解決編
「『予告殺人タコ焼き』のトリックの正体は、マルチプルアウトよ」
ミツキが事件の真相を語り始めた。
「マルチプルアウト。奇術師や占い師が使うテクニックの一つ。どうにでも取れる表現をすることで、相手から発言や行動を引き出してから後出しで的中したかのように見せかける――」
「後出しとは失礼ですわね。あたくしは最初に宣言しましたわよ。『最初に選んだタコ焼きで絶対にハズレを引く』と」
「でも、なにがハズレを指すかは言わなかった――そうよね? 食べてからのお楽しみ、なんて言って。結論から言えば、あなたが用意した三つのタコ焼きはそのすべてがハズレのタコ焼きだった。だから私が最初にどのタコ焼きを食べたとしても、あんたの予言は的中することになったのよ」
ぼくはタコ焼きを食べる前のミツキとモナカのやり取りを思い出していた。ミツキは今回のゲームの推理ジャンルは毒殺だけではなく予言だと言っていた。もし推理ジャンルが毒殺なら、毒ではないものを毒と言い張ることはできない。毒ではないものを食べても人が死ぬことはないからだ。しかし予言なら話は別だ。毒ではないものを食べたとしても、それが毒だったと思い込ませることさえできれば予言は成立する。
「まず、右にあったタコ焼き。これはあんたの手違いでタコが入っていなかったわ。もしこのタコ焼きが最初に選ばれたなら、あんたはこう言ったでしょうね」
コホン。ミツキが咳払いをする。
「『おーひょっひょっひょっ! どう? あなたが食べたタコ焼きにタコが入っていまして? そう、そのタコ焼きこそが今回の『予告殺人タコ焼き』におけるハズレのタコ焼き。タコが入っていないタコ焼きなんてタコ焼きじゃありませんものねぇぇえー!』……とね」
「あたくしはそんなバカっぽい喋り方じゃありませんわ。悪意を感じますわ!」
いや、だいたいあんな感じです。
「そして残りの二つのタコ焼きを、机に用意されたナイフで切り分けて中身を示す。他のタコ焼きにタコが入っている以上は、最初に選んだタコ焼きがハズレであることに疑う余地はない。もし左のタコ焼きを食べてしまえば明石焼きであることがバレてしまったかもしれないけれど、そのときは理由をつけて自分で食べるなり、使用人に食べさせるなりして処分するつもりだったんでしょうね」
そうだ。普通はタコ焼きを食べるのにナイフを使ったりはしない。なのにミツキがタコ焼きを切り分けるときには机の上にナイフがあった。このナイフはミツキが右のタコ焼きを選んだときのために用意してあったわけだ。
なにか疑わしいという嫌疑があったとしても、最初に選んだタコ焼き以外にタコが入ってるのは目で確認することができる。おそらくはこのルートこそが、モナカがもっとも選んでほしかった選択肢なのだろう。
「
「ただのタコ焼き。たしかにそうね。私たちが食べたときにはただのタコ焼きでしかなかったわね。あれをハズレと言い張るのは無理だったでしょう」
「だったら……」
「だから、どうしても最初のタコ焼きはアツアツの状態で食べてもらう必要があった。そうよね?」
ミツキはすべての真相を見抜いている。
当然ながら、この『予告殺人タコ焼き』に仕込まれた第二のトリックにも。
「あんた、出身はインドかしら?」
「
「それよ。あんたがちょくちょく口にするやつ。インドの公用語であり、インドでもっとも話されている言語――ヒンディー語ね。それに二つ名の『唯我独尊探偵』。天上天下唯我独尊とは仏教の開祖・釈迦が生まれたときに初めて発したとされる言葉よ。ゴーダマ・シッダールタ――釈迦の出身は北インドよね?」
「たしかにご推察の通り、あたくしはインドの出身ですわ。それがこの事件と何の関係がありますの?」
「インドといえば香辛料の本場だわ。香辛料の用途は大きく分けて三つしかない。色をつける・香りをつける・辛みをつける――あんたが用意した三つめのハズレのタコ焼きは、そのうちある香辛料を用いて強い辛みをつけたタコ焼きだったのよ」
そうだ。最初にミツキが明石焼きを食べたときにぼくは考えていた。ルーレットタコ焼きのハズレは唐辛子などで強い辛みをつけたものが多いと。
「るぅるぅるぅ。なにを言うかと思えば――辛みですって? あなたたちが食べた真ん中のタコ焼きのどこに辛みがあったというんですの?」
「それはもう笑い声じゃねーわよ。
ミツキは講義するかのように言った。
「香辛料の種類は一説には万を越えるとも言われているけど、その中でも辛みを生む香辛料の数は意外なほどに少ないわ。代表的なもので言えばカプサイシンを有する唐辛子・ピペリンを有するコショウ・サンショールを有するサンショウ・ショウガオールを有するショウガ・アリシンを有するニンニク――そしてアリルイソチアネートを有するワサビ」
そう。やはりあの鼻に突き抜ける青々しい香りの正体はワサビだったのだ。
「ワサビの爽やかな香りと強い辛みの正体は細胞内に含まれているシニグリンよ。シニグリンは単独では辛みを生じないけど、すり下ろして細胞を破壊することにより酵素と反応して加水分解を起こし、辛み成分であるアリルイソチアネートを中心に十数種類の香味成分を発生させる――そしてこのアリルイソチアネートにはある特性があるのよ。揮発性で蒸発しやすく、何よりも非常に熱に弱いという特性がね!」
ワサビといえば食べ物を用いた罰ゲームの王様だ。しかしルーレットタコ焼きのような温かい食べ物に用いられることは少ない。それはカプサイシンやピペリンとは異なり、ワサビに含まれるアリルイソチアネートの辛みと風味は熱によってまたたく間に失われていってしまうからなのだ。
