ラーメン屋の大将は第六感へのこだわりが強い

ハイロック

第1話「裸の王様」

「ようサブ、俺らが作ったこのラーメン屋も、もう六周年だなあ、おい。感慨深いったらありゃしねぇよ」


「そうっすねぇ、兄貴、あれからコロナの影響とかいろいろありやしたけど、よくここまで耐えたって、えっ……いやいや、兄貴よく考えたらまだ五周年すよ、六周年目ってってだけで、六年はまだやってないんだから」


「うるせぇ、また、そのくだりをやるのかよ。そんなんはどっちでもいいんだよ、おれはスロッターだから6にこだわりが強いんだってだけの話よ」


「兄貴ぃ、兄貴の行ってるパチ屋に6なんて高設定入ってないんす。夢見るのいい加減やめておきましょうよ、朝は設定6、昼を過ぎたら3,閉店のころには1、って何回繰り返せば気が済むんすか」


「おめぇは、あのパチンコ屋を信じられねぇのか、地元唯一の大型店だぞ、サブっ」


「……だからこそっすよ、近隣であそこしかなくて、設定も入ってないのに兄貴みたいな客が通っちゃうから、調子こいて低設定祭なんじゃないすか? くそ店っす、はっきり言って。あそこで高いコーヒー飲むなら、おいらの給料に少しは回してくださいよー」

「なんだとてめぇ、うちの給料が安いっていうのか!?」


「ひぃっ、ちょっと、兄貴やめて、あっさり系が売りのくせになぜかおいてある油切り網を振りまわすのやめてください!—― 安いじゃないっすか、なんすか6年働いて、昇給が6千円って!」


「上がってるだけいいじゃねぇか、店の売り上げは増えてないんだからな。つまりは俺の取り分がサブに回ってるってことだ。むしろ感謝しろよ」


「いやいやいや、そんなんじゃ、増え続ける社会保険料とか、世界情勢を背景にしたコストプッシュインフレに追いつかないんすよ。売り上げが伸びないなら、なんとか努力しましょうって」


「なんだぁ、そのコストコインフルっていうのは、新しい病原菌か何かかよ、コロナの上にまた新しい病原菌が来るっていうんじゃ、もういよいよ廃業だぜぇ、サブ」


「なんすか、コストコインフルって、コストプッシュインフレっすよ。コストコインフルって病気だったら、企業イメージ悪すぎて絶対、WHOに採用されないっすよ」


「おめぇはやたら今日は、横文字を使いたがるなあ。なんだい帰国女子にでもなったのかい。まあサブよ、そうはいっても、コロナって名前も大概じゃねぇか。ガス器具とかビールとかよぉ、風評被害もいいところだろ」


「……それはまあ……いやいやそんな話どうでもいいんす。あっしの給料どうにかなりませんかってことですよ、さすがにそろそろいろいろ考えますよ」


「なんだあ、いろいろって?」


「パスタ屋もいいかなあってことっすよ」


「……て、てめぇ裏切る気か!」


「ちょっと、兄貴やめて、手打ちでもないくせにおいてある麺を伸ばす棒を振りまわさないでください!……仕方ないじゃないっすかぁっ、こっちだって生活かかってるんすよ」


「……うーむ、確かにサブの言うことも一理ある。確かにな給料はな低いとは思ってるんだ」


「お、思ってたんすね……」


「だが、売り上げは伸びない、さらにウナイクラとかって国のせいで、どうも材料の小麦の値段も上がりそうじゃねぇか。とても給料に回せねぇよ」


「ウクライナっすよ、それ。ウナイクラって絶対食い合わせ悪いでしょう。それに別にウクライナのせいじゃないっすからね、ウクライナは被害者っすよ」


「おめぇ、何言ってやがるんだ、戦争なっていうのはどっちが悪なんて言うのは一概に決められるものじゃねーんだぞ。フリチンさんにだってなんか理由があるんだろうよ」


「フ、フリチン……? プーチンっすそれ、言ってることはまともなんすけどね。ま、まあそれはいいんですけど、とにかく売上何とかすること考えましょうよ。売り上げが増えれば、僕の給料は上がるんすよね?」


「う、まあ、それはウナイクラ次第だが……」


「いやいや、ウナイクラのせいにしないでください。約束してくれないとほんとやめるっすよ」


「……わかったわかった。そうだなあ、ちょっとマジで考えてみるか。サブ、売り上げが上がらないのはなんでだと思う」


「……そうすねぇ、土曜の7時に二人でこんな雑談する余裕があるのがまず問題じゃないっすかね」


「客がすくねぇって言いてぇのかぁっ! サブッ!」


「ちょっと落ち着いて、兄貴。ろくにだしなんかとる気もないのに、雰囲気だけでおいてある豚骨を振り回さないでください。……そうですそうです落ち着いて、うちはだしなんか溶かして使ってるだけなんだから、骨なんかいらないっす。……客が少ないのは事実なんだから認めてください、そんな激昂しなくても知ってることすよね」


