第15話 あなたが好き
ジョシュア様はますます困ったようにきれいなプラチナブロンドをかきあげた。
でもすぐに気を取り直したのか、苦笑を浮かべながら私の前に片膝を突き、うつむいた私と視線をあわせながら顔を覗き込んできた。
「ねぇ、リィナ。今年の祭り用のドレスは、僕はプロポーズのつもりで選んでいたんだよ?」
「あ、あの……」
「参ったな。頑張ってレースの好みを聞き出そうとしていたのは、全部空振りだったのか? ごめん。君が僕との結婚を承諾してくれたと勘違いしていたようだ」
「……私を押し付けられるなんて、ジョシュア様がお気の毒過ぎます」
「気の毒どころか、僕はこの半年間、ずっと浮かれていたんだよ。君と結婚するつもりでいたからね」
苦笑したジョシュア様は、私の手をとって甲に口付けた。
驚いて手を引っこめようとしても、それを許してくれなかった。
私の手を両手で握りこみ、それから私の手のひらにゆっくりと唇を押し付けた。
「リィナ。僕は君が好きだよ。昔はただの妹の一人と思っていたのに、君はどんどんきれいになって、いつの間にか君と結婚したいと思うようになっていたんだ」
手のひらに向けて囁き、ジョシュア様はゆっくりと目をあげた。
少し緑色の混じった青い目が、とても真剣に私を見つめていた。
「早とちりして浮かれるくらい、君を愛している。……でも君はくたびれた退役騎士なんて、やはり嫌なのだろうか」
「私は……」
私の目を見ながら、ジョシュア様はささやいた。
どうすればいいのかわからず、私は口ごもる。
助けを求めて周囲に視線をさまよわせたけれど、人混みの中に私の知り合いなんていない。
そのうち、視界は少しだけ癖のあるプラチナブロンドで遮られた。
いつの間にか間近に腰を浮かせたジョシュア様のお顔があって、そのお顔はとても緊張しているように見えた。
「リィナ、僕との結婚は……嫌だった?」
「嫌なはずはないわ! でも、私は商人の娘だし、身分が違うから絶対に無理だと諦めていて、今だって信じられなくて……!」
「……ごめんね、リィナ」
突然、ジョシュア様が立ち上がった。大きくて強い手が、驚いて見上げた私をぐっと引き寄せた。
座っていたはずなのに、私の体は宙に浮くように抱き上げられていた。
相変わらずの通りの喧騒のなかで、耳元で低い声が聞こえた。
「リィナ、ごめん。実は……君に着てもらうウェディングドレスは、もう完成しているんだ」
「……えっ?」
「君の好みを聞く前に仕上げてしまって、本当にごめん」
思いがけないことが続いて、すっかり混乱した私は黙り込んだ。
ずっと前から結婚の話があったらしくて。
突然、抱き寄せられて。
一方的に謝られたけれど……ウェディングドレス? 好み? もう完成している?
何のことを言っているのかとしばらく考えて、やっと思い当たった。
もしかして、ウェディングドレスが……もう出来上がっているの?
私の意見も聞かずに?
一生に一度の、最高の晴れ着なのに、そんなこと有り得るの?
私は憤慨しようとしたけれど……でも結局、くすくすと笑い始めてしまった。
「ねぇ、ジョシュア様」
「何?」
「私に謝ることって、ウェディングドレスのことだけなの?」
「え? ああ、うん」
「ひどいわ。好みじゃなかったら、文句を言ってもいいの?」
「うーん、君の好みには合わなくても、絶対に似合うから我慢してほしいかな」
「本当にひどいのね」
無性におかしくなって、私は声を上げて笑っていた。
きっと端から見たら変な光景だろうと思いながらも笑い続け、私は思い切ってジョシュア様の首に手を回した。
すらりと細く見えても、ジョシュア様の肩は私よりずっと広い。
肩も首もしっかりとした筋肉がついている。
そっとしがみつくと、ジョシュア様の心臓の音が聞こえた。
今度はジョシュア様が驚いたようだ。私を抱き上げている腕が、少し強張ったようだった。
「そこまで準備しているのに、今さら結婚しないなんて言えないわ。くたびれたおじさん貴族と、少し行き遅れ気味の財産持ちの庶民女なんて、よくある話だからそんなに不釣り合いではないのかもしれないわね」
「リィナ」
「……私も、ジョシュア様が好き。レース編みが上手で、優しくて、少し乱暴に頭を撫でてくれるあなたが好きよ」
顔を埋めているプラチナブロンドに向かってささやくと、私を抱き上げる腕にぎゅっと力が入った。
私もジョシュア様の髪に頬を寄せた。
気が付くと、周囲から「おめでとう」とか「やっと結婚するのか」とか、そういう声が聞こえていた。
直接は知らないとはいえ、どうやら私たちのことを知っている人々に見られているらしいと慌てたのに、ジョシュア様は少しも腕を緩めてくれなかった。
家に戻った私たちは、結婚承諾の報告をした。
お父様もお母様も、今までそういうお付き合いではなかったのかと驚いていた。
私が何も聞いていなかったと文句を言えば、言っていなかったのかとさらに驚いて何度も謝っていた。
でも、お母様はともかく、お父様は抜け目のない商人だ。
あえて言わずにいたのかもしれない。
祭りの日から、一ヶ月後。
私はすでに完成していたウェディングドレスを着た。
そのドレスはジョシュア様が編んだレースでいっぱいで、私が夢見ていた以上のものだった。
そういう意味では、ジョシュア様が心配したように私の好みではなかったけれど。……嬉しくてずっと泣いていた私は、文句を言うのを忘れてしまった。
商人の娘でしかない私が、騎士様のそばにいる方法 ナナカ @nana_kaz
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