《舞台裏》 全ては手のひらの上



 ――館内某所にて。



 「そう……ついに動き出したのね、彼が」

 

 青空模様の天井。大草原と大海原を描く壁紙。そして様々な動物を模した可愛らしい家具の数々が置かれた、まるで子ども部屋のような内装の中。


 奥のテーブルに座っている少女は、赤い液体が注がれているワイングラスを優雅に回しながら呟いた。


 すると、入口の前に立つメイドが頷く。


 「はい。さらに、三頭連合との邂逅かいこうも果たしました」

 「ええ、知ってるわ。しかも、身の程知らずにも連中にケンカを売ったらしいじゃない。野良メイドたちの間でもっぱらの噂よ? メイド1人しかいないのに、何を考えているのかしら」

 「あはは。でも、あいつらしーねそういうの。普段は冷静で頭が切れるのに、気に食わない相手には意地になって立ち向かうの。変わってないなー」

 「暢気のんきに言ってる場合? その性格のせいであたしたち散々振り回されたんじゃない。また同じようなことに巻き込まれると思うと頭が痛いわ」

 「そんなこと言って〜。実は喜んでるくせにぃ〜。アタシたちに内緒でちょくちょく様子を見に行ってたもんね〜? 知ってるんだぞ〜?」

 「は、ハア?! なに言ってんの?! そんなことするワケないじゃないバカじゃないの?!」

 「コラ、騒ぐなら外でやりなさい。話し合いの邪魔よ」

 

 じゃれ合い始める2人のメイドを叱り付けて黙らすと、少女は入口にいるメイドに顔を戻す。

 

 「あなたも早く戻らないといけないのだから。さっさと本題に入りましょう。ともかく、多少の問題はあったけれど、これでようやく私たちの計画を始めることができる。これからの私たちの行動は予定通り、彼と合流して協力体制を築くわ。主人戦争は単独での攻略は不可能。彼の力が必要よ。専属メイドとして、うまく誘導してちょうだい」

 「分かりました」

 「頼むわよ。私たちの計画、そして果たすべき悲願はあなたの働きに懸かっているのだから。あなたが叶える夢のためにも、命を賭ける覚悟で己の使命を遂行しなさい」

 「心得ています」

 

 即答しながらメイドは深く頷く。

 

 少女もまた頷くと、回していたワイングラスを口に付けて、クッと内容物を飲み干した。そうして空になったワイングラスに、近くのメイドが新たな赤い液体を注いでいく。

 

 その様子を見守りながら、少女はさらに続けた。

 

 「それと、さんざん言ってきたことだけど……余計な情報は与えないように気を付けなさい」

 「分かっています。今は主人戦争のルールとメイドの特性。そして館のおきてしか伝えていません。……危うく、を見られそうになりましたけど」

 「危なかったわね。本当に注意しなさいよ? なにせ、今回の例は私も初めてのことなんだから。下手に全てを打ち明けて、どのような影響が発生するか分からない。あなたももどかしいと思うけど、今は当たり障りない情報で彼をうまく扱うのよ」

 「…………」

 「でも、なんか悪い気がするねー。言えない事情があるとはいえ、何も知らないあいつを利用するみたいで」

 「仕方ないじゃない。ご主人様が言ったように、何が起こるか分からないんだから。まあ、あいつも主人戦争にやる気を出してくれたみたいだし? あんまり深く考えず、むしろ使ってやるくらいの感覚でいいんじゃない?」

 「…………ないで、ください」

 「ん?」

 

 少女とメイドたちの会話に差し込まれる、独り言のようなささやき。

 

 その発生源である入り口のメイドに3人が顔を向けると、彼女は両手で持っているそれを強く握り締めて、伏せていた頭をわずかに起こした。

 

 「使うとか、利用するとか……言わないでください」

 

 小さく、けれど隠しきれない怒りに満ちた、震える声。まさか、彼女がそのような反応をするとは思ってなかったのだろう。メイドたちは絶句する。

 

 一方、ワイングラスをテーブルに置いた少女は、頬杖をつきながらそのメイドに薄ら笑いを向けた。

 

 「……あら? もしかして、情でも移ったの? 今の彼に」

 「…………」

 「まあ、今の彼があなたの主人であることは確かだもの。メイドとして、主を侮辱されるのを見過ごせない気持ちも分かる。だけど、余計な感情は捨てなさい。私たちが数年もの間、主人戦争に介さず、三頭連合の台頭たいとうと暴悪を見過ごしてきたのは何のため? その努力に報いるためにも、今は計画のことだけを考えなさい……

 「…………っ」

 「私もそうよ。失ったあの人を取り戻すためにも……これからは計画のことだけを考えて行動する。そのためならプライドだって捨てるわ。どんな手を使っても、何としてもこの戦争を生き抜いて……そして私が、この館の当主になる」


 天井を見上げ、明確な意志と覚悟を秘めた声を描かれた太陽に捧げて少女は再びワイングラスを一気にあおった。

 

 「……ご主人様……」

 

 そんな少女から視線を落とし、メイドは手に持つそれを――とある人物が飾られている写真立てを、ギュッと強く抱き締めた。





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