「これが私」と言えるように
真朱マロ
第1話 これが私
ずっと自分の顔が嫌いだった。
ぽってり太い眉。一重の丸っこい目。存在感のない鼻。
それなのに、小さいのに厚めのおちょぼ口が自己主張して、変に目立つ。
色っぽいはずの泣きボクロも、私の顔にあるだけで「何かついているよ」とゴミ扱いだ。
綾小路美美子という名前もよくなかった。
「みみこ」は美が二つも並んでいるし、字面も雅やかな印象を与えるから、旧家のお嬢様っぽい美少女のビジュアルを期待されてしまうのだ。
学校に通っている間は進級してクラスが変わるたびに、自己紹介で名前を呼ばれると、期待に満ちたクラスメイトの目が一斉に向けられ、秒速で「なぁんだ」と嘲るようなまなざしに変わる。
あの瞬間が大嫌いだった。
「そんなことないよ、美美子ちゃんは可愛いよ」
そんな風に言われることもある。
だけど、そんな風に言ってくれる人の代表の実の姉は、麗美という名前にふさわしい美少女だった。
柔らかに弧を描く眉に、二重のぱっちりした目。スッと通った鼻。
小さい口も可愛いサクランボみたいで、目立つホクロもない白い肌。
私の欲しいものを、姉は全部持っていた。
両親が同じはずなのに、この落差はなんだ。
親戚で集まったときは、身内の気安さで「麗美ちゃんは良いけど、美美子ちゃんは頑張らないとねぇ」と、遠慮なく比べられる。
姉が美少女だからって、いちいち引き合いに出される顔。
みんなそろって顔・顔・顔とうるさい。私は普通だ。
神様をののしりたくなるほど、自分の顔が嫌いになる理由のひとつが姉だった。
もう、顔のことはほっといてくれ。と声を大にしていいたかった。
だから、高校で同じクラスになった梨沙ちゃんに「美美子ちゃんって顔がナイトルージュ様に似てるね」なんて言われて、ドスの効いた声で「はぁ?!」なんて言ってしまったのも、わざとではない。
また顔?! と苛立っただけだ。
そして、梨沙ちゃんが見せてくれたナイトルージュ様のイラストに、更にどす黒い表情になって「はぁ?!」と叫んだのもわざとではない。
私にちっとも似てなかったので、純粋に驚いたのだ。
梨沙ちゃんの推しであるらしい、このナイトルージュ様。
アドベンチャータイプで人気のファンタジーゲームに出てくる、主人公の相棒になる姫騎士で、私に対する嫌がらせかと思うぐらい目鼻立ちのスッキリした美人だったのだ。
白い騎士服で男装し、腰まであるサラサラの髪をポニーテールにしてキリッとした立ち姿なのに、表情がやわらかなので女性らしさが強調され、特に目元の泣きボクロが色っぽい。
乙女と少女の境界線にいる危うさが、女性らしいメリハリのあるスタイルを清廉に見せていた。
「美人じゃん、似てないよ」
似ているのは身長と、髪の長さくらいだ。
それに日本人にありがちな体形ですけど、何か?
ケッと吐き捨てた私に怒ることもなく、梨沙ちゃんは「うふふっ」と楽しそうに笑った。
両手を組み合わせ、ぽわぽわと表情をほころばせる。
「良かった、ナイトルージュ様のこと、美人だって思ってくれて。美美子ちゃんって、ゲームはしなさそうだから、興味を持ってくれて嬉しい」
「いや、興味はないよ。興味はないけど、それと美人かどうかは別物でしょ?」
「ううん。嫌いな人は、嫌いだって反応に出るから、こっちも傷つく言い方されるんだぁ」
そしてモジモジしながら、梨沙ちゃんは上目遣いになる。
「あのね、お願いがあるんだけど。次の土曜か日曜、うちに来て欲しいの」
可愛い系の少女が、頬を上気させながらねだる愛らしいお願いを、スッパリ断れる猛者はこの世にはいないと思う。
私だって数少ない友達のお願いぐらい、叶える程度の甲斐性はあるのだ。
そして、日曜日。
私は梨沙ちゃんの家で、白い騎士服に身を包んでいた。
意味がわからない。
いや、意味は分かるけど、思考が追い付かない。
誘われたあの日、既成服のサイズを聞かれたので、おかしいとは思っていたのだ。
だがなぜ、私の衣装が、当然のように用意されているのか?
