銀の魔女のお気に召すまま
蒼風
0.死んでもいいや。
死んでもいいや。
そう、思っていたのに。
深夜の、学校の屋上から飛び降りると、どこか別世界に行けるなんて、今どき小学生でも信じないような都市伝説と怪談話のハーフみたいな噂話を聞いた時は、心の底から「馬鹿馬鹿しい」と思ったし、そんなことあるわけないじゃんとも思ったし、実際にそんな言葉を呟いたような気がする。
死んでもいいや。
そう、思っていたのに。
自分の目で見ないで否定するなんて。
心の中で、一体誰に向けたものなのかも分からない言い訳をして、深夜の学校に忍び込み、経年劣化でちょっと力を入れてノブを回せば鍵ごと開いてしまう「生徒立ち入り禁止」の張り紙がしてある扉の先へと歩みを進め、「異世界に繋がっている」という屋上へとたどり着いた。
死んでもいいや。
そう、思っていたのに。
正直、噂の真相はどっちでもよかった。今、この場所から、違うところに行けるなら、あの世もこの世も、現実世界も異世界も大して変わらない。せめて、そう。もうちょっと面白い人がいるといいなぁ。そんなことを思っていた気がする。
死んでもいいや。
そう、思っていたのに。
結果として、噂は本当だった。
私は夢を見るような感覚を覚えた後、全く知らない世界の、雑草の上に寝ころんでいた。
貞淑なつもりはないけど、流石に身の危険を感じて起き上がる。近くを歩き回った後、大き目の「民家」でも、「遊郭」でもなさそうな建物に入って、受付っぽい人に事情を説明すると、「またか」とでも言いたそうな「ああ」という反応と共に、殴り書きの地図を貰い、「そこ、行って」と指示された。
地図に従ってたどり着いた先でも、やっぱり似たような反応をされた上で、同じような粗っぽさで描かれた地図と、書状を手渡され、「そこに行って、書状を渡せば大丈夫」と言われる。
お役所仕事のたらい回しを受けてたどり着いたのは、街並みから少し外れた、「草原」と「森」の中間地点くらいに鎮座する、「館」と呼ぶのにふさわしい建物だった。
死んでもいいや。
そう、思っていたのに。
館に住んでいたのは「カトリーヌ」と名乗る一人の女性だった。巷では“銀の魔女”と呼ばれている彼女は、渡された書状に目を通すと、一言、
「君は、人と話すのは得意か?」
「は、はい?」
「いいから。答える」
「えっと……苦手ではない……です、けど」
「よし、採用だ」
「え?」
と、まあ、実に簡単なやり取りの後、私は「“銀の魔女”カトリーヌの助手」というポジションへと収まることとなった。
死んでもいいや。
そう、思っていたのに。
そして、今。
私の目の前には、長椅子の上に寝っ転がって、惰眠を貪っているカトリーヌの姿がある。手元には寝る直前まで読んでいたと思われる本があり、身体には上着のローブらしきものがかかっている。
ちょっと前は着の身着のままで、それこそ床で寝ていることもあったカトリーヌだけど、私が口酸っぱく注意をしたことで、なんとか「床以外」で「何かしらの布を体にかけた状態」で寝るようにはなってくれた。本当はベッドで寝て欲しいんだけど、これでも一歩前進だ。
私はひとつ息を吐いて、
「カトリーヌ。起きて。今何時だと思ってるの」
カトリーヌの身体を揺さぶる。すると、拒絶するように身体を丸めていく。つくづく思う。彼女の前世はきっとダンゴムシか何かだ。
「ほら、起きて!依頼、聞いてきたから!」
私がさらに激しく揺すると、カトリーヌは漸く薄目を開けて、
「おはようのキス、してくれたら起きる」
私はそんな要求を無視して、
「あと十秒で起きなかったら、椅子から蹴り落とします」
「分かった分かった……全く乱暴な助手だ……」
カトリーヌは漸く観念して、上体を起こして、大きく伸びをした後、もっと大きなため息とともに、
「全く、なんで依頼なんかするんだ、めんどくさい……」
「あんたが募集してるんでしょうが……」
死んでもいいや。
そう、思っていたのに。
気が付けば私は、「元居た世界」の誰よりも“死”から遠いところにいた。
これは、現役女子高校生だった私・
百歳を超えたところから年齢を数えるのはやめたと豪語する、カトリーヌの物語。
銀の魔女のお気に召すまま 蒼風 @soufu3414
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