ムダ毛を食べるカタツムリ

邑楽 じゅん

その美容商品を見た事があるか?

 ある日のこと。

 俺が学校から戻ると、おふくろは妙に嬉しそうにしていた。


「あら、ジュン。早かったわね。せっかく後で見せようと思ったのに」


 おふくろはなにやら段ボール箱を持っている。


「なんだよ。また通販で何か買ったのか」

「今の時代、美容には大事なものよ。あんたもすぐに使いたくなるわよ」


 訝しそうにしている俺には構わず、おふくろは梱包を開ける。

 そこに入っていたのは、小さな虫かご。

 その中には木のチップと枝が置かれてあり、樹皮のところにはカタツムリが何匹もとまっていた。


「はあっ? わざわざペットにカタツムリ? どういうことだよ?」

「このカタツムリはそれだけじゃないのよ。お父さんが帰ってくるまでの秘密!」


 そして母親はほうれんそうの葉や水置きを入れて、小さなプラスチックの枠越しにカタツムリを愛でていた。



 その夜。やがて、親父が仕事を終えて帰宅した。

「お父さん。買ったわよ、例のやつ」

「おっ、ついに来たか。こりゃあ、さっそく試さずにはいられんなぁ」


 親父も嬉々として、ネクタイを脱いでシャツのボタンを外すと寝室に戻った。

 この両親の言ってる意味が、まだ俺には全く理解できなかった。


「よし、じゃあさっそくやるか」


 しばらくして、親父の声で振り返った俺は仰天した。

 寝室から出てきた両親は、くたびれたアラフィフの身体を隠そうともせず、小さなビキニを着けていた。


「な、な、な……」


 唖然とする俺にはお構いなしに、リビングにレジャーシートを敷いたら、その上に親父が寝転がった。

 するとおふくろは例のカタツムリを持ってくると、貫禄たっぷりに突き出た親父の腹の上に何匹か置いた。


「うひゃぁ、冷たい……おっ、でもこのヌルヌルは新境地に辿り着きそうだ」

「やだ、もうお父さんったら」


 楽しそうにしているバカ夫婦を見て、俺は呆れ混じりに聞いた。


「なんの宗教の儀式なんだよ、これは……」

「ジュン、これはね。脱毛用品なのよ。このカタツムリは毛を食べるんだって」

「毛を食うって?」

「人間の毛を溶かして食べてくれるのよ」


 そう言うと、おふくろはハードディスクに録画していた番組を再生した。

 レジャーシートに寝転がる親父の横にあるテレビからは、深夜の通販番組が流れ始めた。


 いかにも海外製品の通販といった風情の番組の作り。

 シュッとしてスタイルのいいビキニの美人。

 タイトなボクサーパンツ一丁の筋骨隆々のたくましい男。

 ところが、彼らが手足に這わせているのは、まさにカタツムリだった。


 すると胸毛も腹毛も無くなり、たくましい男の皮膚から、カタツムリの這った後に合わせて、ピカピカの肌が露出していた。

 これで、夏の薄着も、海のレジャーもおまかせ!

 そんな謳い文句だった。

 その短い通販番組は無限ループのように何度も同じ映像と共に、電話番号と値段と商品名がリフレインされる。


「マジなのかよ……って、うわっ、マジじゃん!」


 俺がテレビ通販に夢中になっていた間に、親父のみっともないヘソ周りの毛は徐々に綺麗になっていった。

 おふくろもそのうちの一匹をすねに乗せる。


「毛を溶かして食べてくれるから、肌がカミソリ負けしたりクリームでパッチテストをする必要もないし、毛先が鋭くならないから伸びて来てもチクチクしないって評判なのよ。毛のタンパク質と同じ皮膚の角質も溶かしてくれるから美容にもいいし、顔の産毛の処理にはカタツムリパックの効果もあるから一石三鳥よ。ジュン、あんたもヒマな時に試してみなさいよ」