「……ふぅ、そうだな。確かにうちは客が少ない。……なぜだ? 食後にタピオカドリンクのサービスとかも始めたんだぞ」


「ま、まずそこのサービスもだいぶいらないんすよ、ずっと言ってますけど。とっくにタピオカブーム終わってますし、そもそも重いっす、ラーメンの後タピオカとかスーパーヘビー級っす」


「……そ、そうか、やっぱナタデココだったかなあ」


「食後のサービスの問題じゃなくて、味の問題のような気がするんすよね」


「味? 何のだ、ナタデココのか?」


「いや、ラーメンっすよラーメン、ナタデココそもそもまだ出してないでしょう。うちのラーメン。しってますか、うちのネットの評価2点台ですからね、正直ラーメン屋として今やれてるの謎っすよ」


「なんだと、さぶっ、てめぇうちのラーメンがまずいって言うのか? ええっ!?」


「あー待って落ち着いて、兄貴―。あーもう振り回すものがないからって、歌舞伎みたいな感じで髪の毛振り回さないでくださいっ。『いよーーーーぉ』じゃないんすよ。そもそも振り回すほどの髪の毛、兄貴にはないじゃないっすか。落ち着いて聞いてください、味は良くない、決して良くないんす。事実を認めましょう」


「宇g、具っ……おれの、ラーメンが。m、ま、まずい……く、くそgぁぁあっ」


「落ち着いて落ち着いて、大丈夫っす、味の立て直しをしましょう。俺も少しラーメンことわかってきたんで」


「……な、なにサブ、お前になんとかできるっていうのかい?」


「—―必勝法をみつけたっす」


「ほう、聞いてやろうじゃねぇか、そんな生意気な口きけるとはしらなかったぜ」


「あのですね、なにを食べるでもそうですけど、食べる時って五感が大切だと思うんすよ」


「なんだぁ、その五感っていうのは」


「視覚、聴覚、嗅覚、触覚、そして味覚っすよ。これらをすべて刺激すれば、人はうまいと感じると思うんすよね」


「味覚、視覚、嗅覚はわかるが、聴覚と触覚は関係ねぇだろ、サブ?」


「いやいや、触覚は食感ですよ。食感は間違いなく味覚くらい大切です、ぐにゅぐにゅしてるとか、ふにゃふにゃしてるラーメン誰も食べないっすよ。あと聴覚も意外に大切です、調理上から聞こえる鉄鍋を振る音とか聞こえると、うまさも少しアップしたような気になるんすよ」


「おまえ、鉄鍋振るって言ったって、うちはよう……」


「そうですよ、何をオール電化とかにしてるんですか、ガス使いましょうよガス。電磁調理器使ってるラーメン屋とか聞いたことないっすよお」


「……そ、そうだったか。COPに対応して、温暖化対策でオール電化にしたんだがなあ」


「なんで気候変動枠組み条約とか気にしてるんすか。変なとこにだけこだわるんだからもう」


「わかった、そうだな、音を気にするラーメン屋になれってことだよな要は。よし、オール電化はやめにしよう」


「そうですそうです、これからの時代は聴覚を大切にするんですよ、これは新しいです。視覚、味覚、に関しては兄貴のセンスじゃどうにもならないと思うんで」


「なんか言ったか?」


「いえいえ、なんでもないっす。で、ですね、あっしはさらに五感を飛び出したラーメンが必要だと思ってるんでさぁ」


「五感を飛び出す、だと?」


「そうっすそうっす、五感を超えたラーメン、第六感を追求したラーメンを追求したラーメンなら、日本を制することができるはずっす」


「……おぉ、それはすげえな、日本を制するレベルなのか」


「間違いないっす、いまだかつてない第六感を刺激するラーメンっす。こりゃあ、もうバズること間違いなしっすよ」


「—―サブ、聞かせてくれ、その第六感っていうのはなんなんだ」


「聞くんすか、第六感の秘密を?」


「もったいつけるなよ、知ってるなら教えてくれ」


「……とはつまり感覚のことっす」


「あるはずのない……?」


「そうっす、ないものを感じる感覚、ないものを感じる力が第六感っす」


「つ、つまり……サブの言うラーメンっていうのは?」


「ないものを感じさせるラーメンっす」


「ないのか……」


「ないんじゃないっす、感じさせるってことっす」


「それは、究極だな」


「ええ、至高っす、誰も評価できないっす」





その後、兄貴とサブのラーメン屋が六周年を迎えることはなかった。


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