同盟結成

第10話 部屋番号とメイドたちの能力

 


 ゼルを仲間にした後、俺たちは早々にアナスタシスを出てリヴィアの部屋へ帰還した。

 

 「ふぅ~……あ~、疲れた……」


 中央のテーブルにある椅子にどっかり座り、大きく息を吐き出す。この部屋で目覚めてからほんの二時間弱。たったそれだけの間にいろんな事が起こり過ぎだ。戦争に参加表明したのはいいけれど、これからこんな毎日が続くと思うと憂鬱になってくるな。

 

 そんな俺の愚痴っぽい呟きに返ってくる言葉は無い。というのも、我が専属メイドは何か用事が出来たとか言って、俺たちを部屋に送り届けてすぐにどこかへ行ってしまったのだ。

 不愛想で無口なゼルが相槌など打ってくれるはずもなく、溜息に乗せた言霊は虚しく空気に溶けていくのみである。

 

 「……ん?」

 

 ゼルのことを考えて、いま彼女が何をしているのか気になり、背もたれに乗せていた頭を動かした。

 その時、目の前に立ち、相変わらずのジト目で俺を見下ろしているゼルの存在に気付く。まったく気配が無かったぞ。

 

 「どうした? リヴィアが来るまで何もできないし、お前も楽にしてろよ。好きなところに座ってていいから」

 「……どこでも、いいの?」

 「ああ」

 「うん……わかった」

 

 ゼルは小さく頷くとその場で振り返った。そのままどこかに行くのかな……と思いきや、ゆっくりとお尻を下ろして俺の膝の上にちょこんと座り込む。


 さらに足を胸に抱いて体育座り状態。完全に体を俺に委ねている。

 

 「お、おい、ゼル。どこに座ってんだよ」

 「どこでもいいって……言ったから」

 「確かに言ったけど……おい」

 

 苦言など聞き耳持たずと言わんばかりに、ゼルは俺の胸に顔を擦り付けてくる。そして、またあの物欲しそうな上目遣い。撫でろ、ということなのだろうか?

 

 多分、これ以上、彼女を説得したところでぬかに釘だろう。仕方なく、その眼差しに応えて彼女の頭に手を置いた。その途端、心地良さそうに目を閉じたゼルは、体勢を横向きにして足を伸ばし、俺の胴体にしなだれて穏やかな吐息を漏らし始める。すっかりなついてくれたようで何よりだが、あんまり膝の上で動かれると精神的に辛い。具体的にはお尻とか太ももとか。

 

 「ただいま戻りました」

 

 ゼルの寝顔と甘えっぷりに癒され、しかし、彼女の女性的な身体の感触に悩まされる、悶々もんもんとした時間を過ごしていると、部屋のドアが開いた。中に入ってきたのは、右手に黒革のアタッシュケース、左手には洋服カバーらしきものを数着、抱きかかえているリヴィアである。


 「おや……私が出掛けている間にずいぶんと打ち解け合えたようで。鬼の居ぬ間になんとやら、というヤツですか何よりですね」

 

 寄り添う俺たちの姿を見たリヴィアは、若干じゃっかん、目を細めて刺のある言い方をしてくる。もしかしなくても嫉妬してるのか、これ?

 

 「い、いや、それよりもどこに行ってたんだ? 持ってるのは服か?」

 

 このまま会話が続けられるとヤバイ。直感的にそう理解した俺は、慌てて話題を変えた。

 すると、リヴィアは「はい」と頷いて答える。

 

 「さすがにそのお召し物でいつまでも館の中を徘徊はいかいするのはいかがなものかと思いまして。無事に新たなメイドを迎え入れたこともありますし、ここらで一旦、身支度を整えた方がいいかと愚考しました」

 「そうか……確かに、ずっと部屋着だったもんな、俺」

 「ええ。なので急遽きゅうきょ、ご主人様のためのお洋服を取りに行った次第です。……今後のこともありますしね」

 「ん? なんだって?」

 「いえ、それよりも……」

 

 リヴィアが最後に付けた呟き。それがうまく聞き取れなくて耳を傾ける俺に対し、彼女はすぐさま話題を転換する。まるで、先ほどの俺のように。

 

 「今のうちにあなたの能力の詳細を聞いておきましょう。改めて部屋番号と名前、そして能力名とその内容をご主人様と私に教えなさい」

 

 早足で俺たちの許に近づき、アタッシュケースと洋服カバーをテーブルの上に置いたリヴィアは、ゼルを見下ろしてそう命じた。

 

 ゼルはコクリと小さく頷くと、俺の膝から離れ、俺たちの前に立つ。

 

 「わたしは……444号室のゼル。能力名は『限りなくあなたに等しい隣人ドッペルゲンガー』……自分の体を影にできる……だから、他の人や、物の影に入り込むことができる……」

 「なるほど……やはり400号代ごうだいのメイドですね。それも、性質を変化させるタイプの能力ですか」

 「どういう意味だ? 400号代……?」

 

 何やら1人、納得している感を出しているリヴィアに問いかける。一体、なにが「やはり」なのだろうか。それに、部屋の番号になんの意味が?

