたことは、分かる」
「ゼル……」
「……だから」
そこで口を止めたゼルは、何を思ったか俺の胸に飛び込んできた。ぷにゅん、と俺のみぞおち辺りで潰れる小さなふくらみと
「ちょちょちょ! ゼル?!」
「……あなたが命懸けでわたしを助けてくれて……涙を流して、ギュッと抱き締めてくれた時……最初はよく分からなかった。なんでメイドのために、って……だけど、なんだか安心できて……嬉しくて。その気持ちがなんなのか、よく分からなかったけど……もっとしてほしくて。もう一度、撫でてくれた時も、やっぱり嬉しくって……心の中の寂しさがなくなって、あったかくなって……だから、この人と一緒にいたい。この人になら……命を預けてもいい、って……思ったの」
「ゼル……」
だから、あんなに俺に懐いてきていたのか。生前の寂しさを埋めるために、俺にぬくもりを求めて。だからこそ、俺のために尽くそうとしてくれてるんだ。
そしてゼルは俺を見上げ、光に満ちた瞳に俺を映して、言う。
「わたし……あなたのために頑張る。あなたのためならなんだってする……だから、ずっと傍に置いて。きっと役に立ってみせるから……!」
「お、おいゼル! その気持ちは嬉しいけど、ちょっと離れて……」
――ダプンっ。
「うおおおっ?! り、リヴィア?!」
ゼルをなんとか引き剥がそうとしているところで背中に圧し掛かる、
「な、なにやってんじゃあお前ェ?!」
「私を忘れて、2人だけでいい雰囲気を作り出しているのが悪いんです。ご主人様を想う気持ちは私も負けませんので」
「そそそそれはいいから早く離れろぉぉぉ!!」
「拒否します。どうせなのでこのままお体の洗浄を始めましょう」
俺の決死の命令をすげなく跳ね除けたリヴィアは、さらに俺の背中に体重を掛けながら手を伸ばし、小棚にある別のボトルを手に取った。
「おまっ、馬鹿かぁ?! この状況で……ホントに離れてって! マジで理性が持たないから!」
「ならば、本能を解き放てばいいではありませんか。私は一向にウェルカムです。あなたが望むのならば、いつでも、何度でも、どんなことでも、あなたが満足するまでお付き合い致しますので」
「ま、満足するまで……!」
とうの昔にカラカラになった喉がゴクリ、と鳴る。本能のままに……どんなことでも? このエロすぎる体を好きにできるのか? 俺が満足するまで。この美少女たちに欲望の全てをぶつけられるのか? いやしかし、それだと去り際に龍彦が吐いたセリフの通りになってしまうじゃないか!
彼女たちを道具のように扱いたくない。でも、男の本能に従いたい。
そんな葛藤と
「どうせ夜のパーティまで時間はた……っぷりあるのです。この機に、私たちの絆と関係を深めておきましょうか。さぁ、いかがします、ご主人様? ……ご主人様? きゃあっ」
「わっ」
ゆっくりと意識が解け始め、やがて体を支えきれなくなった俺は、2人を巻き込んでバスマットに倒れ込んだ。
「す、すまん。大丈夫か2人と――」
その結果、俺がどういう状況になったかと言うと。
「ご無事ですか? ご主人様」
俺の顔は、とっさに俺を庇ったリヴィアの胸の中に押し込まれ、
「わぁ……おっき……」
俺の下半身は、抱き着いていたゼルのスベスベのお腹に潰されて、
――プツンっ。
その瞬間、頭の中で何かが切れる音がしたかと思うと、俺の視界は急速にブラックアウトしていった。
「もう……ご主人様ったら。ワイルドなのは結構ですが、みっともなくがっつくのは紳士として相応しくありませんよ? 私たちは逃げはしませんので、ここは愛の言葉を囁きながらゆっくりとキスから……ご主人様? ご主人様っ?」
そして、リヴィアの焦った声を子守歌にして、俺は意識を手放したのだった。
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