「思えばあんたの行動はちぐはぐだったわ。一度冷めたタコ焼きをわざわざ作り直したり、選ぶときにもさんざん急かしていたくせに、いざ最初のタコ焼きを食べたあとはマンツーマンディフェンスの茶番で冷めるまでの時間稼ぎをしていた。それはこのトリックを成立させるためだったのね」
ワサビを用いて作られた真ん中のタコ焼きは、焼きたてのうちに実食すれば強い辛みが残っているが、時間経過と共に辛みが失われる。つまり最初に食べたときはハズレだが、その後に食べるとただのタコ焼き――アタリに化ける。
「口にしたときに生じる強い辛みと、ワサビという食品に付随する罰ゲームのイメージ。これらの作用は絶大よ。最初に真ん中のタコ焼きを食べたときに、ハズレと信じさせるには充分でしょうね。残りの二つはタコがないタコ焼きと明石焼き。とはいえ、タコがないのは手違いだと言い逃れることができるし……明石焼きについても、変わり種とはいえ強い辛みがないのは確か。それに通常の明石焼きよりも浮き粉の量が少なく味付けもタコ焼きに寄せている分、ただの柔らかいタコ焼きと言い張ることもできるわ」
「どうやら……見抜かれてしまったようですね。あたくしの負けですわ」
「一つだけ疑問があるの。揮発性の辛み成分であるアリルイソチアネートはたしかにワサビの主要成分よ。でも、アリルイソチアネートは同時にカラシの主要成分でもある」
それは知らなかった。ワサビとカラシの味は香り以外は同じだったのか。
「カラシにはワサビのような特徴的な香りはないわ。もしこのトリックにカラシを使っていれば、痕跡が残らない以上は見抜くのに骨が折れたでしょうね。どうしてわざわざ香りが強いワサビを使ったりしたわけ?」
モナカは晴れやかな表情で天を仰ぐ。
「ふっふっふっ。
そんなの愚問ですわ。あたくしたちは探偵令嬢。ミステリーという深淵に挑む好敵手であり、探求者でもあり、同志でもある。わかってるでしょう? この世界にはね、解けない謎なんてあっちゃいけないんですのよ」
「あんた……やろうと思えば、普通に笑えるんじゃない」
「ちょっと良いこと言ったんですからそっちに反応してくださいまし!」
まぁ。要するにゲームを仕掛ける以上は解けないゲームを仕掛けてはいけない、というモナカなりのプライドなのだろう。そのわりにはけっこうアンフェアだった気がするが……。
ぼくはあることに思い当たった。
「しかし、このトリックはどのタコ焼きを最初に選んだかによって難易度が変わるんですね。特に最初に右のタコ焼きを選んだ場合、タコがないのがハズレという体でいくと見抜くのは難しくなる気がします。モナカさんは最悪、残りのタコ焼きの中身を見せるだけでもいいわけですから」
「あーね。だからわざわざ小細工までして、右のタコ焼きを選びやすくなるようにしてたんでしょう。事実、あなたは右のタコ焼きを選んだ」
ん?
「小細工って……ひょっとして、まだトリックが残ってるんですか?」
「あれ? もしかしてあなた。『このゲームの解決編は――ぼくにやらせてください!』なんて大見得切ってたのに、謎を取りこぼしてたの? これはグルメ探偵の助手を務めるのは厳しいかもねぇ……クビにしようかしら」
「そ、そんなぁ!」
「
まずい。やっぱりぼくはまだまだ凡人の探偵助手のようだ。
「なんてね。冗談よ。私がこの小細工に気づけたのも、あなたがいたってまともな凡人であるおかげだしね」
「どういうことですか?」
「最初に三つのタコ焼きを選ぶとき、あなたは言ったわよね。三つとも大きさが不揃いだって」
「そういえば」
「タコ焼きは専用の調理器具の型に生地を流し込んで焼成するものでしょ? なら、なんで大きさが不揃いになんのよ」
「あっ!」
たしかにそうだ。ことタコ焼きにおいて、大きさが不揃いになるなんてことはありえない。つまり、それは……。
「唯我独尊探偵。あんたは三種類の異なる大きさの型を用意して、微妙に大きさを変えた三つのタコ焼きをつくった。そうでしょう?」
「
そんな……どこまでも手間がかかることを!
「松竹梅効果――と呼ばれる心理効果があるわ。人間は異なる三つの選択肢を選ぶとき、無意識に中央だと感じた選択肢を選ぶ傾向がある。あんたは三つのタコ焼きのサイズを変えて、選ばせたい右のタコ焼きを真ん中のサイズになるようにした。いたって凡人である助手が直感で右を選ぶのを見て、私はあえて左を選んだのよ」
「そうか。あれはただの無意味な嫌がらせじゃなかったんですね」
「………」
「ただの無意味な嫌がらせじゃなかったんですよね!?」
ともあれ。これで事件の幕は下りたようだ。
「一件落着ね。なかなか楽しい趣向だったわよ、唯我独尊探偵」
「こちらこそ。有意義な時間が過ごせましたわ、グルメ探偵。また次のゲームでも、お互いの助手の未来を賭けて競おうじゃありませんか」
「望むところよ」
「ちょっと待ってください。モナカさんは助手がいないんだから、それじゃノーリスクじゃないですか!」
「聞こえませんわ~」
「安心なさい。私もノーリスクよ」
「ミツキさんはせめてリスクを感じてください……」
やっぱり探偵令嬢はろくでもない。早くこの人たちの気がまぎれるような事件が起きないだろうか……ぼくはそう祈るのだった。
(終)
唯我独尊探偵の逆襲~予告殺人タコ焼きの謎~ 秋野てくと @Arcright101
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