 

 そうして小首を傾げる俺にリヴィアは顔を向け、軽く両手を叩いて言った。

 

 「そうですね。良い機会なので、メイドの部屋番号の法則性と、能力形態のことをお話しておきましょう」

 「部屋番号の規則性と……能力形態?」

 「はい。この館にいるメイドたちがそれぞれ担当する部屋や施設を持っていることは前に話した通りです。その振り分けを行ったのは元当主、レオンハルト様なのですが、彼はその際、メイドたちが備える魔法の形態……すなわち、魔力の出力方式を六つに分類し、1人ひとりを該当する部屋番号に区分したのです」

 「あー……つまり、能力によってメイドを一階、二階、三階……という風にジャンル分けした、ってことか?」

 「そうです。まあ、階層別ではなく、部屋番号別ですが。そのジャンルの一単位を号代ごうだいと言い、つまり、『100号代』、『200号代』、『300号代』、『400号代』、『500号代』、『600号代』となります」

 「なるほどなぁ。部屋番号にもちゃんと意味があったんだなぁ」

 

 「そうです」と頷き、リヴィアはさらに口を動かす。


 「全ての号代の能力形態のことをざっと説明しておきます。まずは『100号代』。魔力の出力方式は『魔力変換』。魔力を別のエネルギーに変えて放出します。火や風などの自然物の他、人や物質に特別に作用する未知のエネルギーに変換できるメイドも存在します」

 「未知のエネルギー……か。なんか恐ろしく聞こえるけど……でも、火や風とかは俺もよく知る魔法だ。分かりやすいな」

 「ええ、非常にシンプルです。シンプルであるが故に揺るぎなく、強い。そして特筆すべきは、100号代は全員で9人しかいない、ということです」

 「9人……それってまさか!」

 「そうです。この100号代のメイドこそがレオンハルト様の側近の9人、すなわち『高貴なる9人の僕ロイヤルナイン』なのです」

 

 

 「『200号代』の出力方式は『物質生成』。魔力で有形物を生み出すことができる能力です。例としては先ほどのアーミィがそうですね」

 「剣とか武器を作り出してた、あの能力か」

 「物質生成はただの物体だけでなく、特殊能力を備えたマジックアイテムや生物も生み出すことができます。ですが、それぞれにメリットデメリットが存在するので、一概にどれが一番強い、と断言することはできません。場面や状況によって能力の重要性が変動する、主の手腕が問われるメイドと言えます」


 

 「『300号代』は『能力付与』。物体に魔力を与えることで、様々な能力や効果を付与することができます。先ほどのエブリウスにしかり、ナイフを自由自在に操る私の能力もまさにこれですね」

 「ふーん……お前の能力もそういうことになるのか……」

 「戦況を大きく左右するような強力な能力ではありませんが、200号代とは違い、どんな状況下でも安定して活躍することができるのが強みですね」



 「『400号代』は『状態変化』。物体に魔力を与えることで、その形状や性質を変化させることができます。ゼルの〝自分の肉体を影にする〟というのがその例です。キャロルとかいうメイドの物体の大きさを変える能力もそうですね」

 「さっき言ったやはり、ってそういう意味だったのか。……これって、300号代と何が違うんだ?」

 「分かりやすい点で言うと、物体の形状です。例えば剣に媒体にするとして、400号代だと刀身の長さを変えたり、大きさを変えたりできます。一方、300号代は物体そのものに変化は起こりません。基本的に形状を維持したまま、別の効果が付随した状態で使用することになります」

 「なるほど……」

 「また、400号代には動物に変身する能力者もいます。戦闘・索敵・密偵など、非常に幅広い運用ができる便利なメイドたちです」

 

 

 「『500号室』は『室内展開』。周囲一帯を自分が担当する部屋に引きずり込む能力です」

 「自分が担当する部屋に?」

 「そうです。その空間内は担当メイドの完全なる支配圏であり、引きずり込まれた者は様々な障害や制限を強いられることになります。それに耐えながら支配メイドの攻撃から身を守り、部屋から脱出するのは困難を極めるでしょう」

