藤原仲麻呂の最後
結城藍人
藤原仲麻呂の最後
「最後に聞かせて欲しい。上皇よ、いや帝よ、余の何が悪かったというのだ? いや、道鏡の何が良かったというのだ?」
敗残の身を厳しく戒められた惨めな姿ではあったが、
平城京大極殿の一室、その小部屋は人払いされていて、仲麻呂を捕らえた
もとより、完全に二人きりということはあり得ない。女帝が一声上げれば部屋の外に待機している衛士が駆けつけるであろう。だから、仲麻呂とて無駄な抵抗をする気は無かった。このあと斬られることも確定している。最後の機会。だからこそ、仲麻呂は女帝の真意を知りたかった。
女帝もそれは分かっているのだろう。だからこそ、あえて捕らわれた仲麻呂と二人きりになったのだ。仲麻呂の問いに少し思案した女帝は、おもむろに口を開いた。
「そなたでは足りなかったのですよ、押勝」
「足りぬ、とは?」
「そなたはよくやってくれました。我が父君、聖武の
「なればこそ、余は唐が乱れているこの機会に
言いつのろうとした仲麻呂を、女帝は遮った。
「それでは唐を超えることはできません。古の大王ですらできたこと。
「それは何なのですか? 余ではなく、あの坊主にしかできぬというのですか!?」
叫んだ仲麻呂に、女帝は微笑みながら答えた。
「ええ。なぜなら、道鏡が高徳の僧だからです」
「……は?」
理解しがたいという顔になった仲麻呂に、女帝は噛んで含めるように言う。
「道鏡は戒律を守り、女犯を一切断っている高徳の僧です。つまり、子はいません。
「……は!?」
まったく理解しがたいという様子を更に深める仲麻呂に、女帝は呆れたように溜息をついて説明を続ける。
「よいですか、歴代の中華王朝でさえも、王位、帝位を親から子への世襲を避けて禅譲したという例は、伝説の聖王である
「な、何と……」
己の予想もつかなかった理由を聞かされて絶句する仲麻呂に、女帝は再び優しく微笑んで言った。
「押勝、そなたは確かに
そこで一度言葉を切った女帝は、少し顔をくもらせながら言葉を続ける。
「でも、そなたにできたのは、そこまででした。せっかく文明国になったというのに、戦で他国から領土を奪おうなどという野蛮で徳の無いことを目論んだ。今こそ安禄山や
「……」
もはや言葉も無い仲麻呂に、再び微笑みかけながら女帝は最後の言葉をかけた。
「道鏡なら女犯戒だけでなく殺生戒も守り、戦などせずに徳のある政をすることでしょう。
がっくりとうなだれた仲麻呂。それを哀れむような目で見た女帝は、手を打って人を呼ぶ。
部屋に入ってきた吉備真備に、女帝は仲麻呂に対したときの優しげな口調ではなく、ごく事務的な口調でそっけなく指示を伝えた。
「この者の遺体を葬るように。史書には坂上石楯が
もはや捨てた
※称徳天皇と道鏡の関係については、井沢元彦『逆説の日本史』で提唱された説を参考にしました。
藤原仲麻呂の最後 結城藍人 @aito-yu-ki
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