推し活……?

月夜桜

推しだ!!

「吉村君!」

「ん、おはよう、友里」


 土曜の朝、忠長は友里の護衛をするための打ち合わせとして、正門前駅で待ち合わせをしていた。


「今日は、よろしくお願いします」

「こちらこそ。俺の家はこっちだ」

「は、はい!」


 そう告げて歩き出す。

 歩幅の小さな友里に合わせ、ゆっくりと歩みを進め、何気ない会話を続ける。

 ふと、腕時計を見ると、彼は何かを思い出したかのように胸に着けていた無線機のPTTボタンを押し込む。


「PS17からCP2」

『CPから17、どうぞ』

「現在時、ヒトマルマルゴを以て、警邏閉局けいらへいきょくします。お疲れ様でした。どうぞ」

『現在時、十時五分、ヒトマルマルゴを以て、PS17は警邏閉局の旨、CP了解。五分超過の為、残業として処理しておきます。お疲れ様でした。良い一日を』

「了解。そちらこそ、良い一日を」

『ありがとうございます。以上、PS17の終話を以て警邏閉局を受領します。以上、CP2』


 通信を終えると、肩から力を抜く。


「吉村君、今まで仕事だったんですか?」

「ああ、昨日の夜からな」

「それは……お疲れ様です」

「ありがとう、友里」


 夏の暑さと街の喧騒が世界を彩る反面、二人の間には穏やかな時間が流れる。

 駅から十五分程歩いただろうか、街の喧騒も薄れ、景色は静かな住宅街へと移り変わっていた。


「さて、ここが俺の家だ」


 そう言って指差すのは二階建ての住宅。

 一人で住むのには少しばかり大きい建物だ。

 彼は慣れた手つきで柵を開け、ドアノブに着いている鍵穴に二つの鍵を差し込んで解錠。

 手前に引いて中にいるであろう人物に声を掛ける。


「初寧~、ただいま~」


 キッチンの方から「おかえりなさいませ~、いまいきます~」と返事が聞こえてくる。

 大方、三十分程前に起きて朝食を食べ終わったのだろうと彼はアタリをつけた。


「取り敢えず、上がっていいぞ」

「あ、はい、お邪魔します……」


 恐る恐る、といった様子で家の中に入り、忠長に促されるがままリビングへと向かう。


「ふぅ……やっぱり家の中は涼しくていいな。麦茶は飲めるよな?」

「えっ、あ、うん!」

「よし、ちょっと待っててくれ」


 そう言って忠長はキッチンへと向かっていく。


「ここが、吉村君の家……一人暮らしだって聞いてたけど、女の人? 何だか親しそう……誰なんだろう?」


 そうやって思考を巡らせていると、プリンをお皿に乗せた、裾の長いメイド服を着ている茶髪ロングの女性を連れて、両手にコップを持った忠長がやってきた。

 その女性は、友里の姿を認めると硬直し手からお皿を落としてしまう。

 それに気が付いた忠長は、すぐさま片手で二つのコップを持ち、空いたもう片方の手で床に落ちる前にお皿を受け止めた。


「な、な……っ!」

「おい、初寧。いきなり手を離すとか何考えてんだ。危ねぇだろうが」

「な、ご、ご主人様! なんで! なんでこんな所に〝きりきり〟がいるんですか!?」

「〝こんな所〟で悪かったな、初寧」

「えっ、私を知っているんですか!?」


 それぞれ、別々の反応を見せるが、忠長はテーブルの上にプリンとコップを置く。


「そ、それはもちろん! だって、私、きりきりの大ファンなんですよ!? デビュー作の『イセソン』から始まり、その後も毎クールの如く数多の作品に出演、今年でデビューから三年目であるにも関わらず、その出演本数は三十本超! その内の七本はメインキャラクターを務めるという、今一番売れている新人声優さんじゃないですか!! 『イセソン』のオーディションできりきりを発掘した人には感謝しかないです! 確か、月刊サイツーにオーディションをしたのは『異世界転生!? そんなの関係ねぇ! 俺達は最高な作品を作ってやる!制作委員会』に加え、主要メンバーを選んだのは原作者のツキヨミ先生だって書いてたはず。ってことは、きりきりを発掘した──世に送り出したのはツキヨミ先生ってことに! 感謝します!!」

「あ、あはは、よく知っていますね……」

「あ! ちょっと待ってください!!」


 オタク特有の早口で捲し立てた初寧は、そのまま踵を返し、早歩きで足音を立てないように二階へと上がっていく。


「……は、はは。すまないな、友里。初寧は根っからのオタクなんだが……まさかアイツが友里のファンだったなんてな。友里ってそんなに有名なのか?」

「確かに、私は人気だっていう自覚はありますけど、演技だってまだまだですし、他の方々よりも少し多めにお仕事を戴いているというだけで……」


 そんな話をしていると、【I ♡ KIRIKIRI!!】と書かれた服を着て、同じく【I ♡ KIRIKIRI!!】と書かれたハチマキを頭に巻いた初寧がサイン色紙とサインペンを持って戻ってきた。


「お待たせしました!」

「おい」

「桐谷瑚乃香さん!」

「おい」

「大ファンです!」

「おい、初寧!」

「はい? ご主人様、いい所なんですから邪魔しないでくださいよ」

「……サインを貰うのはいいがな、まず初めに質問に答えろ」

「はい? なんですか?」

「メイド服、どうしたんだ? あれ、こんなに短時間で脱げるもんじゃないだろ?」

「普通に脱ぎましたけど?」

「……ってことは、畳んでないんだな?」

「ぎくっ……な、何のことでしょう? 私はちゃんと畳みましたよ……?」

「……まぁ、いい。シワは自分で伸ばせよ」


 ため息をつきながら机に顔を伏せる。

 それを「続けてよし」と取った初寧は、今までにないテンションでこう頼むのだった。


「桐谷瑚乃香さん! これにサインをお願いします!!」


 と。

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推し活……? 月夜桜 @sakura_tuskiyo

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