 「へえ、そりゃあ強いな」

 「ええ。しかし、強力な力にはデメリットが付き物。室内展開にはいくつかの条件があり、それをクリアしなければ発動することはできません」

 「そうか……じゃあ、完全に無敵、ってわけじゃないんだな」

 「さらに、500号代のメイドたちはみな、幼い容姿をしています。その力は一般人にも劣るため、能力を発動するには事前準備を周到にしておかなければなりません。故に、臨機応変な対応は望めず……はっきり言って戦闘にはほとんど役に立たないでしょう」

 「手厳しいな。というか……幼い容姿って、つまり子どもだろ? 子どもまでこんな戦争に参加してるのかよ……」

 

 

 「最後の『600号代』は少々、特別であり、『代償還元』という魔力の出力方式を備えています。これは自分自身に制約や不利益など、何かしらの代償を捧げることで様々な魔法を発動することができる能力です」

 「ふぅん……様々な魔法って、具体的にはどんなのだ?」

 「それが、発現する魔法の種類は多岐にわたるため、厳密にどのような魔法か、と言うことはできません。ただ、傾向として、捧げる代償の程度が大きいほど発現する魔法は強力なものになります。正直、得体の知れない能力なので、できるだけ相手にしない方が得ですね」

 

 

 ――と、そこで長く語っていた口を閉じ、リヴィアは俺に一礼した。

 

 「以上でメイドの部屋番号の法則性と能力形態の解説を終わります。ご理解いただけたでしょうか?」

 「ああ、ありがとう。完全に、とはいかないけど、大体のことは分かったよ。つまり、本格的に戦争に参入するためには、200号代、300号代、400号代のメイドを中心に集めていった方がいい、ってことだな?」

 「さすがです、ご主人様。戦闘能力で考えるならその三つが理想的です。そう考えると、最初にゼルを獲得できたのは非常に幸先が良いと言えます」

 

 話しながらゼルに向き直ったリヴィアは、目付きを勇めて彼女に告げる。

 

 「他者の影に侵入できるあなたの能力はご主人様の護衛に最適です。通常の戦闘は私が引き受けます。あなたは常にご主人様の影の中に身を潜め、いざという時、敵の攻撃からご主人様をお守りしなさい」

 「うん……わかった」

 

 寝ぼけ眼のような半眼に明確な意志を宿らせて、ゼルは小さく頷いた。

 

 そんな彼女を見受けて、表情の険しさを解いたリヴィアは俺に顔を戻す。

 

 「では、集めるべきメイドの方針が決まったところで……これからどう動きますか?」

 「そうだな……やっぱり、探すとしたら野良メイドが集まる開放区域か? でも、今は三頭連合のメイドが見張ってるだろうしな……どこか、安全に野良メイドと出会える場所は無いのか?」

 「……一つだけ、あります」

 

 何の気なしに送った、俺からの質問。

 しかし、眉間にしわを寄せたリヴィアは躊躇ためらいの間を挟み、それに答えた。

 

 「今夜、館内一階の開放区域、メインホールにて開催されるパーティに参加するのです」

 「パーティ?」

 「はい。この館ではヘラデリカが主催するパーティが定期的に開かれており、今日がその日です。参加は各自自由。丹精たんせい込めて作られた豪華な料理が振る舞われるその会場には、ヘラデリカの指揮下で働くメイド……つまり、主人を持たない野良メイドたちが大勢、給仕役として出てきます」

 「なるほど、一気にたくさんのメイドたちと知り合えるチャンスってことか。だけど、各自自由ってことは……」

 「ええ、三頭連合も出てくることでしょう。しかし、ご安心ください。パーティ参加者は全員、紳士協定に従わなければならない決まりがありますので」

 「紳士協定?」

 「主人候補たちの間で結ばれる約束事、みたいなものです。ホール内での戦闘行為やメイドに危害を加える真似はご法度はっと。それを破った者は、最初の専属メイドを除いて、全てのメイドとの主従契約を解除しなければなりません」

 「そんな取り決めがあるのか……まあ、そういうペナルティがあるなら、あいつらも無茶なことはしてこないだろう。よし! 思い切って参加してみるか! そのパーティに!」

 

 俺と三頭連合との間には、もはや日本とアメリカ大陸くらいの大きな戦力差がある。その差を縮めるためには、身の安全のことばかり考えていても仕方がない。時にはリスクを承知で前に進まないと!

 

 

 「かしこまりました」

 

 

 そんな無謀ともいえる俺の決断をリヴィアは否定せず、それどころかどこか嬉し気に頭を下げて、

 

 「……ということなので、今からお風呂に入りましょうか?」


 と、にっこり微笑んだのだった。



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