ツッコミはもっと激しく!

烏川 ハル

ツッコミはもっと激しく!

   

「お前のツッコミって、なんか軽いんだよなあ」

「うん、ごめん……」

 俺の呟きに対して、相方が謝罪の言葉を口にするので、呆れた目で見てしまう。

「いや、簡単に受け入れるなよ。お前、ツッコミなんだから、もっと反発するような態度を見せるべきだろ?」

「そうは言われても……。今は舞台の上じゃないし……」

「練習で出来ないことは本番でも出来ない。お笑いコンビは日常生活でもボケ役とツッコミ役を徹底しろ。養成所でも、そう教わっただろ?」

「うん、そうだね……」

 相変わらず、弱々しい声だ。こんな調子だから、彼のツッコミには迫力が出ないのだ。


 俺と相方は、中学で知り合って以来の友人だった。親友と呼べる関係だが、腐れ縁という言い方も出来るだろう。

 高校卒業後の進路を考える段階で、とりあえず適当な大学へ行こうとしていた彼を、強引に勧誘。お笑い芸人という俺の夢に付き合わせて、今に至るのだった。

 従順で気弱だからこそ俺に従っていると思えば、彼のツッコミが弱々しいのも、仕方ないのかもしれない。


 軽く今までを回想する俺の横で、

「なんでやねん……。なんでやねん……」

 小声でツッコミの定型句を口にしながら、彼は白いハリセンを手に、素振りを繰り返していた。真面目なのはわかるのだが……。

「ハリセン程度じゃ物足りないのかな、今の時代は」

「えっ、どういうこと?」

 俺の呟きを耳にして、彼はその手を止める。

「もっと激しいツッコミのために、道具から変えるべきかと思ってさ。ほら、しょせんハリセンは紙だろ? 見た目だけでも暴力的なイメージの道具にしたら、それだけで迫力が増すかも……」

「いやいや、暴力はいけないよ。だって……」

 珍しく相方が反論してきた。

「……昭和のアニメやドラマだと体罰も普通だったみたいだけど、でも今は、学校教育でも体罰厳禁って風潮だよね? あんまり暴力的な芸は、炎上しちゃうよ」

「だが『悪名は無名に勝る』って言葉もあるぞ。炎上上等じゃないか。少しくらい過激でもいいから、お前も何か考えてみろ」

「わかった、頑張ってみる……」

 俺はその場の勢いで適当に言っただけなのに、もう相方は丸め込まれてしまった。

 これだから、彼はツッコミ役に向いていないのだ。改めて俺はそう感じたのだが……。




 それから数日後。

 持ちネタの一つ、切腹コントのラストにて。

「……というわけで私、腹かっ捌いて死んじまったんですわ」

「いや、生きとるやないか!」

 相方からの、台本通りのツッコミ台詞。

 同時に、俺の腹部に激痛が走る。

 見れば、相方の手には、血塗れの包丁が握られていた。その顔には「これでいいんだよね?」という表情が浮かんでいる。

 会場の観客たちが騒然とする中、俺は腹を押さえて倒れ込み……。

「いや、それは激しすぎるだろ……」

 俺はボケ役なのに、相方へのツッコミが辞世の句になってしまう。なんとも無念な最期だった。




(「ツッコミはもっと激しく!」完)

   

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