「でもカタツムリって、血線虫とかの寄生虫が居るんじゃなかったっけか? 素手で触ったりして平気なのかよ?」

「これは美容商品としても売られているペットよ? だいじょうぶに決まってるでしょう」


 俺の両親は仲良くレジャーシートの上に隣り合って寝転ぶ。

 両腕をバンザイさせて両腋にカタツムリを置くおふくろ。

 腹毛の次はモサモサのすね毛を食べさせる親父。

 もはや地獄絵図だ。

 こういうたゆまぬ努力って、絶対に他人には見せちゃいけないやつだよな。



 ところが、学校でも例のカタツムリは話題になっていく。


 しばらくすると、休み時間にはちらほらと「カタツムリ」という単語を聞くようになっていた。

 クラスの中でもチョケた男子。遊んでそうな今どきの女子。

 どいつもこいつも、輪になってカタツムリの話に興じている。


「腋毛やすね毛だけじゃなくて、ヒゲもいけるのがいいよな」

「しかもレーザーみたいな痛みもなく、割安でパック効果もあるんだぜ。最高だよ」

「今は男も身だしなみを手入れしてないと、モテないもんな」


「あたしさ、ゆうべ思い切ってVIOも全部カタツムリにやらせたのよね」

「え~、うそっ! どうだった、大変じゃなかった?」

「あんな足首持ってお尻突き出した格好、カレシには絶対見せらんないよ!」

「でも『その時』になったら、ツルツルを見て逆にカレシ喜んじゃうんじゃない?」


 あられもない格好……もとい話題で盛り上がる連中。

 意外だったのはそんな流行にも疎そうな、剛毛で有名だった、パソコンやアニメが趣味の根暗な奴も、制服の袖から出る指先や手の甲はピカピカに輝いていた。

 老若男女、誰彼構わず、カタツムリは流行っているようだ。


 両親の姿に呆れ、クラスの話題にも興味ないふりをしている俺だったが、まぁ実はこっそりとすね毛を処理したのだが。

 夏場は蒸れず涼しく、制服のズボンに触れる肌を風が通り抜けて、気持ちいい。

 カタツムリが良いかどうかは置いといて、美容脱毛ってのも、あながち悪くない。



『蝸牛』だけに世間を話題の渦に巻き込み、つの出せやり出せと一気に頭角を現して、日本中を席巻した脱毛カタツムリだったが、徐々にその評判を落としていく。


 そもそもカタツムリ相手だから、脱毛がスムーズにいかないのだ。


 自由きままに皮膚の上を這い回るので、狙った箇所を上手く除毛できない。

 満腹になったら除毛をやめる。

 結果として、脱毛部位はまだら模様になってしまう。

 やっぱりクリームやワックスでの除毛や、エステサロンでの脱毛が楽チンだと知った消費者は、次第にカタツムリから離れていく。

 いつしか、俺のおふくろも親父も、カタツムリ脱毛をやめてしまった。


 猫や犬はおろか、爬虫類や哺乳類ほども場所も取らず、どこにでも居る虫だ。

 野生に返しても問題はあるまい、と無責任に捨てていく飼い主が増えた。


 とはいえ、在来種ではない輸入のカタツムリには間違いない。

 次第に日本固有のカタツムリの居場所を追った連中は全国で爆発的に繁殖し、毛を食わなくても普通に農作物や野草を食い荒らすようになった。

 毛を食うカタツムリ達は、アイドルが外来種の厄介者を調理する番組や、池の水をぜんぶ抜く番組にたびたび出たり、それに目を付けた農協がバジルソースのオリーブソテーといった「食べて駆除する」地元の名産品にしたり、さらにそれに目を付けたYouTuber達がこぞって捕獲し実食する動画が作られていった。



 一部の生物学者を除いて、その正式名称も知られない「毛を食うカタツムリ」。

 ところが、しぶとく生き延びた奴らは意外な場所に現れる。

 それは主に警察などで話題となっていたそうだ。



 自殺の名所として名高い森林や渓谷沿いに、その個体を集中させるようになった。

 おそらくこの世での生活を苦にして自ら最期を選んだ死体。

 それらの身体にカタツムリは群がる。


 まだ白骨化していない比較的新しい死体は、男女を問わず総じてスキンヘッドだという。この世の最後の瞬間を迎えて、苦悶の表情を浮かべる遺体は髪もない、もちろん眉も睫毛もない。

 そのうち警察からは「出家カタツムリ」などと呼ばれるようになった。

 遺体はまるで坊さんのように、毛が無くなるからだという。まさに仏門に入り仏の元へと近づくがごとく、綺麗に剃髪されたような遺体になるらしい。



 いつしか美容商品としての側面は無くなり、死体の毛を食うということだけが都市伝説としてクローズアップされたカタツムリ。

 そんなニュースを聞きながら、俺はプラスチック製の虫かごを見ていた。

「流行るのも廃るのも、人間の勝手だよな。親父もおふくろも飽きちゃうし、お前らのポテンシャルも示されなくて、勿体ないよな」


「じゃあ、ジュン。悪いけど留守番お願いね」

 そう言い残して、両親が外出していった。

 今日は休みなので、ショッピングモールでの買い物で遠出すると言っていた。

 両親の気配が消えると、俺はレジャーシートを敷いて、おもむろにパンツを脱ぐ。

 そして寝転んだら両足首を掴むと、秘部の上にカタツムリを何匹も這わせた。



 たとえ世間が飽きて忘れても、俺だけが知り続けるこの背徳感と高揚感。

 俺は今日も何食わぬ顔で暮らしながら、衣服の下はカタツムリの脱毛でツルツルという生活を続けている。

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