「残業のお供にコラーゲン」

玉椿 沢

残業のお供にコラーゲン

「思ったんですけどね」


 細かな事が気になるのが警部、どーでもいい事が気になるのが自分と自称している山脇やまわき孝代たかよが、自分の教育係である矢野やの彩子あやこに話しかけたのは、彩子の残業が確定したタイミングだった。


「何かネ? こっちはテンションがダダ下がりでネ。とっとと済ませて帰りたいんだケド」


 急いで帰宅してまでする事はないが、帰宅すればしたい事ならばいくらでもあるのが彩子である。


「とっとと終わらせて、家でゆっくりゲームでもしている方がいいんだヨ、私は。フレともレースしたいし、お腹も空く。学生は、早く帰って予習でもしていたまえヨ」


 少々の嫌味を交える程度に、彩子は苛立っているのだが、孝代は怯まず、


「そこですよ、そこ」


 彩子のいった「お腹が空く」という所に、話したい事がある。


「折角ですからね、夕食でも作ろうかと思ったんですよ。思いついてしまった事があるのですヨ」


 語尾を彩子に似せた孝代は、昼食にと買ってきたが、数を間違えて余らせてしまったフライドチキンを呼び刺していた。


「フライドチキンをくれてやるから、温めて食えって事かい?」


 彩子はげっそりした顔を見せる。


「随分なご馳走ダヨ」


「ノンノン」


 孝代は立てた人差し指を左右に振った。


「このフライドチキンは圧力釜で作られてる訳でしょう? 圧力をかけて揚げられたって事は、こいつの骨は出汁が非常に出やすくなってるって事ですよね。そして鳥の骨といえば……」


 と、孝代は不意に自分の頬を叩き、


ですよ」


 手羽先などの骨付きの鶏肉は、それだけで出汁にコラーゲンが含まれる。圧力釜を使って作られたフライドチキンは、特に出やすい状態になっているはずだ。


「そして衣は小麦粉……って事は、これを具材にシチューを作ったら最高な訳です」


「特製の鶏肉シチューって訳かい?」


「コラーゲンが豊富なものは大抵、美味しいんじゃないかって思いついてしまったのです」


 だから作ってみようと思った――孝代が彩子にいいたいのは、それだった。


 そして作りたいのはシチューだけではない。


「つい先日も、この鶏の手羽先で簡単にコラーゲンスープが作れるっていうのを見てしまいましてね~」


 共用の冷蔵庫を開けると、孝代が忍ばせていたタッパーが入っている。


「おお、本当にゼラチン状になってる!」


 タッパーの中身が、そのコラーゲンスープだ。


「ほう?」


 首を傾げる彩子に対し、孝代は得意絶頂という顔を見せ、


「これは時間がかかったんですけど、作ったんですよ。たっぷりのお水に、たっぷりの手羽先を入れて、お塩をひとつまみ。それを強火で煮込む。アク取りしながら、お肉が柔らかくなってきたら一度、取り出してぶつ切りにして、もう一度、入れ直す。今度は弱火で30分」


 スープが冷めてから冷蔵庫に入れてできたのが、このゼラチン状になったスープだ。


「これを使っておじやを作ると、おじやもコラーゲンたっぷりなのですよ」


 ふっふっふっとわざとらしく笑う孝代は、丁度、材料になるものも冷蔵庫に備えている。


「鶏肉と卵で親子丼風のおじやにしましょ」


「鶏が被るネェ」


 などと鼻を鳴らす彩子であるが、嫌という訳ではない。お疲れ様でしたと帰宅しても構わない見習いの孝代が、折角だからと作ってくれるというのだから、お呼ばれするのも嬉しいものだ。


「サイコさん、髪は綺麗なんだから、肌にも気を遣ったらモテるようになるかもですよ」


 彩子が「サイコ」とも読めるからという理由でつけられたあだ名で呼ばれるのは、嬉しくないが。


「大きなお世話だヨ」


 渋い顔をする彩子の髪は、無造作に両手で背へと送っただけで元通りに落ち着く、見る者が見れば羨ましくなる程の髪質だ。


「パパッと作ってしまいますよ、パパッとね」


 ケラケラと笑いながら、孝代がフライドチキンとスープの素を小脇に抱え、給湯室に備え付けられたガステーブルへと向かった。


 フライドチキンの他には、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、シメジを具にする。


 広いとは言えない調理スペースであるが、孝代の手際は悪くない。一人暮らしを始める前から、歳の離れた弟がいる孝代は台所に立つ事もしばしばあったからだ。


「サイコさん、好き嫌いないですよね?」


 給湯室からかけられた孝代の声に、彩子は「いや、ある」と口を開きかけるのだったが、


「あっても入れますけど」


「なら聞くもんじゃないヨ……」


 またしても彩子は渋い顔。


「ちなみに、何です? 私は梅干しが食べられません。あと納豆もダメです。デンプンでコシを出してるタピオカみたいなうどんも嫌いです」


「最後のうどんは、何だか山脇サンっぽいネェ」


 一瞬、笑みが浮かぶ彩子の表情であったが、


「私はジャガイモが嫌いだヨ」


「シチューなんだから入れますよ?」


 孝代は当然だろうといわんばかりに返してくるのは、やはり辟易させられた。


 そうしてできたのは、クリームシチューと鶏肉と卵のおじや。


「唐突の残業をしなきゃいけない身としては、なかなかのご馳走だネ」


 湯気の上がる料理は、最後に彩子を笑顔にしてくれる。


「名付けてコラーゲン三昧。どうでしょうかね?」


 得意絶頂という風の孝代に対しても、


「名前はギリギリアウトだねェ」


 孝代が見慣れた嫌味そうな笑みを、親愛の情を込めて浮かべていられる。

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「残業のお供にコラーゲン」 玉椿 沢 @zero-sum

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