そう来ると思ったぜ!
烏川 ハル
そう来ると思ったぜ!
「よう、田中……」
友人を見つけて話しかけたものの、僕の声は尻すぼみになる。
顔を上げた彼がこちらに向けたのは、気持ち悪いほどのニヤニヤ笑い。声かけたのを後悔してしまうような表情だったのだ。
昼休みの大学の食堂だ。
いつも僕は、誰かとつるんで学食へ向かうのではなく、そこで適当に見かけた知り合いと同席することにしていた。今日の場合、最初に目に入ったのが田中だったのだが……。
「おう、川岸。いいところに来たな!」
こちらから話しかけておいて無視するわけにもいかない。仕方なく僕は、ニヤニヤ顔の田中の横に座った。
「何かあったのかい?」
「見てくれよ、これ!」
彼が見せてきたのは、スマホの画面だった。学食まで来て、食事そっちのけで夢中になっていたものらしい。
いったい何かと思えば、小説投稿サイトの一ページだった。
なるほど、素人小説の執筆や投稿が趣味だというのは、田中から聞いたことがある。
しかし……。
「おいおい、田中。いくら何でも、飯食いながらじゃ書けないだろ?」
まさか作家というものは、右手で箸やスプーンを扱うと同時に、左手で文章入力するのだろうか。そこまで寸暇を惜しんで「書く」という行為に熱中するのだろうか。
一瞬そう思ってしまうが、田中は首を振ってみせた。
「もちろん、今この瞬間に書いてたわけじゃない。そうじゃなくて、執筆のためのレギュレーション確認だな。十二時にお題発表だったからさ」
田中の説明によると。
彼が利用している小説投稿サイトでは、現在「発表されたテーマに従って即興で小説を書いて投稿する」というイベントが開催中。週三回の頻度であり、ちょうど今回のテーマが告知されたばかりだという。
「そのテーマがさ、俺の予想通りだったんだぜ!」
田中は、ポケットから小さな手帳を取り出した。
執筆のためのメモノートらしい。
開いてみせたページには、いくつかの単語が記されている。
「卒業、桜、小春日和、六面体、第六感、六波羅探題……。何だい、これは?」
「こんなお題が出るんじゃないか、って、あらかじめ少し予想してたのさ!」
読み上げた僕に対して、田中は自慢げな顔を見せる。
改めて彼のスマホに目を向けると、そこには「今回のお題は『第六感』」と表示されていた。
「なるほど……。田中が考えていた語句の一つだな」
「そうだろう? まさに、俺の第六感が的中したのだ!」
第六感というのであれば、いくつも列挙した中からではなく、一つだけ候補を挙げてピタリと的中させて欲しいものだ。
そんなツッコミは敢えて口に出さず、僕は代わりに、別の点を指摘した。
「その『第六感』の横にも『六』に
「だって、六周年だからな!」
田中愛用の小説投稿サイトは、この春で開設六周年を迎える。二年前の同時期のイベントでは『四』絡みのテーマもあったから、今年も一度は『六』が来るはずと思っていた……。
誇らしげに語る田中を前にして、僕は考えてしまう。
根拠あっての推測ならば、それは『第六感』ではないだろう、と。
この程度の語彙力では、田中の書く小説とやらも推して知るべし。
心の中で僕は、溜め息をつくのだった。
(「そう来ると思ったぜ!」完)
そう来ると思ったぜ! 烏川 ハル @haru_karasugawa
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