推しカツ!―💖と⭐で応援するね。

わら けんたろう

第1話 推しカツ!―❤と★で応援するね。

「おおーし! 結構、上位にあるじゃん」


 昨年から、小説投稿サイト『カクヨム』に小説を投稿している。

 ぼくは自室の平テーブルに頬杖を突きながら、PCの画面を眺めていた。見ているのは、『カクヨムアニバーサリーチャンピオンシップ2022』(KAC2022)の作品一覧画面。


 投稿された作品が、人気順に並んでいる。


 ――カクヨムアニバーサリーチャンピオンシップ。

 運営からの『お知らせ』によれば、


 『運営が公開する創作のお題に基づいて、ユーザーが作品を投稿・閲覧、レビュー投稿することで参加できるカクヨムユーザー全員参加型のキャンペーンです。

 期間中に、計11回運営からお題が出題されます。参加者は毎回出されるお題をもとに、作品を執筆&公開してください。』(https://kakuyomu.jp/info/entry/kac2022_2


 とある。


 今年、ぼくは、このKACに初参加することにした。去年は、まだ小説を投稿し始めたばかりで遅筆だったこともあり、参加を見送った。


 今年最初のお題は『二刀流』。締切は2022年3月4日午前11時59分だ。


 ぼくは、このお題で『二刀流男子★男も女もイカせてヤるっ!』というタイトルのBL&ラブコメ短編小説を2000字ほど書いて投稿した。締切前日の夜のことだ。


 思いのほかウケたのか、たくさんの人が閲覧してくれた。お星さまの数も想像以上だった。


「おおおおお、みなさん、ありがとうございますっ!」


 PCの画面に向かって、ぼくは手を合わせてお辞儀する。


 PC画面の右下に表示されている時刻を見ると午前11時30分になっていた。


「次の『お題』発表まで、少し時間があるな。昼飯でも食うか」


 そう言って、キッチンへと向かう。


 六畳1K、バス・トイレ付のワンルームマンションが、ぼくの暮らす部屋。バスとトイレはセパレート。キッチンは小さいけれど、三十路を過ぎた独身フリーター男子には、これで十分だ。


 水を入れた片手鍋に蓋をしてガスレンジに乗せ、火をつけてお湯を沸かす。


 その間に、備蓄してあるチ〇ンラーメンを探し出し、包丁片手に残っていたネギをまな板の上で刻んだ。


 しばらくすると、くつくつ、かたたたたっ、と片手鍋の蓋が鳴りだした。


 ぼくはガスレンジの火を止めてチ〇ンラーメンを片手鍋の中に放り込み、続けて刻んだネギも放り込んだ。


 鶏ガラとネギの香りが立ち昇る。


 ぴろりろ~ん♪


 ん? なんかメールが入ったみたいだ。


 口に割り箸を咥え、片手鍋を持ってテーブルに戻ったぼくは、ひとまず鍋を横に置いてメールを開いてみた。


 それは【アルバイト選考結果のご連絡】というタイトルのメールだった。


 少し前に、パーソルという会社のPCデータ入力のアルバイトを申し込んでいた。そして二日ほど前、ミーティングアプリ「ゾーム」で担当者との面接があった。


「おお、どうでしょう?」


 テーブルに乗り出すようにして、PC画面を凝視する。視線を上から下へと移していく。


『この度は、弊社アルバイト求人にご応募いただきまして誠に有難うございます。

 社内にて慎重に選考を行いましたところ、誠に残念ながら貴意に添いかねる結果となりました』


「……」


 もう一度、PC画面の上から下へと視線を動かす。何度読んでも、不採用通知だった。


 ぼくは、俯いて大きくため息を吐いた。このところ、なんだか仕事運に恵まれない。これでバイトを三社蹴られた。


 メールを閉じて、少し伸びてしまったチ〇ンラーメンを啜る。

 ずずずずっ、と麺を啜る音が部屋のなかで寂しく響く。


 食事を終えたぼくは、「また、バイト探しからか……」と呟いて、ふたたびPC画面に向かう。「カクヨム」を開くと、二つ目の「お題」が発表されていた。


 二つ目のお題は、「推し活」。


「は?『推し活』!? なんじゃそら!」


 『推し活』……。ぼくは思わず天を仰いだ。

 だって『推し活』なんてしたコトない。


 よく考えたら『推し活』のお話なんて書いている場合じゃない。今、まさに自分の『推し活』しないと、来月の生活費がガチでヤバい。


 とはいえ、ヘコみ気味のメンタルでは、なかなか「さあ、次っ!」と切り替えるの難しい。バイト探しをする気力も、二つ目の『お題』の執筆をする気力もない。


 しばらく、なにをするワケでもなく、ぼーっと『カクヨム』ワークスペース画面をただ眺めていた。


「今日は、みんなの小説を読んで回ろう」


 そう言うと、ぼくはフォローしている作者様たちが書いたお話を読むことにした。


 他人の文章って面白い。

 思いも寄らないアイディア、自分と違う感性で綴られた描写、言葉遣い、蓄積してきた教養、価値観、思想、日常生活、年齢、性別、それぞれ個性が出る。自分とは違う想像上の世界、違う想像上の人物を描いている筈なのに、筆者を特定できるくらい書き手のプライベートな部分が現れてしまう。


 そういえば、『ベストセラー・コード』にも、そんなことが書かれていた。ある有名な作家が別のペンネームで小説を書いて投稿したところ、あっさり身バレてしまったというエピソードが紹介されている。


 テキストマイニングという解析ツールを使うと、かなりの精度で同じ人が書いた文章か、別人が書いた文章なのか判ってしまうのだそうだ。同じ言語を使っていても、文体や言葉の使い方には、やはり人それぞれにクセみたいなものがあるらしい。


 ぼくは、お話の世界に没頭する。作者様たちが綴った文章をとおして、普段の生活では味わえない体験を楽しんだ。


 そして読んだ作品に❤をつけたりコメントしたり、★をつけたりする。本当は、バイトを探さなきゃいけないのに、そんなことは忘れてしまっていた。


 いつまでも、いつまでも、ぼくはみんなが書いたお話を読み続けた。


「おお、これ名作だよね! ★つけなきゃ」


 ぼくは、『★で称える』欄のプラス記号を迷わず三連打。その勢いのまま、レビューを書く。


 そのとき、ぼくは気が付いたんだ。


 レビューを書き終えたぼくは、すぐにワークスペース画面を開いて『新しい小説を作成』をクリックする。そして、小説のタイトルを入力した。


 種類・ジャンルを決めて『保存して新しいエピソードを書く』をクリック。

 エピソード執筆画面を開いて、かたたたとキーボードを叩いた。


 つぎつぎと言葉が、文章が紡ぎ出される。字数なんて気にしない。時間が過ぎるのも忘れて、ぼくはキーボードを両手の指で叩き続けた。


 時刻は、夜中の1時を過ぎていた。


「できた」


 やっと、わかったよ。

 これが、ぼくの『推し活』だったんだ。

 ぼくの『推し活』は、みんなが書いた小説を読んで❤や★を贈ることだった。


 みんなの書いた小説を読んで、ぼくは、


 主人公たちが楽しそうにしていれば、楽しかった。

 主人公が敵対するキャラ腹を立てていれば、腹を立てた。

 主人公にとって大切なキャラクターに不幸なコトがあると、とても哀しかった。


 ラストシーンを読んで、嬉しくなった。涙が溢れた。


 毎日、誰かが、そんな物語を書いてくれる。


 ありがとう。ありがとう。ありがとう。


 ぼくは、いつまでもみんなを応援する。

 たくさんの❤と★で。

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