宝冠トライフルの特別感

玉椿 沢

宝冠トライフルの特別感

 田宮たみや京一けいいちは、姉の作るケーキが好きだ。


 今、パクついているホットケーキも、ホットケーキミックスを使っているから姉の聡子さとこは「誰でも作れるよ」というだろうが、そうでない事は弟の京一がよく知っている。


 ホットケーキミックスの生地に、紅茶のリーフを混ぜて香り付けをしたホットケーキは、ほんのりと紅茶の香りと味を纏っているのだから、「簡単」と二文字で済ませられるのは作った本人だけだ。


 ――色々、試してみたけれど、ブレックファーストアールグレイが一番、良かったの。


 聡子がそうやって何度も試作したのだから、誰でも作れると切るのは乱暴といえるだろう。


 ブレックファーストアールグレイは香りが強く、またリーフが細かい事から舌触りが良い事が、この紅茶ケーキを甘さ控え目で、おやつに最適なものにしている秘訣である。


 とはいえ7歳の京一は、リーフの種類どころか、ブレックファーストが朝食Breakfastを意味している事も知らず、挙げ句、速攻FastBreakを意味するファストブレイクと混同して、聡子渾身の紅茶ケーキを「速攻ケーキ」などといってしまうセンスしかないのだが。


「お姉ちゃんのケーキが食べたい」


 残り少なくなった紅茶ケーキを、惜しむようにフォークで小さくしていく京一は、「むー」と唸っていた。


 聡子は作って弟に与えるばかりでなく、バランスも考えている。ケーキばかりは良くない、果物や他のおやつともローテーションする事が大事と知っているからこそ、ケーキばかりを続けて出す事はない。


 今日のおやつが紅茶ケーキなら、明日のおやつは別のモノになる。


「お姉ちゃんのケーキが食べたい」


 心得て尚、京一はそういうが。


「どうしたの?」


 ブツブツいいながら食べている弟に、聡子は小首を傾げた。できた姉とはいえ、聡子も小学校の4年生。3月生まれの聡子は9歳だ。弟が何を考えているかまで察する事はできない。


「んーん」


 悟られてはならないと首を横に振る京一は、聡子が「ケーキばっかり続いたらダメ」という考えに頑固なところがある事を知っている。


 しかし頑固といえば――、


「あ!」


 ハッとした顔をした恭一は残っていた紅茶ケーキを口に放り込み、


「もっさんとくーさんにお礼がしたい!」


 もっさんとくーさん――聡子の同級生で、つい先日、京一を刺したハチの駆除に駆け回ってくれた恩人だ。


「え?」


 しかし聡子は目を瞬かせ、困惑したような顔。


「お姉ちゃん、材料は僕が買ってくるから、ケーキ作って!」


 だが弟にそういわれると、ハッとする。



 聡子の頑固さは義理堅い事の裏返しでもあるからだ。



 いささかズルいが、京一の計算は外れようがない。



***



 聡子の信条は「甘さ控え目、大人でも喜ぶスイーツ」だ。ケーキを焼くのも、両親が誉めてくれるという理由がある。聡子の作ったお菓子に「おいしい」以外の言葉を向ける両親ではないが、だからこそ聡子は力を入れたい。


 砂糖やクリームをふんだんに使って甘くしたものは、子供は喜んでも、大人は喜ぶと同時にカロリーなどを気にするものだ。


 だが京一のいった相手は、聡子の同級生。


 ――甘い方が良いよね。


 同級生二人――もっさんこと杉本すぎもと あきらと、くーさんこと山脇やまわき空也くうやは、京一と同じ程度に甘いものが好きなのだから。


 ベースにするのは、聡子自慢の紅茶ケーキ。しかし普段はフライパンで焼くが、今回はオーブンで焼き、スポンジケーキにする。


 赤熱化したオーブンと睨めっこし、焼き加減を確かめる聡子は、頭の中で素早く二人に出すケーキを形作っていく。


 ――スポンジケーキ、カスタードクリーム、スポンジケーキ、ヨーグルトクリーム、スポンジケーキ。


 三段重ねでゴージャスな雰囲気を出す。


 ――上にはカットフルーツ。


 フルーツは彩りだ。


 ――ブルーベリーの深い青と、ラズベリーの赤。真ん中に缶詰の白桃と黄桃で、白と黄色。


 イメージが固まったところで、聡子は「よし」と頷いた。


 オーブンからスポンジケーキを足り出すタイミングは、自画自賛したくなる程、ベスト。


 へらを使い、カスタードクリームを丁寧に塗っていく。


 重ねるスポンジケーキも丁寧に。


 続いて塗るヨーグルトクリームも心を砕いて。


 スポンジケーキを重ね、注意に色違いになるようにラズベリーとブルーベリーを並べ、その中心だ。


 白桃と黄桃は八分の一の櫛形に切った後、横に切る。


 中心には桜桃を立て、周囲に花弁のように白桃を並べるのは、聡子のセンスだ。


 ――冠……冠!



 これは、二人に贈るなのだから。



 自分の事を勇者か何かだと考えている彼ら無謀なガキに、他の誰が認めなくとも、聡子と京一にとって勇者である事を認めるための宝冠だ。


「お姉ちゃん! 来てくれたよ!」


 京一の声に、トタトタと待ちきれない様子の足音が続いてくる。


「いらっしゃい」


 聡子は目一杯の笑顔で迎えた。


「お、お邪魔します。お招きいただいて、ありがとうございます」


 他人行儀というか、芝居がかったというか、そんな事をいってしまうのは山脇空也。


「嬉しいぜ。ありがとう」


 いつも通りの自然体なのが杉本 旺。


「杉本、お前、もう少しないのかよ? せっかく田宮さんがケーキ作ってくれて、みんなで一緒に食べようって誘ってくれたんだぞ?」


「俺も嬉しいぜ? 嬉しいけど、山脇みたいにいったらわざとらしいだろう」


 内輪もめにも見えてしまう遣り取りは、二人が親友同士だからこそか。


 そういう二人だから、聡子も好きでいられる二人だ。


「食べよ。食べよ!」


 京一が席に着けと二人の背を押すものだから、流石に聡子も気付いてしまう。


「京一、ホントは、あんたが食べたかっただけでしょ?」


 ダシに使ったなと聡子にいわれると、京一は「えー」と誤魔化すような表情をした後。


「親切。親切だよ」


 この一言だけは、口から出任せではない。



 聡子と山脇と杉本――仲のいい三人だからこそ、三人で食べる特別感はなかなか出ないのだから。



 聡子特製の「宝冠トライフル」の特別感。

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