終わらない終わりがまた始まる

邑楽 じゅん

終わらない終わりがまた始まる

「あ~あ、死んじゃったら意味ないじゃん。それこそ終わりだよな?」


 元クラスメイトの男子がぼやく。

 わたし達はお寺の境内に座ったまま、みんなで話をしていた。


 今日は小学校の頃の担任のお葬式。

 みんなが久しぶりに集まったのに、それぞれの高校の制服姿で会話をしていた。

 懐かしいみんなに会えてうれしくもあったが、その顔は浮かない。

 穏やかで優しくてすごくいい先生だった。

 二十歳になった時は同窓会をしようって決めていたのに、その前に集まったのが、先生のお葬式だなんて、とても信じられなかった。


 式の参列したわたし達クラスメイトのうち、帰り道が同じ方向のわたしの他に三人が、お寺の境内にとどまっている。

 いつも真面目だった同じ女子の『ゆずは』。

 高校生になってもやっぱり地味で大人しい眼鏡の男子、『博士』。

 最初にぼやいたのは、小学校の頃から坊主刈りで今は野球部の『くまぷー』だ。


 

「そう言えば、くまぷーのせいで先生のクイズ思い出したよ」

 ゆずはの言葉に嬉しそうに笑うくまぷーは、手を叩いた。

「そうだろ? 俺も先生のクイズを思い出したんだよ」


 それは小学校の卒業式の時。

 体育館で式を終えたわたし達が教室に戻ると、教室で先生は訓示と共に、懐かしい日々を振り返る雑談をしながら、穏やかに語っていた。

 たまに涙を拭いたりしながら。

 そこで先生が言ったのが、そのクイズだ。


「さて、キミ達に最後の質問だ。終わらない終わりはありますか?」

 くまぷーや他のにぎやかな男子がすぐ茶々を入れる。

「せんせい、終わらない終わりなんてあるわけないじゃん。終わったらそれが終わりなんだから、それが終わらない時点で『終わり』じゃないよ」

 わたしも他のみんなもその意見に納得しつつ、先生の言う意味がわからずに教卓の方を見ていた。

「……そうだな、それはキミ達が大人になったら同窓会で話をしようか」

「もう同窓会の話?」

「そうだ。二十歳になって、キミ達も立派な大人になった時に同じ質問をしよう。そうしたらまた答えを聞かせてくれ。一緒に酒を飲めるのを楽しみにしているよ」



 そんな会話ももう叶うこともできなくなった。

 先生は二十歳の同窓会よりも前に亡くなってしまった。

 けっきょく、わたし達はその答えを知る術も無い。


「先生、何を言いたかったんだと思う?」

 ゆずはの疑問に、博士は腕を組んで首をひねる。

「僕はどっちにも意味が取れると思う。『終わり』が終わらないってことなのかな? それとも『終わらない』ことの『終わり』があるかって意味だったりして?」

「例えば、どういうことかな?」

 ゆずはは続けて質問を投げた。

「連続ドラマがいったん『終わり』になるくせに、また次のシーズンいくつが始まることじゃないよな?」

 くまぷーがそう言いながら頭を掻くと、博士も眼鏡を指で掛け直す。

「ロウや金属を溶かしても、冷やして固めたらまた元の素材に戻るって意味かな?」

 そうやって考え続けてるわたし達の耳に、足音が近づいてきた。

「なんだ、まだここに居たのか。早く帰らないと日没になるぞ」

 ここのお寺の和尚おしょうさんが歩いてきた。

 先生のお葬式を終えて、大人達と一緒にお酒やご飯を食べていたせいだろうか。

 黒い法衣と袈裟をつけたまま顔を少し赤くした和尚は、着物の袖から煙草を取り出した。

 こういうナマグサっぽいところもあって敬遠する大人も居るけど、この集落に一軒しかないお寺の住職。

 子供の頃から慣れているわたし達は、別に気にするでもなく、気のいいおじいちゃんのように接していた。


「和尚。先生が『終わらない終わりはありますか?』ってクイズを出してたんだ」

「ほう、そりゃいいクイズだな」

「その答えを僕たちの二十歳の同窓会で教えてくれる約束だったのに、死んじゃったんだよ」

「なるほどね。先生も心残りだろうなぁ」

 ゆずはや博士の話を聞きながら、和尚さんは煙をぷかぷかと上げている。

「和尚はこのクイズの答えってわかる?」

「わかるも何も、もうお前達も知ってることだ」

 和尚の言う意味がわからなかったわたし達は、黙って目を合わせる。

「僕たちがすでに経験してるって意味かい?」

 博士の質問に和尚は黙ってうなずく。