わからない。いろいろとわからない事だらけだ。
このゲーム、女性と男性と二通り主人公を選べるのだが。
どうやら梨沙ちゃんは女性タイプの主人公である「見習い騎士のルルベル」らしい。
私の騎士服はパンツスーツタイプだけど、梨沙ちゃんは女の子らしいミニスカートなので非常に可愛い。
だから、同じく白い騎士服に身を包んだ梨沙ちゃんが、同じ部屋にいるのはまだ良い。
しかし、同じ白い騎士服に身を包んでいる梨沙ちゃんのお兄さんがいるのはおかしい。
絶対におかしいと思うのだが、当然のように「見習い騎士のハルトルートです」などと自己紹介してくるので、普通に「どーも、私はナイトルージュらしいです」と流れるように握手してしまった。
私の返事がツボだったのか、梨沙ちゃんとお兄さんは「らしいってのが、それっぽくていい」とうけていた。
この二人のことはわからん、と思ったけれど、声には出さなかった。
「美美子ちゃん、目を閉じて」
「大丈夫、怖くないから」
圧のあるとってもいい笑顔に二人がかりで迫られて、思わずうなずいてしまった。
それほど私は気弱ではないはずなのに、この兄妹、目力がありすぎて非常に怖かった。
なにがなんでも逃がさないという意気込みを感じたせいかもしれない。
そこからは無理やり座らされ、二人はやりたい放題だった。
まずは怒涛の語りで、これがどれほど素晴らしいゲームなのかを語られた。
ルルベルちゃんの良いところや、ハルトルートの推せるところまで、熱っぽく語られた。
そして、ナイトルージュ様の尊さも熱っぽく語られ、この二人がコスプレで参加しているコミケの予定まで教えられ、怖かった。
私のスマホに、目の前でコミケへの参加予定表も送られ、コスプレ参加の人数が三人に増えていて、実に怖かった。
そんな情報はいらないし、私を加えないで欲しい。
だけど、ゲームについて私は無知で、推してないよ? と事実を言えない空気があった。
そして、怖がっている私は何が何だかわからないうちに、顔にベタベタといろんなものを塗りたくられる。
クリームらしきものに始まり、筆がくすぐるように肌を滑り、上を向けとか下を向けとか指示を出されるままに動いて、解放されるまでかなりの時間がかかったと思う。
クッキリしたアイライナーや甘い艶があるリップグロスに、無駄なことをするよね、と思ったのは内緒だ。
どんなに頑張ったって、私は私だ。
自分の顔は平凡で、イヤになるほど見てきたから、期待なんてしない。
そう思っていたのに。
お兄さんが「終わったよ」って満足そうに笑って、梨沙ちゃんに「ふふん♪」と鼻歌交じりで鏡を渡され、嫌々ながら覗いたら息が止まった。
私が驚くと、鏡の中の人も驚きの表情になる。
私らしくないけど、私だった。
細く優美な眉の下にある二重の目も、陰影でスッと通った鼻筋も、プルンとした小さな口も、全部全部ナイトルージュ様の形や色に似ていたけれど、元々の私の顔立ちだってわかるメイクだった。
「どうして?」
それだけで尋ねたいことがわかったのか、お兄さんと梨沙ちゃんは顔を見合わせてから、あっけらかんと笑った。
二人そろって、太陽みたいに明るい笑顔だった。
「だって、美美子ちゃんって元から綺麗だもの」
「強引なメイクで作りすぎるより、似合うだろ?」
「それにナイトルージュ様って、濃いメイクが似合わないナチュラル派だからね~あくまで自然にしなきゃダメなの」
二人だけでわかり合って「ね~」なんて言いながらニコニコしているので、私もなんとなく力が抜けて「そっか」とつぶやいた。
よくわからないぐらい化粧品をたくさん塗り込まれたけど、それでも自然な私の顔になるのだ。
ラノベで良く聞くセリフに男勝りの女騎士が「コレが私?」と驚くシーンがあるけど、今の私は「これが私」だと胸に落ちてくる。
同じセリフなのに、意味がまったく違う。
「ありがとう、すごく嬉しい」
確かに私自身の顔なのに、ナイトルージュ様の衣装や色のおかげでちょっとだけ現実の自分から離れているから、素直に綺麗だなって思えた。
ストレートにお礼を伝えたら、お兄さんと梨沙ちゃんは「ぐはっ!」と胸を押さえて同時に倒れた。
「やばい、ナイトルージュ様の笑顔に尊死」
「リアルやばい。三次元サイコー……もう無理、しんどい」
「推しに心臓をにぎりつぶされる」
やばいやばいと言いながら二人がのたうち回っているので、しばらくそっとしておいた。
コスプレには興味はないけど、喜んでいるみたいだから良かった。多分。
そして、鏡を見る。
姉とも違うタイプの顔立ち。
目元の泣きボクロが、自己主張してるのもいつも通り。
でも、いつもとはどこか違う顔立ち。
コレが、私。
今まで見続けてきた自分の顔なのに、まるで違って見えるのが不思議だ。
とりあえず私も、自然で綺麗になるメイクを覚えたいと思う。
梨沙ちゃんとお兄さんに、メイクの技術を教えてもらえたら嬉しいな。
でも、コスプレ参加は遠慮したいけど。
たぶん、その願いは叶わない気がするのであった。
【 終わり 】
「これが私」と言えるように 真朱マロ @masyu-maro
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