『目指せ、勘力999! ビビッとキタロウ!!』

宇部 松清

第六感がそう告げている

「勘育、ですか?」


 幼児教育チャンネルのプロデューサーに呼ばれた中堅構成作家の俺は、しかつめらしい顔をして己のデスクに頬杖をつく彼がため息混じりに吐き出した「勘育」という言葉を繰り返した。


「そう、勘育だよ。か・ん・い・く。ほら、いま食育とかあるだろ」

「はい。食育っていうと、アレですよね。『様々な経験を通じて、食に関する知識と食を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てること(※ウィキペディアより引用)』」

「そうだ。引用元までバッチリだな、伍代ごだい

「あざす。その辺はうるさく言われてますんで。それで、その食育が何なんですか」

「違う、食育じゃなくて、勘育。いまお前が言ったやつの『食』の部分を『勘』に置き換えてみろ」

「えっと――、『様々な経験を通じて、勘に関する知識と勘を選択する力を習得し、健全な勘生活を実践することができる人間を育てること』、ですか?」


 置き換えてはみたものの、何が何やらである。『勘に関する知識』も、『勘を選択する力』とやらも、『勘生活』なるワードも全く馴染みがない。


 そう正直に言った。

 するとプロデューサーは「ぶっちゃけ俺もだ」と肩を落とした。彼の話によると、どうやら『勘育』なる言葉を生み出した(たぶんいまのところこんな言葉はないはずだ)のは我が局の会長ご隠居のようである。


「現代人はもっと感覚を研ぎ澄ませる必要がある! 第六感を鍛えるのじゃ! 現代人に必要なのは『勘育』じゃ! ワシの第六感がそう告げているんじゃ!」


 朝イチにそんなトチ狂ったことを言い出したらしい。誰もが「会長いよいよか」とも思ったらしいが、とにもかくにも経営陣は動き出した。会長がそう言うのなら、とりあえず動かなくてはならない。『勘育』をテーマにした番組を作らなくてはならないのだ。あわよくば、視聴率もある程度稼ぎたい。


 そこで白羽の矢が立ったのが、ここにいる敏腕――ということになっているプロデューサー、家洲いえす満作まんさくなのだという。名前の通り、ただのイエスマンだ。


「参ったよ、まじで」


 ちょっともう今日飲みに行こうぜ、なんて言いながら、家洲Pため息量産マシーンはガリガリと頭を掻いた。その指を鼻に近づけ、「っせ」と顔をしかめる。嗅ぐなよ。



「つまりは――」


 個室居酒屋のボックス席である。

 ビールをジョッキで二杯あけたタイミングで切り出した。


「第六感を鍛えられるような番組を作れば良いということなんですよね。幼児向けの」

「そうだ。あくまでも教育だからな。ターゲットは子どもだ」

「とすると、とりあえずはマスコット的なキャラが必要ですね」

「そうだな」

「一応俺なりに考えてみたんですけど」

「おっ、言ってみろ」


 ぺらり、と手帳をめくる。

 そこにあるのは、マスコットキャラのラフ画だ。俺は構成作家ではあるが、絵心は0なので、顔のパーツがないミシュランマンのような物体である。かろうじて手足と呼べるものはある。


「なぁ、これ描く必要あったか?」


 家洲Pの言い分も最もだ。自分でも描いたは良いものの、これなら別に描かなくても良かったと思う。


「もちろんあります。マスコットキャラは必要だぞ、というメッセージです」

「な、なるほど」

「このキャラの名前は『キタロウくん』といいます」

「ちょっと待て。会長と同じ名前だぞ、大丈夫か!?」

「大丈夫です。何せ彼の正式名称は『ビビッとキタロウくん』ですから」

「よし、それなら問題ないな!」

「ですよね!」


 二人共、良い感じに酔っている。


「それでですね。番組内容としてはこうです。このキタロウくんが、日常生活のありとあらゆる局面をすべて勘で切り抜けるのです」

「ほほう。さすがは『勘』をテーマにした番組だ。どうしたってそうなるよな」


 どうしたってそうなるなら、自分で考えてこい。


「まず彼は、朝起きるのにアラームなんてセットしません。完全に勘で起きます。何なら時計そのものがありません」

「時間に縛られがちな現代人へのアンチテーゼとも取れるな。それで?」

「もちろん、起きられません。学校に遅刻します。ちなみにキタロウくんは小学生です」

「うむ。ターゲットは子どもだからな。小学生くらいが良いだろうな。ていうか遅刻しちゃうのかよ!」

「します。そう簡単に起きられませんって。ちなみにキタロウくんは、時間割もチェックしません。学校の準備はすべて勘です。それで――」


 そう言いながらページをめくる。ミシュランマンが拳を振り上げ、叫んでいる絵が描かれている。もちろんこれもいらなかった。


「勘を発動させる度に、『ビビッとキタ――ロウ!』と叫びます。キタロウくんの決め台詞です」

「おお、これは子ども達が真似するな!」

「何ならこの台詞で変身なんかさせてもいいかもしれません。第六感ヒーロー『ビビッとキタロウ』です」

「名前そのままじゃないか! しかし変身ヒーローは悪くないな」


 その後も俺は酒を飲みながら案を出し続けた。


 キタロウくんは、算数のテストを「ビビッとキタ――ロウ!」と勘で受け、


 体育のドッヂボールも、「ビビッとキタ――ロウ!」と目をつぶって勘で避け、


 家庭科の調理実習では、肉じゃがの味付けを「ビビッとキタ――ロウ!」とすべて勘でこなした。


 その結果――、


 キタロウくんは、算数のテストで5点しか取れず、

 ドッヂボールではボールが当たりまくって大怪我をし、

 肉じゃがはなぜかカレーになった。


「何か、ことごとく駄目だな。開幕から寝坊して遅刻してるし」


 さすがの家洲満作イエスマンもこれにはノーだったらしい。


「違いますよ。逆です」

「逆?」

「『勘育』なんですから、初日から何もかもうまくいかない方が良いんですよ。キタロウくんは失敗を乗り越えて勘力かんちからを鍛えていくんです。番組タイトルは『目指せ、勘力999! ビビッとキタロウ!!』です」

「お、おお、なるほど! 回を重ねるごとに成長していくんだな!」

「そうです! そして、最終的に勘力999になったキタロウくんは、こうなります!」


 と勢いよくページをめくる。

 何か炎みたいなの(ただのギザギザ)をまとったミシュランマンが両手を上げている。これもまぁいらなかったとは思う。


「キタロウくんは勘で東大に合格し、勘でプロのドッヂボール選手の球を避けまくり、勘で三ツ星レストランのシェフの鼻っ柱を叩き折ります!」

「すげぇ!」

「どうですか!」

「いやもうこれ完璧だろ! 視聴率50%も夢じゃないぞ! 革命だ!」

「そんなにですか……?」

「おう、間違いない! 俺の第六感がそう告げているんだ!」

「早くも勘力が!」

「そうだ! ワーハハハ! もらった! 今期の視聴率数字はもらったぁ! 飲め! 伍代! ここは俺のおごりだ!」

「あざす! 舟盛り良いスか!?」

「おう、頼め頼め!」

「あざす! あざーっす!」


 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 一方その頃――、


「朝言ったやつな、やっぱなし。何かワシの第六感が『絶対やめろ、炎上する』って告げてる」


 何かすまんかったな、と喜多郎会長は、息子である社長に頭を下げていた。

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『目指せ、勘力999! ビビッとキタロウ!!』 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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