「和尚は先生からこのクイズって聞いたの?」

 ゆずはの疑問には和尚は首を横に振る。

「だったら、和尚は何が正解だって言うんだよ?」

 くまぷーが詰め寄ると、煙草をポケット灰皿で消した和尚は空を見上げる。


「日が沈んで夜になったら、次は何がくる?」

「……そりゃあ、また朝になるじゃん」

「では朝を迎えたらそのあとどうなるかね?」

「また夜になるよ」

 そこで和尚は大きくうなずいた。

「朝が来ればまた夜になる。夜になったらまた朝が来る。それは『終わらない終わり』のひとつだろうな」

 いまいち納得できないわたし達は、首をひねる。

「でも日が沈んだら『昼の終わり』だろ。朝日が出たら『夜の終わり』じゃん。先生の言う『終わらない終わり』にはならないじゃねぇか」

 くまぷーの当然な疑問に納得したわたし達も何度もうなずくが、和尚は笑っただけだった。


 もう一本、煙草を取り出した和尚は火を点ける前に先端を指差す。

「では、もう一度聞くぞ。太陽が沈んだらなぜ夜は終わらずに朝が来る? 冬になったらなぜ二度と春が来ないことがない。時間も暦も、カレンダーの通りにしっかりと巡ってくる?」

「そんなの天体の動きじゃないか」

 前のめりに答えた博士を遮るように、和尚は手を振る。

 その動きに合わせて、指先でつまんだ煙草もゆらゆらと動く。

「ではその理屈は天体の動きのせいだとしよう。春夏秋冬それぞれは毎年『終わり』を迎えるのに、なぜ季節は『終わらない』のだ?」

 和尚の禅問答が悔しくなったのか、何かを言おうとした博士は身体を前に出したけど、そこでぐっと言葉を詰まらせた。

 すると、ゆずはが空を見ながら呟く。

「もっと大きい単位で見たら、季節ごとよりも一年があるからかな?」

「いい線だな。だが着眼点は良いぞ」

 和尚は皺だらけの目元をくしゃっと畳みながらまた煙草に火を点ける。

 そこでしばらく無言になったが、わたしはふと気になった事を咄嗟に言葉にした。

「じゃあ生きること自体が『終わり』の繰り返しってこと?」

「そうだろうな。それこそが先生の言っていた意味だろう」

 和尚は笑顔でさらに顔じゅうを皺だらけにすると、煙草の煙を吐いた。


「先生がお前達に言ってた意味は、『終わらない終わり』を説くことではない。人生は『終わりが終わらない』からこそ、常に前を向いて頑張って欲しいって願ってたんだろうな」

「どういうことだよ?」

 もう考えるのをやめたくまぷーは両腕を頭の後ろに組んでいる。

「夜が明ければ朝が来る。四季が巡ればまた新たな年が来る。そうやって人生を続けていく中で、時には大きな挫折や苦悩もある。そのさなかでは暗くて長いトンネルを歩き続けているかもしれないが、明けない夜は無いし、春がこない年は無い。苦しみをひとつずつ解消して前に進む事が、人生において『終わらない終わり』を続けていくことなんだ」

 和尚はそう言って煙草の灰をポンポンと足元に落とす。

「先生の言葉を借りれば『終わりが終わらない』時が来るのは、まさに人が入滅にゅうめつする人生の最期の時、永遠と眠り続ける無限の闇が来る時……つまりその時までは『終わらない終わり』を日々続ける勉強ということだ」

 まだ何となく和尚の話が理解できていないわたし達は、ぽかんと口を開けてお互いの顔を見る。

 それでも和尚は気にもせずに、にっこりと笑った。

「つらいことも悲しいことも楽しいことも嬉しいことも、全てを内包しているのが人生だ。今がしんどくても『この終わらないこともいつか終わる』と思えば、なんとか耐えることもできる。その先生の想いを胸に頑張りなさい」

 そう言って和尚は本堂に戻っていった。



 先生が同窓会で見られなかった二十歳のわたし達の姿だけでなく、きっと今の自分達も知らない二十歳の悩みがそこにはあると思う。それは三十歳でも四十歳でも。

 それを『終わらない悩み』にするのではなく、『いつか終わる壁』として頑張っていこう――先生はそう願ったのだろうか。

 いつの間にか日が陰って、徐々に暗くなっていった境内を後にして、わたし達は家に向かった。


 今日も終われば明日になる。また朝が来る。

 次の『終わり』に向かって、わたし達はまたお互いに頑張る約束をして別れた。

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