ラブコメのラブ抜き
鈴木怜
ラブコメのラブ抜き
「すまないが、ラブコメのラブ抜きを一つくれないか」
友人と戯れでメイド喫茶に入ったら、その友人が注文したのはそんな訳のわからないメニューだった。
「それはもうただの米なんだよ!」
「ただの米を食いに来たんだよ!」
「それはメイド喫茶に対する冒涜かなにかだよ!」
愛が足りない者が通うのがメイド喫茶だろう、と俺が言ったら、友人はボクが昔言ったことを繰り返すんじゃないよ、などとのたまった。
入ろうなどと言い出したのはどっちだったかとキレ散らかしてもよかったが、それだと注文を取りに来て青いを通り越して黒い顔になりかけているメイドさんにあまりに失礼なのでやめておくことにする。
あの顔は(面倒くさ……サービス業においてサービスの軽視をさせる客とか面倒くさ)などと考えている顔だった。きっそそうに違いない。
後で胃薬でも差し入れた方がいいかもしれない。メイド喫茶に疎い俺は差し入れが許されるのかも知らないけれど。
俺も適当なものを注文する。甘いフレーズに溢れたタイトルを言わされるのは言葉にしづらいもどかしさがあった。
「で、ラブコメってなんなんだよ」
「ここのメニューの一つさ。『愛情たっぷり(は~と)オムライス(ちゅっ)』のことでね、米だからラブコメなんて呼ばれてる」
ご丁寧にかっこはーとかっことじ、などと言うので非常にコメントに困る。
コメントは米ではない。ないったらない。
それにちゅっ、ってなんだよとツッコミたい気持ちも全力で抑える。考えたら負けかもしれない。
「……ラブパンとかあるのかよ」
「なんだそのどことなく下ネタっぽい響きのそれは」
友人がアホを見るような目で俺を見る。ハスキーボイスでそんなことを言わないでほしい。
「期待した俺がバカだったよ。色々と」
「悪かったよ」
友人がけらけらと笑う。表情筋が元気なやつである。
「そういや、コメディってなんなんだろうな」
「トラジェディの対義語だぞ」
聞きなれない単語だった。
「なんだそれ」
「トラジェディ。雑に言えば悲劇のことだよ。演劇の用語さ」
「え、もしかしてコメディも演劇の用語だったりすんの?」
「するぞ。日本語にすると喜劇だ」
「つまり笑えるヤツってことなのか」
「残念ながらちょぉっと違うんだなぁ」
にんまりとした笑顔を貼り付けた友人が、勝ち誇ったように肩をすくめる。
「演劇は二種類しかないんだ。トラジェディとコメディ。この場合のコメディはおおざっぱに『トラジェディでないもの』になる」
「え、中間はないのかよ」
「ないぞ。あってもそれは全部コメディだ」
知らなかった。
「さすがに広義のコメディ論ではあるがね」
「……なるほどな。すると、カクヨムにコメディのジャンルがないのも」
「全部これになってしまうからだな。むしろジャンルの区分けが意味を成さなくなる」
「なんか腑に落ちないんだけど」
「そういうもんだよ。まあ、『笑えるものに特化したジャンル』という意味でのコメディが欲しいというのには同意しかないがね」
☆★☆★☆
「あそこのお客様、一体何を注文したんですか?」
「ラブコメのラブ抜きよ」
「え、ありゃ無理でしょ。あんな会話して楽しそうにしてる男女二人、ラブラブにしか見えないじゃん! 第四の壁的な方向でラブが抜けないんじゃないの、たれ」
「我々メイドの愛などいらない、ボクはあいつの愛さえあればいいとそういうことなんでしょう」
「うーん、砂糖吐きそう」
「もしかしたらメイドの代わりにやってくれなんて言うのかもしれないわね」
「その好意に気づいてるんですかね、あの人」
「さあ、見るからに奥手そうだし」
ラブコメのラブ抜き 鈴木怜 @Day_of_Pleasure
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